10
「リア……」
頭上から降ってくるディラの声に戸惑いがある。
「お別れ……ね」
ディラの手が、私の背に回った。
「ああ……」
小さく聞こえるディラの声。
「ごめん……」
何を謝っているのか分からない……。
「今から言うことは……聞かなかったことにして……それから忘れて……」
え?
「ごめんね……でも、言わせて」
ディラの腕に力が入る。
「……好きだよ、リア」
少し擦れた小さな声が耳元でささやかれる。
馬鹿。
馬鹿。
聞かなかったことにしてとか、忘れてとか……。
できるわけない。そんなこと……。
「ディラ……忘れないで……」
だから、今度は私の番だ。
「私も、ディラが好き」
私たちはここでお別れだけれど。
何か辛いことがあった時に……。自分が好きになった人に確かに愛されていたんだと、思い出して。
あなたは私が好きになった素敵な人なんだから。大丈夫だと……。
きっと、子供のころの思い出として、今の気持ちなんて忘れちゃうでしょう。忘れてもいい。
「ごめん」
ディラが再び謝った。
「うん」
「ごめん」
「うん」
分かってる。
分かってる。
2の鐘の音が聞こえ始めた。
「ああ、時間だ……リア……」
ディラが何かを言おうと言葉を探している。
「本、ありがとう」
何事もなかったかのように、笑って手を振った。
「うん……」
ディラは言葉を飲み込んで、軽く手をあげて部屋を出ていく。
まるで、お互いにまたねと言って軽く別れるように。
部屋に残されたのは、ディラが置いていった本3冊と私と……。
私の手の中に、返しそびれたハンカチ。
後を追って返そうと思えなくて。
「もらってしまってもいいかな……」
ハンカチにはDではなくRのイニシャルが入っていた。
「だよ……ね……」
ディラは偽名かなと思ったけれど。
私には、彼は一生ディラだ。彼にとって私がミリアージュではなく、リアであるように。
ふぅ。
小さく息を吐きだし、ハンカチを折りたたんでポケットに入れる。
世の中には、どうにもならないことがある。
だけれど。
どうにかしようと思えばどうにかできることだってある。
ディラが持ってきてくれた本。しばらく図書館には来られないから、読めるだけ読もう。
技能。技術の本。男爵領の未来のために。
チャラ皇太子が王位継承するまで推定10年。




