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十二話目 足りないのはドキッと感

 放課後の教室は、まだ賑やかだった。


「ひょおおおお!」


 真横で奇声をあげられてビクリとすると、綾がケラケラ笑い出す。


「そんな難しいことないから」

「イヤイヤ、流石学年一位! いや全国十位に入るだけある」


 確かに脱帽と、私も頷く。

 私も解けなくはない問題だけど、綾の視点はなかった。綾の解き方の方がシンプルで美しい。


「イヤイヤゆい坊も頷いてるけど、正解してるし」


 私のテストの答えを指差すのは、菊地先輩と対戦した時、私に親指を立ててみせた、そしていまさっき奇声をあげた“ちい”だ。千夜子ちやこと言う名前が気に入らないらしいちいは、我々にちいと呼ぶように強要した。……少々強引ではあるが、嫌な強引さではなく、まあ、あっという間に仲良くなった。

 因みに、私が菊地先輩をやり込めた一件をこの場で見ていなかった綾には、あの場面を再現するように期待されている。……友達として間違ってるから!


「……悔しい! 綾さんもゆい坊さんも正解してるのに、私間違ってる」

「一人だけこの問題正解しといて何言ってんの」


 綾が呆れた顔で見ているのは、学年二位の、菊地先輩と対戦した時に私に拍手をしてくれた春佳はるかさんだ。春佳で良いよと言われたけど本人は皆をさん付けで呼ぶから皆が面白がってさん付けで呼んでいる。部長と同じ部活なのはこの春佳さんだ。

 因みに綾の間違いは完全にケアレスミスだ。あれがなければ全国何位だったのかと思うと、そら恐ろしい。


「いやー。学年ワンツースリー独り占めって贅沢だね」


 ワンは綾、ツーは春佳さん、スリーが私だ。このクラス、超進学校の中でも成績上位者を集めているので、こんなメンバーが集まるのだ。

 ちいの言葉に、ふらりと一人近づいてくる。


「俺も仲間に入れて」


 菊地先輩と対戦した時にニヤリとしていたいぬい君だ。あの後からちょこちょこ会話を交わすようになった。

 このクラスでは真ん中から下くらいの成績で見た目も言っちゃ悪いが平凡で目立つことのない男子だ。部活は将棋部。人のことは言えないが地味なため、女子からの変なやっかみはなく安心な物件だ。


「えー。そろそろ辞めてカラオケ行こうよ」


 綾が自分の答案用紙をしまう。

 授業中に降っていたゲリラ豪雨でコートが水溜まりになったらしい綾と、明らかに校庭が使えない陸上部のちいと、今日は科学部の活動がない春佳さんはカラオケに行く話になっている。

 残念ながら私は文芸部の活動で行けそうにない。


「ひでー。北島さん俺見てしまったでしょ」

「そんなことないし」


 この二人、中学が一緒らしく、関わり始めると普通に仲が良かった。でもどうやら乾君の片想いだなー、と思っているのは私だけではなさそうで、ちいがニヤニヤと二人を見ている。

 そんなことを考える余裕がある自分にもビックリだし、そんなことに気付く私が、全く恋愛ごとを理解してないわけでもないと思うんだけど。

 副部長を未だにキュンとさせてないから、まだまだなのかもしれないけど。


「ゆい坊カラオケやっぱり無理?」

「……行きたい。でも副部長を打ちのめすまでは逃げるわけにも行かない」


 友達とカラオケなんて中一以来だ。……中一以来!


「打ちのめす……あれ? ゆい坊さんって何部?」


 やや困惑した様子で春佳さんが尋ねてくる。副部長のことは同中で知っているはずだけど、地味な部活までは知らないんだろう。


「文芸部! 副部長が唸る作品を提出すべく毎週頑張ってる」

「……何か変だろ」


 乾君は呆れた様子だ。


「どんなの書いてんの」


 ちいの言葉にピキリと固まる。

 こっ恥ずかしくて知り合いには読まれたくはない。


「……副部長からオッケーもらえたら読ませるよ」


 それが読ませて恥ずかしい内容ではないことを祈ろう。


「毎週意気込んでるけどまだオッケーもらえてないもんね」


 毎週意気込んでいるのを知っている綾がよいしょ、と立ち上がった。


「ま、また今度行こ」


 綾の言葉が嬉しくて、私は大きく頷く。

 友達と次の約束が出来るってことが普通に嬉しい。

 何しろ中一以来だ!

 綾とは学校で会えば仲良くしてたけど、何と言うか中学時代のことがあったから踏み込めないでいた。

 でも菊地先輩とのことがあって、面倒そうなことに気にすることなく首を突っ込んでくれた綾に、変に遠慮するのを辞めた。

 そしたら、そんな変化を読んだのか、ちいや春佳さんが話し掛けてきて、つるむようになった。

 乾君はおまけ。乾君の狙いは綾だしね。

 私は皆に手をふると、部室に向かった。




 カチャカチャとノブを回しても、部室のドアはちっとも開かなかった。

 ……勢いつけてきた分、拍子抜けする。

 部室の鍵を取りに行こうかな、と思うけどすれ違うかも、と思うと動けず。

 補講が終わる時間は二年も一緒だし、私が来るのは遅かったくらいなんだからまだいない方が不思議なくらいで。

 さて、今日の作品を推敲して、副部長を今日こそキュンとさせてやる!


 部室の外は意外に過ごせた。暑いけど、炎天下ではないし、この部室の前の通路も風が通り抜けるから、我慢が出来るって言うか。

 ピト、と急に冷たいものが首筋に当たって、ひゃっ! と変な声が出る。


「北原遅いよ」


 副部長が部室の鍵を開けて部室に入っていく。


「副部長! 首筋に当てたの何ですか」

「これだよ、これ」


 窓を開けた副部長から、ひょい、と渡されたのは、イチゴミルクのパックだった。


「……何ですか、これ?」


 私の疑問に、副部長はうんうん、と頷いている。


「今日模試返ってきたんだろ? なかなか部室に来ないから、意気消沈して部活に来る気力が出ないんだろうな、と思って励ますために買ってみた」


 ……何だか誤解があるけど、とりあえず私にくれるらしい。


「ありがとうございます」

「で、何が悪かったんだよ。見てやるから」


 どうも上から目線が気になる。


「二年も同じ日に模試ありましたよね? 副部長はどうだったんですか」

「え? 学年十位だけど、何か?」


 何だかフフフと勝ち誇る気持ちが沸き上がる。


「私学年三位なので、心配していただかなくても大丈夫です」


 え、と目を見開く副部長にしてやったりの気分になる。


「……マジかよ。普通に模試の結果が悪くてショックで動けないのかと思った」

「皆で解きあいっこしてたんですよ。ワンツーと仲いいんでほぼ教えてもらってましたけど」

「何だ、そんな理由かよ」


 つまらなさそうに副部長が椅子に背を預ける。


「ところで副部長。何で部室の鍵閉めてたんですか? いつもなら一旦来た後開けっぱなしでしたよね」

「いない間にあいつが来たら困るからな」


 なるほど、と私は頷いて、手元にあった作品を副部長に渡す。


「今日こそキュンとさせろよ」

「勿論ですよ」


 今日のはいいかなー、って思ってるんだけどね?

 私は勘違いでもたらされたイチゴミルクにストローをセットすると、副部長の反応を見つつ甘甘のイチゴミルクを口に入れた。




 作品を読み終わった副部長はうーん、と顔を上げる。

 さて、今日も駄目らしい。さあ今日の足りない○○感は何だろなー。


「……由以子」


 まさかの前置きなしに、ドキッとする。


「……な……んですか」

「名前呼んでみたけど、どう感じた」

「どうって……。別に……」


 今日の小説は、好きな男子から下の名前を初めて呼ばれる、って場面を書いた。……勿論キュンとする、と思って。

 ドキッとしたとは言いたくなくて、私は誤魔化す。副部長はため息をつきながら肩をすくめる。


「ドキッと感が足りないんだよ」


 私の気持ちを言い当てられたような気がして、つい目が泳ぐ。


「何? ドキッとしたの」

「……してません」


 私は副部長から目を逸らす。絶対認めたくない!


「えー。そうか? じゃあ、俺も本当にドキッとしないのか知りたいから名前呼んでみて」

「……嫌ですよ」


 からかう気なんだろうと身構えて、私は副部長の提案を却下する。


「別にドキッとしなかったんだろ? だったら、俺の指摘が違ってるってことだろ」

「……そう……ですけど」

「じゃあどういう感じを受けるのか知りたいから、俺の名前を呼ぶくらい協力してもいいだろ」

「……畑下先輩」


 苦し紛れに苗字を呼ぶと、 副部長がニヤリと笑う。


「何で下の名前呼ばないわけ? 俺の名前呼ぶの緊張する?」

「そんなわけありません」


 ついそう言い返して、あ、と思う。

 ますますニヤニヤが深まった副部長に、やられた、と思う。


「じゃ、呼んでみて」


 く! ものすごく悔しい!


「……祐太郎先輩」


 私は致し方なくボソリと名前を口にする。


「聞こえないんだけど」


 あまりにボソリと呼びすぎたらしい。


「祐太郎先輩!」


 やけになった私の声が部室に響く。


「……やけっぱちで叫ばれてもね。……どうせだから祐太郎って呼んでよ。これ、同級生の設定でしょ」


 呼べばいいんでしょ、呼べば!


「祐太郎」


 ぼそりと、でも副部長に届くくらいの大きさの声を落とすと、私はムッとしたまま副部長から目を逸らした。


「へー」


 副部長が挙げた声は、どこか面白そうだ。


「何ですか」

「北原、滅茶苦茶顔赤いぞ? ……この男子の描写も照れてた方がいいんじゃないか。その方が現実感が増すぞ」


 クスリと笑う副部長を私はキッと睨む。


「自分が名前呼ばれてどう感じるか知りたいって話でしたよね」


 私が睨んだのに、副部長は一向に気にした様子はない。


「ドキッとしたけど」

「した割に照れてませんね」

「お前が見てない時に照れてたんだよ」


 どうやら、副部長の面白い場面を見逃したらしい。 


「ゆうたろうゆうたろうゆうたろうゆうたろうゆうたろ」


 私の呼びかけに、副部長は呆れた顔をする。


「それ、名前を呼んでるってより呪いの呪文だろ」


 正しくそうです!


「そうですけど」

「ドキッとさせたいなら一回だけ呼べよ。とにかくこれに足りないのはドキッと感だな」


 副部長が私の作品を私に突き出してくる。

 今日も完敗か。……何でこうなる。


「さて帰るか」


 副部長の声に私は作品を自分のカバンに押し込めると、立ち上がって窓を閉める。 

 とん、と私の横から手が伸ばされる。


「へ?」


 そう振り向けば、私は副部長の腕の間に囲われていた……壁ではなく窓だけど、たぶん間違いなく壁ドンだ。


「由以子」


 なぜか前髪の間から副部長の目が見えていて、私と目が合う。

 ひゃー!


「真っ赤」


 ニヤリと副部長は口元を緩め、その目元は明らかに笑っている。

 私が抗議の声をあげる前に副部長はするりとその体制を辞める。

 ハクハクと私が文句を選べない間に、副部長はまたその目を前髪で隠した。


「ドキッとしただろ」

「セクハラです」


 私がようやく口にできた文句に、副部長はプッと笑う。


「分かったから、帰るぞ」

「何が分かったからですか! ……いいですよ先に帰ってくれて。私が戸締りしときますから」


 心の中で地団太を踏みながら私がそう言うと、副部長は首を横に振った。


「途中まで一緒なんだから、一緒に帰るぞ」


 そう、この間遅くなって暗くなったからって理由で副部長から送られたんだけど、どうやら私の家は副部長の家の延長線上にあったらしい。毎日自転車で通ってる道に副部長の家があって普通に驚いた。でもなぜ副部長がうちのお母さんとご対面までしてたのか、未だに解せない。


「別々でいいじゃないですか」

「ほら、行くぞ」


 私の主張はスルーされ副部長は私のカバンを持って先に部室を出る。

 人質ならぬモノ質とか!

 ……くそう。重ね技なんて卑怯だぞ!

 次こそ! 次こそ! からかわれないようなキュンとする話を書いてやる!

 ……名前を呼ばれるくらいなら何もないはずだったのに、何でだろ。

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