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十一話目 足りないのは戸惑い感

 セミってどうしてこう、騒がしいんだろうなぁ。

 窓から入ってくるセミの鳴き声に耳を傾けて頬杖をつく。

 じめっとした空気はあるものの、風の入る直接日の当たらない北側の部屋は気温が上昇しすぎることがない。……いや、クーラーあればそれが天国ではあるんだけど、まあ、扇風機だけでも耐えられる気温だ。確かにこの部室扇風機だけで事足りるな、と以前副部長が言っていたことを思い出した。


「はい、駄目」


 ぱさり、と副部長によってテーブルに投げ出されたのは、私の書いた作品だ。


「何でですか。ファンタジーじゃないですよ」


 前回はファンタジーにして副部長からの攻撃を逃れようとしたら、ファンタジー禁止令が出た。でも既に練っていた今回のネタはファンタジーでもファンタジーじゃなくても大丈夫なネタだったから、たいして困りはしなかったけど。


「そう言う問題じゃなくて……何て言うかな、主人公に戸惑い感が足りない」

「戸惑い感、ですか。……戸惑う必要ってあります?」


 副部長の主張に納得できずに、私は問い直す。


「……間接キスになるんだぞ。なんだこの勢いのいい飲みっぷり。……どこにキュンとすればいいんだ」

「勢いよく飲んだ後に、恥ずかしがってるじゃないですか! いつぞや恥じらいが足りないって言ってましたよね」


 確かに副部長は前にそう言ったはずだ!


「……飲む前に戸惑えよ」

「どっちでもいいじゃないですか! 副部長には乙女のキュンポイントなんてわかるわけないじゃないですか」

「……いや、絶対飲む前に戸惑うって」


 何だ、嫌に副部長が力説してるけど。


「……この間間接キスして、からかわれてから照れてた人に言われたくないです」

「……勢いよく飲む描写、酒飲みかと思うぞ」


 話を逸らされたけど、何だかひどい言われようだ。


「のん兵衛。それは、キュンとしなさそうですね」

「だろ。だから却下」

「……はぁ。いつになったら副部長のことキュンとさせられるんでしょうね」


 私がため息をつくと、副部長がクククと笑う。


「まあ、まだ八ヶ月はあるから大丈夫だろ」

「……八ヶ月も私は副部長をキュンとさせることができないってことですか」


 というか、八ヶ月もネタが切れずにあるものだろうか?!


「ま、頑張れ」

「……他人事だと思って……」

「他人事だからな」


 クスリと笑う副部長が鬼に見えた。


「絶対次はキュンとさせてやる」


 早々にクリアして見せる!


「祐太郎!」


 ドアをノックもせずに部室に顔を出したのは、幽霊部員その一の田仲先輩だった。


「何だまこと

「今日暇?」

「……何で?」

「バスケやろうぜ」

「……いいけど、まだ暑いだろ」


 予想外に二つ返事だった副部長に驚いてしまう。何せ、副部長は運動神経が鈍いと思っているからにして、スポーツ全般苦手なんだろうと思っていたからだ。


「もう少ししたら陰って来るし、うちのコートだからそこまで暑くないだろ」

「そうか? 聡志と琥太郎は」

「二人もOKだから呼びに来たんでしょ」


 ああ、と頷いた副部長が、ちらりと私を見る。


「北原も来るか」


 はて、なぜ私が?


「北原さんも来なよ」

「あの………副部長の友達たちの中になぜ私が」

「大丈夫、皆文芸部だよ」


 ……なるほど、一応部員繋がりなのか。でもなぁ。


「戦力にならないと思うんですけど」


 何しろ運動は体育でしかやってないから、体力が乏しい。この暑さの中でバスケなどしたら、間違いなく他の人に迷惑をかけるだろう。


「いいのいいの。見てるだけでいいから! ギャラリーがいる方が盛り上がるから、ね」

「……はぁ」

「じゃ、行くぞ」


 副部長が立ち上がる。どうやら私の曖昧な返事はYesと受け取られてしまった模様。


「行くって言ってないんですけど」

「お前の小説のネタになるかもしれないだろ。行くぞ」


 ……どうやら私に拒否権はないようだ。


「田仲先輩の家ってどっちの方向ですか」

「あ、学校の裏手だからすぐだよ。どうして」

「いえ、帰りがどうなるかな、と思ってですね」


 副部長にも聞いたことはなかったけど、どうやら副部長たちはこの近くの住人らしい。

 確かに、この近所の中学から森宮高校に進学する人はそれなりにいるみたいだから、これだけ知り合いの多い副部長たちの中学がこの近所だということにも納得はする。


「それは俺が送っていくから気にするな」

「そうそう。北原さんは祐太郎に送られておけば間違いないよ」


 ……何が間違いないのかは分からないけど、まあこれで道に迷う心配はしなくて良さそうだ。


 *


 田仲先輩の家は豪邸だった。

 確かに“うちのコート”って言ってましたよね。確かにそうだったなぁ、と思ったけど。田仲家に着いて、その門構えに驚き、門から玄関にたどり着くまでの距離が少々あったというのに、バスケットのコートは更に家の裏手にあるというこの事実。

 どんだけ広いんだこの家。

 そう言えば、学校の廊下から見える家の中に、でっかい家があるなぁ、とか思ってのんきに見てた家、これじゃなかろうか。


 まあ、驚きはそれだけじゃなくて。

 副部長の動きが素早いんですけど。

 あの、いつぞやなんとか先輩たちと一緒にサッカーをしていた時のヘッポコぶりを微塵も感じさせない動きの良さ。

 ……サッカーだけあんな感じってことなの?


「はい、北原さん」


 ずい、と差し出されたペットボトルを私はペコっとお辞儀して受け取る。


「ありがとうございます。どこから買って来たんですか」


 いつの間にか田仲先輩がペットボトルを何本も持っていて、どうやら外から買ってきたらしい。全然気付いてなかったけど、田仲先輩の弟君が参加していて、2ON2のメンバーは入れ替わっていたらしい。

 カバンから財布を取り出すと、田仲先輩は笑って首を振った。


「いいよいいよ。唯一の文芸部後輩からお金は取りません」

「いえいえ。そう言うわけには」

「今日来てもらったのも少々強引だったしね。だからいいよ」


 田仲先輩はそう言って私の横に腰かけると、持っていたペットボトルを地面に置いた。


「強引だって自覚はあったんですね」


 私が苦笑すると、田仲先輩が肩をすくめた。


「北原さんに話しときたいな、と思ったのもあったしね」

「話、ですか」

「ほら、今の祐太郎、かっこよくない?」


 田仲先輩が全く話のつながりは分からないけど、副部長を指さす。


「……まあ、いつぞや校庭でサッカーしてたどんくさい感じからすればカッコいいでしょうね」


 ぷ、と吹き出した田仲先輩が、あれ見てたんだ、と呟く。


「あれね、わざと祐太郎あんな風にしてるんだよ」

「……何のためですか」

「女にモテないように」


 なるほど、顔が良くて運動神経もいいとなれば、モテて仕方なかろう。


「鳥肌が立つからですね」


 田仲先輩が私の言葉に目を見開く。


「知ってるの?」

「ええ、本人から聞きましたよ」

「それなら話が早い」

「話が早い?」

「ところで、祐太郎の顔って見たことは?」

「……ありますよ」


 まさかからかわれてる時に見せられてるとか言いたくはないけど。


「すごいね北原さん」

「何がですか?」

「祐太郎がそこまで心許してる女子、初めて見た」

「……まあ、私だと鳥肌が立たないらしいので、それでじゃないですか」


 私の答えに田仲先輩がなぜかニヤニヤ笑う。


「それだけじゃないと思うけどね。で、何で鳥肌立つかは聞いた?」

「いえ。そこまでは」

「僕らの付き合いは幼稚園からなんだけどさ、幼稚園の頃の祐太郎って、本当にメチャメチャかわいらしかったんだよ」

「はぁ」


 それが鳥肌とどう繋がるのかがさっぱり分からないが、最後まで聞くしかないんだろうなぁ。


「で、あまりのかわいらしさに、幼稚園の女子どもから人形扱いされてメチャメチャ構われててさ、更には先生たちも可愛いからって構いまくっててさ、そのせいで祐太郎完全に女子が怖くなったんだよね」

「なるほど、構い倒されたせいで、あんなに屈折した性格になっちゃったんですね」


 ぷ、と田仲先輩が噴き出す。


「まあ、性格の屈折度合いはそれが悪影響及ぼしたのかもしれないけど、小学校に入った時に、今みたいに目を髪で隠して顔が分かりにくいようにするようになって、学校ではぼそぼそしゃべるようになったんだよね」

「……顔がいいのも大変ですね」

「小学校の低学年までは、同じ幼稚園だった女子どもがからもうとしてたけど、どう見ても根暗になった祐太郎からは段々女子が離れて行って、小学校卒業するころには既にそんな事実は過去のものってことになってたから平和だったみたいだけどね。……一人を除いて」


 田仲先輩の言う一人が菊地先輩だと分かって、私は苦笑する。


「そんなころから副部長に執着してるんなら、ぽっと出の私が彼女って言われた日には、気持ちが穏やかにはいられなかったでしょうね」

「だから、すぐに諦めるとも思えないんだよね。何しろ十年以上でしょ」

「まあ、何かあったら副部長が盾になってくれるって言ってましたから、こき使いますよ」


 私は冗談めいたつもりで言ったのに、田仲先輩がなぜか照れている。なぜ?


「祐太郎、散々女子遠ざけてたけど、やる時にはやるな」


 全くその田仲先輩の呟きの意味は理解できず。


「真、何話してんだよ」


 どうやら試合が終わったらしく、副部長が近づいてくる。


「いやいや、祐太郎をよろしくね、って話だよ」


 ……なぜよろしくされた?


「……余計なことすんな」


 副部長はムッとする。まあ、そうだよね。私ご時によろしくされたくはなかろう。


「ハイハイ。あ、祐太郎はスポーツドリンクね。珍しいね」


 いつの間にか副部長は田仲先輩にリクエストしていたらしい。田仲先輩が副部長にスポーツドリンクのペットボトルを投げて渡す。


「たまにはな」


 そう言って副部長はペットボトルの口を開けると、ゴクゴクと勢いよく飲んでいく。


「北原さんも飲んで飲んで」

「はい、ありがとうございます」


 そう田仲先輩にすすめられて、私はありがたい気持ちはありつつ、渋々ペットボトルを開ける。

 シュワワ、という音だけで、喉がピリッとする。

 コクリと一口だけ飲むと、喉を通り抜ける炭酸の感覚を耐える。


「北原、お前炭酸なの?」


 近づいてきた副部長が私の手元を見て顔をしかめる。


「あれ? もしかして北原さん炭酸苦手?」

「ほら、これ飲めよ。そっち頂戴」


 副部長が飲みかけのペットボトルを私に差し出して、もう片方の手を私を促すように出してくる。


「えーっと……今日はスポーツドリンクが飲みたい気分だったんですよね?」


 確か田仲先輩の言い方ならそんな感じだったような?


「あ、なるほどそう言うことね。祐太郎やらしー」


 謎の言葉を残して、田仲先輩は立ち上がると残りのペットボトルを持って他のメンバーに配り始めた。その他のペットボトルはすべて炭酸飲料だった。


「いいから、ほら」


 ぞんざいな言い方で、副部長がスポーツドリンクを投げてよこす。私は慌ててそれを受け取ると、しぶしぶ自分の持っていた炭酸飲料を先輩に差し出した。


「……いいぞ飲んで」


 そう副部長に促されても、何だか改まって間接キス何だと思うと、簡単に蓋を開けられず。


「ほら北原。俺の言ったとおりだろ。飲む前に戸惑うだろ」


 ニヤリと笑う副部長にムッとすると、私は蓋を開けて、勢いよくゴクゴクと飲む。


「……お前の飲み方、今日の小説の描写と一緒かよ」


 私は息をついて副部長を睨む。


「……ほら、飲んだ後恥ずかしがってないし。あの描写はおかしいんだよ」


 指摘された通りで悔しいけど、反論する材料もなく。

 ……この間間接キスがあっても私は恥ずかしくもなんともないと思ったからこの題材にしたのに!

 また負けた!

 ……勝てるネタ、どっかに落ちてないだろうか。

 バスケでかっこよくてキュンとするなんて、絶対題材にしたくない! だって絶対今日キュンとしたんだろって言われるから!

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