そう
男爵家の娘が間違っても縁が結べるような家の人間じゃない……。
ふ、ふふ……。分かってたけれど、もしかしたら、違うかも。そうじゃないかも。ちょっとは可能性あるかもなんて……。
なんて、往生際が悪い私……。
だって、好きなんだもん。
だって、だって、好きになっちゃったんだもん。
好きでいることくらい……許されるかもなんて、かもなんて……。
ダメだよ。
駄目だよ。
だめだよ。
触れてほしい、触れたい。好きになってもらいたい。好き。ディラに気が付いてほしい。ディラに気が付かれてはいけない。
ディラがそんな人じゃないってわかってるのに、ねぇ、ミリアージュの綺麗な私を見せたら好きになってくれる?なんてことまで考えた。
やだ。
心が壊れそうだ。好きでいることくらいって、駄目だ。きっと。
いつか、根も葉もないうわさをされた……男を誘惑してとか色目を使ってとか……それを、してしまいそうだ。
怖い。自分がいや。辛い。好きでいちゃだめなんだ。いい人だから……ディラを困らせちゃだめ。嫌われたくない。ああ、違う、違う。
「ど、どうしたの?あ、あの、僕、何か悪いこと、した?」
ディラが慌ててポケットからハンカチを取り出して、私の頬に手を伸ばす。
ああ、泣いてるのか、私。
……ディラは……涙をぬぐうためすら……ハンカチを持った手を止めて、私に触れない。
ディラだってわかっているんだ。
自分は貴族で、女の子に気のあるそぶりを見せてはいけないと。身分が違う女性から言い寄られても困るって。
ディラが腕を下ろして私にハンカチを差し出した。
ハンカチを受け取ると、頬をぬぐう。
「ありがとう、ディラ……ごめんなさい。私、しばらく事情があってここに来られないの……あ、だから、その、せっかく持ってきてくれた本が読めないと、思ったら……」
「そうなんだ……大丈夫、本は、逃げない……えっと、しばらくってどれくらい?僕は……逆にしばらくしたら、来られなくなる……」
びくっ。
来られなくなる?
「い、1年くらい……」
小さな声で答えると、ディラが寂しそうな声を出した。
「そう……か。じゃぁ、もう会えないかもしれないね……」
もう、会えない?
ドキリとして顔を上げれば、ディラが私をまっすぐな見下ろしていた。
もう、会えない……。
どうしよう、どうしよう、どうしよう。
止まらない、止められない……。
思わず、ディラに抱き着いて泣いてしまった。
ハグして別れを惜しむ人たちがいる。だから、だから……。
そう、それだけだから。ね。




