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十話目 足りないのは現実感

 私に恋はできないらしい。

 人からの好意を勝手に恋愛感情だと都合よく勘違いして迷惑だし、そもそも私を好きになる人がいるわけがない。それに、私は恋心を理解しない冷血漢らしい。


 そう、中学時代に言われた。

 それは、私が友達だと思っていた同じ部活の子や、私が彼氏だと勘違いしていた男子に言われたことで、それがいじめ開始の合図だった。


 携帯電話やスマホを持たない私へのいじめの方法はシンプルだった。

 無視。

 ものすごくシンプル。だけど、それまで普通に友達がいて彼氏がいると思っていた中学生にそのダメージは大きい。


 自分がいじめられていると理解した日、私は泣いた。平気な顔をして家に帰って、いつもと同じようにご飯を食べて、お風呂に入って、そうしておやすみなさいを両親に言って自分の部屋に戻って布団にもぐってから、声を殺すように泣いた。

 一体何が悪かったのか、一体何がきっかけだったのか、そんなことに全く思い至らなくて、突然と言ってもいいその出来事に、私はなすすべもなかった。

 しばらくは、平気な顔をして学校と家の往復をするのが精いっぱいだった。授業中はまあいい。何とかなる。お昼も、一人で食べることに居心地の悪さはあっても、別に構いはしない。


 だけど、いじめが始まるまで毎日楽しく行っていたバドミントン部は、苦痛でしかなかった。

 クラスで無視されるのがまだかわいいと思えるくらいに、先輩たちの当たりがきつくなった。雑用は私一人に押し付けられるし、練習を真面目にしてないと何度も罰で練習のやり直しを命じられた。

 でも運動部で先輩の言うことは絶対で、私は逆らうこともできなかった。

 友達がいて、彼氏がいて、部活も楽しくて、そんな日々をすぐに忘れるくらいの苦痛な日々だった。

 そうしてようやく全容が分かったのは、一ヶ月ほどした頃だった。今となれば、一ヶ月で判明したのは良かったと思う。あれが半年とか一年とか続いていたら、きっと私は今ここに居られるような精神状況ではなかっただろう。


 いじめが始まって一ヶ月経った頃、私が彼氏だと思っていた男子と、バドミントン部の先輩が付き合っていることを、面白そうに教えられたのだ。

 ……それを口にしたのが一体誰だったのか、今ではもう思い出せない。でも、友達だと思っていた誰かだったのは間違いない。

 それを聞いた時、私はようやくそのいじめの原因を理解した。


 私が彼氏だと思っていた男子のことを好きだった部活の先輩が、その男子と付き合い始めたと口にした私を、気に入らなくなったのだ。

 その先輩はきれいで優しくてバドミントンも上手で、その上リーダーシップも発揮するような、とても尊敬できるような先輩だった。なぜか私はその先輩には気に入られていて、その先輩に気に入られていることに優越感すら覚えていた。だけど、私が勘違いでも先輩が好きだった男子と付き合い出したと口にしたから、先輩は私のことが目障りになったのだ。

 そう、ただそれだけのこと。

 それで私はいじめられることになったらしい。


 一瞬で、尊敬していた先輩のことを軽蔑した。そのリーダーシップを発揮して、私のいじめも主導したのだと理解できたから。いじめられるようになってから冷たくなった先輩に、きっと他の人の手前そうしているだけなんだろうと思っていた……思い込もうとしていた気持ちは、あっさりと消えた。

 同時に、真面目に部活に出ているのがバカバカしくなった。その先輩に褒められたいがために頑張っていたような部分もあった。もう二度と褒められるどころか、きっと口を利くこともない軽蔑している相手のために頑張っていたのかと思うと、私は部活を続ける気にはなれなかった。


 退部届を顧問に出した。その時に、今通っている森宮高校を目指したいので塾に通うことになって、という理由を使ったのは、中一の私なりに頑張って考えた理由だった。

 はっきり言ってリーダーシップを発揮している先輩は、先生からの信頼も厚い。その先輩にいじめられていると地味な私が訴えたところで、先生たちは相手にもしてくれないだろう。

 だから、先生から守ってもらえる方法を考えたのだ。


 私の中学からこの超進学校である森宮高校に進む人は、ほぼいない。それは、全体的な学力の問題や、私立高校であることから学費の問題もあるんだろうけど、通うのに遠いわけでもないのに、年に一人いればいい方だ。そこに入りたいと言っている生徒がいれば、先生たちの目はおのずと私に向かう。先生たちの目があるところで、目立つようないじめなんてする人はいない。誰だって自分のことが大事だから。

 そう私は仮定して、森宮高校を目指すことを公言した。それが先生たちに相手にされなかったわけではなかったのは、その時の私の成績が一応学年十番以内には入っていたからだ。勉強に専念すれば手が届くかもしれない、という成績だったのが大きいだろう。


 それに、超進学校に進むつもりになったのは、この状況を打破する方法を調べ始めて、法律に興味を持ったからだった。勿論、自分を守るために法律の知識を知りたいと言うこともある。それに、法律の知識を身に付けて私みたいに理不尽な状況にいる人を助けたいという気持ちも出てきた。世の中は理不尽なことが沢山あるのだ。それが法律という決まりで理不尽から身を守れるなら、それを駆使できる人間になりたいと思った。今はできないけど。


 部活を辞めたらいじめが終わるかも、という期待がなかったわけではなかったけど、いじめは結局静かに続いた。二年の修学旅行は行かないことにした。グループ分けが面倒だったし、行っても楽しくないことは理解できていたから。友達は結局三年になってもできなかった。でも、私には勉強という逃げる手段があったから、学校にいる間はひたすら勉強をした。少しでも分からないことがあると先生たちのところに行って、分かるまで教えてもらった。だから、先生とは仲良くなった気がする。

 先生の中には、私の置かれている状況を気にしている先生もいたけど、私はその静かないじめについては訴えなかった。無視される以外には何も実害はなかったから。


 だけど、それは私の心が死んでいたんだと理解したのは、この学校に入学して、綾と友達になってからだ。


 綾に「友達になろう」、と言われた入学式の日、私は家に帰ってから、ご飯を食べて、お風呂に入って、そうしておやすみなさいを両親に言って自分の部屋に戻って布団にもぐってから、泣いた。

 泣いたのが、いじめられていると理解したその日以来だったことに気付いて、それでようやく、私の心があまり動かなかった理由が分かった。

 そして、その心が動かない間に書き溜めていた、私なりの恋愛を理解したつもりの小説は、副部長に酷評されたわけだけど。


 私にはやっぱり恋心は理解できないのかもしれない、とは思いたくなくて、あの人たちに言われた言葉を否定したくて、副部長がキュンとするような話を書いて見せると私は意気込んでいるのだ。

 とりあえず、今のところはダメ出ししかされてないけど。


 部室にある少し古い扇風機は、カタカタと首を振っている。


「……これ、何?」


 私の自信作を読んだ副部長は、首をかしげて私を見る。その瞬間、開けた窓からうるさいぐらいのセミの声が入ってくる。


「キュンとする話ですよ」


 私はトン! とテーブルを叩いて主張する。


「……どこが?」

「化け物が実はカッコいい王子様だったって、キュンとしませんか?! ギャップ萌えってやつですよ」

「……うん。どうだろう。ちょっと、キュンとするのと違わないか」

「しますよ! 副部長には乙女心が分からないんですね」

「……いや、やっぱり、しないだろ。ボツだボツ」


 ぱさり、と副部長は私の作品をテーブルの上に置く。


「えー?!」


 今回こそはばっちりだと思ったのに!


「つーか、ファンタジー禁止! ファンタジーじゃなくて、現実世界の話にしろ」

「えー!? そんな縛り、今までなかったじゃないですか」


 あり得ない話にするためにファンタジーに鞍替えしてみたのに!

 ……あり得ない話じゃないと、副部長にからかわれ放題になるんだけど!


「現実感がなさすぎる。だからキュンとしないんだよ。それに人間に戻るの唐突すぎるだろ」

「えー?! 唐突感が大事だって、いつか言ってましたよね」

「唐突は唐突でも、現実感のある唐突を描け」


 むー、と私が口をつぐむと、副部長がフ、と笑う。


「何ですか」


 馬鹿にされた気分になって副部長を睨みつける。


「北原、お前そんなに見た目に変化のある相手と恋愛したいのか」

「……え? そうですねぇ。ギャップがあるとキュンとするかもしれないですよね」


 全く自分に当てはめることができないけど、そう言うことはあるかもしれない。


「これは?」


 副部長が前髪を上げてご尊顔を私に見せる。


「……まあ、ギャップはありますよねぇ。……キュンとはしないかな」


 キュンとするとか、絶対言いたくない。


「だったら、これ駄目だろ」


 ご尊顔を前髪でまた隠した副部長が、私の作品を忌々しそうにトントンと叩く。


「それとこれとは別問題です」

「違わないだろ。ほら、次はファンタジーはなしだからな」


 私の作品を私に差し出してくる副部長に、私はこの間拾ったネタを思い出して頷く。


「それは大丈夫ですよ。次のネタは現実世界でキュンとする話ですから」

「それは、楽しみにしとくわ」


 副部長、完全に棒読みですけど……まあ、いいや。


「で、次は夏休みに突入なんですが」


 私の問いに、副部長が首を傾げる。


「普通に補講があるんだから、その後だろ」

「……夏休みも絶賛あるんですね」

「当たり前だろ。さ、帰るか」


 私が自分の作品を鞄に戻している間に、副部長が窓を閉めて扇風機を止めた。


「あ、北原」

「何ですか」


 私が電気を消そうとすると、副部長が声を掛けてきて私は振り向く。副部長はまだ自分の席に立っていて、距離があるから安心だ。


「あいつ……菊地からまだ嫌がらせあるなら絶対言えよ。巻き込んだのは俺の責任だし、あれだけ他のやつにも暴走するとか思ってなかったから……悪いな。今までは俺だけが被害あっただけだから、あんな風な動きするとか思ってなくて」

「あー。とりあえず、あの後は来てませんよ。……ご心配、ありがとうございます」


 本気で心配されてるのが何だかくすぐったく感じる。


「照れて殊勝な北原って言うのも、レアだな。耳赤いぞ」

「うるさいですよ! 諸悪の根源なんですから、次何かあったら盾にしますからね」


 私は赤くなっているらしい耳をそれ以上見られないように電気を消す。


「分かったよ。絶対守ってやるから、呼べよ」


 副部長の言葉が何だかものすごくくすぐったい気がする!


「逃げないでくださいね」


 私は負け惜しみみたいな念押しをして、逃げるように部室を出た。

 ……直接攻撃されてないはずなのに、恥ずかしいって何なの!?

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