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「ああ、大丈夫ですよ」
ぶつかった頭をさすりながら答える。
「そっちもごめん、そうじゃなくて、その、疑って……」
青年が私の手に持っている本に視線を向ける。
「ああ、大丈夫ですよ。むしろ、本のことを心配しての行動ですよね。本を守ろうとしてくれてありがとう」
猫背で蟹股で、身長こそ180センチと高そうだけれど、とても強そうに見えないのに。勇気を出して本を持ち出した私に声をかけたんだよね。本を盗んでお金に変えようとする人間の後ろにはチンピラが付いているかもしれないと分かっているだろうに。
「あー、いや、その……」
お礼を言われると思っていなかったのか青年がうろたえた。
図書館のドアを青年が開けた時に、4の鐘が鳴り始めた。
「あ、いけない、時間に送れちゃうわ。ごめんなさい、これを戻してもらっていいかしら?」
青年に本を押し付け、背を向ける。
「君は、あのっ」
声が追ってくる。
「私はリア。時々ここに来てるわ。本が好きだから」
「僕は、僕は、ラ……ディラ、そう、ディラだ」
「ディラ、また会えるといいわね。さようなら」
女がはしたないと言わるようにスカートのすそを翻しながら神殿から迎えの馬車が来ているはずの場所まで全力疾走。
何度も本に夢中になって約束の時間に遅れたので、今度やったら図書館に寄るの禁止だと言われているので必死です。
4の鐘は、カァーーーーーン、カァーーーーンと、2つ目が鳴り終わる。
カァーーーーン3つ目が鳴り終わったところで、馬車の姿が見えた。
間に合った。4つ目の鐘が鳴り終わる前に、御者に声をかけて馬車に乗り込む。
「まぁ、お嬢様、また全力疾走したんですね?」
侍女のマールがあきれあ声を出す。
「貴族の娘ともあろう者が……」
「あはは、大丈夫よ。誰も貴族なんて思ってないだろうし」
マールは私より2つ年上の17歳だ。社交界デビューした13歳から私専属の侍女として働いてくれている。付き合いも、2年ともなれば、遠慮もなく言いたい放題。
「誰も貴族なんて思ってないのであれば、なおさら自分自身が貴族であることを忘れてはいけないと思いますけれど?」
うぐ。
「忘れてないわよ。貧乏貴族ってことは。お金がないからこうしてろくに護衛も雇えず、貴族学園に通えず、変装して庶民も通う学校に行ってるんだもの」
はぁーと、マールが盛大にため息をついた。
「変装ですか?好きでその恰好してるって言いませんでしたか?」
うっ。マールの目が私を責めている。