わたし
「私が楽しいの。ディラも、この間は楽しくなかった?みんなで本を一緒に読むの」
ディラが下げていた頭を上げて、口角を上げた。
「た、たのし、かった」
「うん、それにね、この間お城で……」
しまった!城での出来事はあくまでもミリアージュの体験だ。
「え?城?」
私がハッ息をのむのと同時に、ディラもぎくりと体をこわばらせたように見えた。気のせい?私が城と縁があるように見えないから驚いたのかな?
「し、城が、どうしたの?」
あれ?普通の様子だ。
「ああ。私が縫物を教えた孤児院の子がね、お針子見習いとして城で、皇太子妃候補のドレスづくりのお手伝いをしたんですって。それを聞いて嬉しくて」
ディラがびっくりした顔をした。
「こ、孤児が城の仕事?き、貴族の、ドレスを縫う?」
「元、孤児院の子よ。今はお針子見習い。ちゃんと仕事しているの。親がいなかっただけでちゃんとした技術も腕もあるのに貴族相手に仕事をしたり、城へ出入りしちゃダメだと思う?」
孤児の地位は決して高くはない。親がいなければ、継ぐべき稼業も土地も家も何も持っていないからだ。
だけれど、親がいたからと言っても、長男以外はいずれ家を出ていかなければならない。稼業も土地も家も何も持たずに家を出る者だって多いわけで。孤児と何も変わらない。それでも「孤児」という言葉で馬鹿にする人たちは一定数いる。
「いや、だめじゃない……ずいぶんな、出世だと、驚いただけで」
ディラは本当に純粋に驚いているだけのようだ。
「ふふ、驚くのは早いわよ。きっと、近いうちにまだまだこの孤児院から子供たちはどんどん出世していくんだから!」
ディラが半信半疑な目を向けてくる。
私はちょっといたずらっ子のようにふふっと楽しく笑って、図書館の入り口付近で黙々と本を読んでいるカイに声をかける。
「カイ、こちらはディラ。ディラ、こちらは、孤児院の子供のカイよ」
ディラが目を丸くしている。ふふ、驚いてる驚いてる。
そりゃそうよね。文字が読めるのは、貴族か子供を学校に通わせられるだけの余裕がある裕福な家の子くらいだもの。
それなのに、孤児が文字を読めるなんて、誰も考えないわよね。
「初めましてディラさん。カイです」
「あ、ああ。ディラ、だ」
「ねぇ、カイ、技能とか技術について知りたいんだけれど、どのあたりにあるかしら?」
カイはすぐに立ち上がると入り口から向かって左側の棚の、奥、4段目あたりを指さした。
「そこにあるのが、農業の技術に関しての本。他に建築技術と、土木と剣術の本がここにはあるよ」
カイが私の質問に答えてすらすら本を教えてくれるのを、ディラがぱかっと口を開けてみている。