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九話目 足りないのは

 急に夏になった。

 まあ、正確には梅雨が明けたわけだけど、ほんとに突然夏がやって来たって感じだ。

 昨日まではじめじめシトシトって感じだったのが、本当に急に。

 昨日、そこそこ嫌なことがあって、それで急に梅雨が明けたから、気持ち的には切り替えられたような気もした。


 ……昨日、副部長を好きな菊地先輩から、呼び出しを受けかけた。正確には呼び出されそうになったけど、廊下でコトは終わった。軽ーくビンタを浴びたけど、大した痛みではなかったから、まあそれはいい。問題はあれだ。それがあったのが一年の教室が並ぶ廊下だったってことで、私は今朝教室に入ったところから注目の的だった。

 ……変に目立った。これは嫌だな、と思ったけど、まあ期末テストが終われば夏休みだし、と思った後に、やっぱり駄目なことに気付いた。夏休みに入っても、この高校補習授業がずっと行われるからだ。


 昨日の事件はLINEで出回っていたらしい。綾は一喝しといてくれたらしいけど。

 そんなこんなで昼休み。妙に注目されてちょっと憂鬱だな、と思っていたら、更に憂鬱なことが起きた。

 なぜか菊地先輩が教室に現われた!

 頭の中で、RPGのモンスターが現われた時の曲が流れたのは、まあご愛敬?


「修羅場? 修羅場なの?」


 面白がって興奮するイケメンハンター綾は、明らかに違う方向で興奮している。野次馬根性とかじゃない。参戦する気満々だ。心強いような、困ったような。


「北原さーん。菊地先輩が呼んでる」


 そう言って私を呼ぶクラスメイトは、どうやら菊地先輩の後輩らしい。なぜって、菊地先輩がまず呼んだのがそのクラスメイトだったからだ。

 行かなきゃいけない義理はないだろうなー、と思って、私はその呼び出しを聞こえないふりでスルーした。

 横にいた綾が、やるね、と面白そうな表情で私を見ていた。あり得ない反応だと思うけど、それを面白がってくれる綾が、ますます好きになりそうだ。


「北原さん! 菊地先輩が呼んでる」


 私に声をかけた菊地先輩の後輩らしきクラスメイトが、怒ったように私に向かってくる。


「……どうして私が行かないといけないの」


 私の質問に、クラスメイトがたじろぐ。


「……だって! 菊地先輩が呼んでるから」

「呼ばれたら行かないといけない法律とか校則とかあったっけ?」


 ニコリと笑って見せれば、クラスメイトが信じられないものを見たような目で私を見る。

 ……まあ、このクラスメイトとは仲良くなれそうにもないからいいか。


「普通、呼ばれたら行くでしょ」


 憤慨したクラスメイトに、私はため息をつく。


「普通って何?」


 綾は私の返しに面白くなってきたのかプククと笑いをこらえている。綾のこういうところ好きかも。


「しかも昨日私と菊地先輩の間に何があったか知ってて行けって言うってことは、何かトラブルがあってほしいって期待してるってこと?」

「そ、そんなわけないでしょ」


 そりゃ、他のクラスメイトの手前、そうだよ、とか言えないよね。いくらそう思ってたとしても。


「じゃ、先生呼んできてくれない? 私も菊地先輩から言いがかりつけられて困ってるんだよね。私が外に出ようとしても菊地先輩に引き留められちゃうでしょ」


 え、とそのクラスメイトが戸惑った表情になる。そりゃ、先輩を先生には売れないよねぇ。


「ゆい坊、本当に先生呼んでくる? それか、ここで一緒に戦う?」


 綾が顔を近づけて、ボソボソと尋ねてくる。気持ちは嬉しかったけど、私は一人で戦おうと思う。きっと色々あっても、綾は味方になってくれるだろうって、思うから。


「ううん。大丈夫だよ。一人でやってみる」


 私の返事に綾が目をくるりと動かして、ニコリと笑う。


「了解。面白そうだから、ふりだけするね」


 ふりだけ、という言葉に首をかしげると、綾が立ち上がった。


「じゃあ、私、先生呼んでくる」


 無邪気に綾が教室を出ていく。


「え、北村さん! ちょっと」


 クラスメイトは慌てて綾を追いかける。……まあ、先生がここに来たら困るだろうし。

 私はそれを見送って、目が合った菊地先輩のことは絶賛スルーして、さてお弁当でも食べるか、とお弁当を広げた。お弁当を出す時にバッグに入っていたスマホが見えたので、私はスマホをちょっといじってから机の上に置いておいた。

 クラスの空気が固唾をのんで見ているのがよく分かる。

 ……皆暇だねぇ。


 私はお弁当を広げて食べようとちょっと焦げた卵焼きに箸を入れる。

 そしたら、案の定、ツカツカツカと私の机の前に人がやってきた。ま、無視するけど。


「ちょっと何なの?! 人が呼んでるのに来ないってどういうこと」


 私はモグモグと卵焼きを咀嚼する。


「北原さん……人を無視するのって楽しい?」


 楽しいか。それは愚問だ。コクリ、と飲み込むと私は菊地先輩を見た。


「あいにく自分の益にならなさそうなことを聞く意味を見出せないので、無視するに限ると思ってるんですが」

「……自分が無視されてたからって、人にするのはどうかと思うわ」


 その菊地先輩の声には、さっきの苛立ちを押し込めた、少し余裕のある様子が見える。

 ……なるほど、道理で翌日にやってきたわけだ。情報を集める速さだけは褒めてあげたいくらいかも。


「何が言いたいんですかね」


 言いたいことは分かっているけど、わざわざ聞いてみた。知らんふりして、菊地先輩を真っ直ぐ見たまま。菊地先輩は、フフンと笑った。


「あなた、中学の時いじめられてたんですってね」

「それで?」


 首を傾げた私の返事に、きっとその情報を出せば私が怯えるとでも思っていたんだろう菊地先輩は、見るからに狼狽する。


「それでって! あなたいじめられてたんでしょ!? 同じ中学の子がいない学校で知られたくないとか思わないわけ」

「えーっと。それで、こんな公共の場で大声でばらしておいて、私がどう反応すれば満足するんですか」


 じっと菊地先輩を見ると、菊地先輩はキッと私を睨む。


「泣きなさいよ! ばらされたくないって怯えなさいよ」

「えーっと、それは脅迫してるってことでいいですか」

「何よ! いじめられた話したぐらいで脅迫とか」

「いいですか菊地先輩。生命、身体、自由、名誉又は財産に対し害を加える旨を告知して人を脅迫した者は、二年以下の懲役又は三十万円以下の罰金に処する、って法律で決まってるんですよ? 今菊地先輩がしたことは、私の名誉に対して害を加えてますよね」

「そ、そんなつもりじゃ……ないわよ。……畑下と別れれば……」

「完全にそれ、脅迫ですよね? あの、言ってなかったですけど、今の会話全部録音してますから」


 ひっ、と菊地先輩が顔を引きつらせる。最初に言ってなかったから裁判では証拠能力はないんだけど、それはあえて言わない。だって菊地先輩がそんなことに詳しそうだとは思えないから。


「私はそんなつもりじゃなかったの」


 菊地先輩が慌てたように教室を出ていく。

 ……謝るとか選択肢はないんだろうか……。

 はぁ、とため息をついたのと同時に、パチパチと一人の拍手が聞こえてきてぎょっとする。

 見ればクラスメイトの一人が私を見て拍手をしていた。そのほかの大抵の人は気まずそうにした様子で私を見ていたり、さっと目を逸らしたり。でも中には目が合うと親指を突き立ててくれる人や、面白そうな顔で私を見てる人もいた。つまり、この人たちとは仲良くできそうだと言うことだ。


 その後、先生を連れて来なかった学年一位の後ろから、げそっとした様子のクラスメイトがついて来ていた。クラスメイトの様子からするに、綾は職員室には入っていったんだろう。綾はニヤリと笑っていて、一体先生に何の話をしてきたんだろう、と思ったら、笑えた。

 こうやって笑い合える友達がいるから、私はもう大丈夫だって思った。


 *


 テスト期間が無事終わり、私はいつものように、部室のドアを開ける。

  “パン!”という破裂音が聞こえて、ひぃ、と私は頭を抱えた。


「ごめんごめん。北原さんを怯えさせるつもりじゃなかったんだよ」


 聞こえて来た聞き覚えがある声に顔を上げると、そこには声の主の部長がいた。……いや、副部長も勿論いるんだけど、その他に二名、文芸部の幽霊部員がいた。


「……何ですか?」


 副部長を見れば、副部長は肩をすくめただけだった。 


「いやぁ、あいつをやり込めたって話を聞いてだね、皆でお祝いしようってなったんだよ」


 嬉々とした部長が、クラッカーを私に差し出してくる。……なるほど、お祝いだからクラッカー。


「あの、あいつって、菊地先輩のことですか?」


 まあ、副部長関連の人々なんだから、菊地先輩のことで間違いないとは思うんだけど。


「そうそう。北原さんすごいね。あの女、本当にめげないし祐太郎が何言ってもダメージも受けないのに、この間ものすごく凹んでたよ」


 幽霊部員その一の田仲先輩が興奮したように話しかけてくる。


「ほら、飲み物とお菓子も用意したから、少々遅すぎるきらいはあるが、北原さんの入部祝いもかねてね」


 幽霊部員その二の琥太郎先輩が私に炭酸飲料の入った紙コップを渡してくる。私は所在なくそれを受け取った。


「では、北原さんの入部と北原さんの勇気をたたえて、乾杯!」


 ノリノリの幽霊部長と幽霊部員たちが私のコップに自分のコップをぶつけてくる。副部長は私を見て肩をすくめた後、目の前に掲げて気持ちだけ乾杯をした。

 私は一口飲むと、テーブルにコップを置いた。


「ほらほら、北原さんはそこに座って」


 田仲先輩にすすめられた席は、副部長の隣だった。私がその席にすとんと座ると、琥太郎先輩が私のコップを目の前に置いてくれて、会釈してお礼を言う。


「しかし、北原さん、大人しそうなのに結構言うんだね」


 幽霊部長はニコニコと笑いながら、そんなことを言っている。が、なぜそんな話がここに筒抜けなのか腑に落ちない。


「あの、どちらからその話を聞いたんでしょうか」

「あ、クラスで拍手してた子いたでしょ。あれ、部活の後輩で、同じ中学出身だから、あいつのこともあいつが祐太郎追いかけてるのも知ってるんだよ」


 そう言ったのは部長だった。なるほど、副部長の親友だと知ってるから部長にその話が伝わったのか。


「そうなんですね。……ところで、今日の部活は?」


 私が副部長を見ると、副部長は肩をすくめた。


「今日は歓迎会で終わり」


 どうやら、みんなの前で私の小説を読ませるようなことにはならないらしいと分かって、ちょっとホッとする。……副部長に見られるのは慣れたけど、他の人には見せられないと言うか……。


「ところで北原、炭酸苦手だろ」


 ボソリと耳元で問われた言葉に、よく見てるな、と思う。炭酸がピリッと喉に来るのが苦手で、普段はほとんど飲むことがない。私がコクリと頷くと、副部長は私のコップを取ってその中身を飲み干した。


「祐太郎、暴走しちゃだめ!」

「間接キスしたいからって、勝手にコップ取るとか」

「青春だね」


 副部長は親切心で私の分を空にしてくれただけだと思うんだけど、なぜが幽霊部長&部員たちが副部長をはやし立てる。


「お前らうるさい」


 そう言っている副部長の顔は赤い。すごいな幽霊部長&部員たち。私にもその副部長をからかう能力を分けて欲しい。

 あ、と思う。小説のネタが落ちてた! 私は次の小説のネタを拾って、ホクホクとなる。

 まさかそのホクホク顔が、副部長が照れてるのを嬉しがっていると幽霊部長&部員たちに勘違いされてるとは全く気付いてもなかったけど。

 気が付いたら文芸部公認カップルに認定されてるとか、あんたたち酒飲んでるんですか! って説教してしまった。


 悪意がある相手には本気で対応するけど、悪意がない相手には菊地先輩にしたみたいな対応なんてしない。私の身を守るために必要なことは自分で分かるから。

 だから副部長のからかいを本気で糾弾しないんだよね。悪意がないとわかってるから。

 だからこそ勝ちたい! 


 今日延期された作品のテーマは今度こそ行けると思うんだよね。

 何せ現実にはできないことだから! 

まだ再公開してない三谷作品で、これ読みたい! と思う作品があれば、感想欄でいいのでコメント下さい。その作品を公開してほしい要望が10あれば、再公開を検討します。

ただ、既に消してしまった作品も多いため、おこたえできない可能性もあることをご了承ください。

あと、タイトル忘れちゃってても、ストーリーを何となく書いてくれればわかると思いますので、それで大丈夫です。 

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