第1話
美人は損である。
「まぁ、美しいお嬢様ですわね」
あれは社交界デビューをした13歳の出来事。
目いっぱい着飾った貧乏男爵の娘を表面上褒めたたえる女性たちの目は少しも笑っていなかった。
「あれだけ美しければ、子爵家や伯爵家へ取り入れるとでも思っているのではないかしら。いやらしいですわね」
「持参金目当てで成金商人にでも買ってもらえばいいんじゃないかしらね?くすくす」
昔から耳の良い私には、扇で隠した口元で話される言葉が丸聞こえになっている。
「男をあさりにいらしたのかしら。いやだわ、少しばかり美しいからといい気になって。身もわきまえずに」
いえ、来たくなかったんですよ。ですけど、13歳になってしまったので、社交界に顔を出さなければならないと……。
貧乏ながらも男爵家の娘なのに、社交界デビューもさせてあげられないなら首をくくって死んだ方がましだと、子煩悩の父親が泣くので。
「ろくに宝石も身に着けていないのは、自分の美しさは宝石で飾り立てるまでもないという主張かしら。怖いわ」
いや、貧乏だからですよ。
「それとも、殿方に取り入って買っていただくつもりなのかもしれませんわ」
はぁ。噂には聞いていたけれど女性のいわれのない嫉妬は怖いと、知った13歳。
できるだけ社交場には顔を出さないようにして過ごしたけれど、デビューを済ませたからには年に3回、王家主催のパーティーには出なければなからなかった。
ピューレド男爵家は、王都の北側の本の小さな領地を任された家だ。いや、面積的には5つの山を含めれば広い。が、人が住める場所はほんの一握りで領民は100人にも満たない。主な産業は薪だ。王都へ薪を売るのがヒューレド男爵家の役割。領地運営というほどの仕事もないため、お父様は城へ出仕している。財務省でひたすら計算をする日々だ。数字が大好きだから楽しく毎日通っている。そう、毎日通っているのだ。家から城へ。
……パーティーを欠席する人の理由ベスト3を見てみよう。
3位不幸があった。家族の問題や、領地での災害なども含む。2位病気や怪我など体調不良。
そして、1位は……領地が遠い。そう、領地が遠いのは欠席理由になるのだ!往復で1~2か月もかかるのに年に3回も王家主催のパーティーに参加なんて無理だもんね。1年の半分が移動に消えちゃう。
……なんで、うちの領地は、王都の隣なのかな。はぁー。正当な理由が見つからなく、14歳も2回目のパーティー参加です。
■
「ねぇ、君、君さえよければ、僕の愛人にしてあげようか」
ニヤニヤ顔で近づいてくる男。
「ほら、こちらに来い」
下種な笑みで手をつかむ男。
その誰もが、男爵家よりも上の家の男。はっきり嫌だと言うこともできず、いつも必死に助けを誰かに求めているんだけれど。
「あらやだ。また殿方をあさっておりますわ」
「聞きまして?シレーヌ様の婚約者に色目を使ったらしいですわよ」
違う、あのいやらしい男は、シレーヌ様という婚約者がありながら私に言い寄ってきただけ。
怖かった。もう少しで部屋に連れ込まれるところだった。あの時は派手に飲み物をこぼして歩くたびに床にしずくが落ちる状態になって注目を浴びたことで難を逃れたんだっけ。
「あら、私が聞いた話では、サマリー伯爵家の次男と3男が彼女を取り合って決闘騒ぎを起こしたとか」
知らない、何それ。確かに次男も三男も、お互いに俺の方がいいよな、俺のことが好きなんだろう?とか言っていたけれど。あいにくどちらも興味がない。
というか、むしろ男は怖い。近づきたくない。
誰もが欲望に満ちた目、いやらしい目、男爵家の娘なら思うようにできるだろうという見下しとともに向けられるそういう目にどれほど恐怖を味わったことか。
社交場は敵ばかりだ。怖い。
女も男も……婚約者も後ろ盾もない身分の低い女は退屈しのぎの駒くらいにしか思っていない。面白おかしく醜聞を作り上げるもよし。手を出して楽しむのもよしと、思っている。
もし、私が、目立たない容姿だったら……。
こんな目に合わなくて済んだのだろうか。
……美人は本当に損だ。
早く帰りたいと思っていると、陛下が挨拶を終え、壇上に第一王子にして皇太子である、ランディー殿下が上がった。
「多くの女性が、僕の婚約者になろうと手を挙げているのは知っている」
キャーッと、一部の女性から歓声が上がる。
身長は185で、剣術の腕は確かだという、鍛えられた肉体を持つ殿下。
妖精かとうたわれた王妃様の美しい金の髪と青い瞳を受け継ぎ、整った顔をしている殿下。
「僕も、今年で16になる。18までには婚約者を決めようと思う」
突然の発言に、女性陣、そして娘を嫁がせたいと思っている者たちがざわめいた。
「やっぱりね、美人がいいな。だから、一番美人と婚約しようと思う」
はぁ?
あほなの? のちに王妃となる、皇太子の婚約者を見た目で決めるっていうの?
ばかなの? 公爵家だとか伯爵家だとか、貴族間の力のバランスとかいろいろあるでしょう?
もしくは、隣国との関係でどこぞの王女様を迎えるとか、ほかに大事なことあるでしょ?
■
「10名まで候補を絞ったから、1年かけてじっくり誰が一番美人か比べようと思うんだ。えーっとね、まずはダズリー・ジョアンナ嬢、次にヘーゼル・ファルルカ嬢……」
なぁんだ。
さすがに、顔だけで選ぶなんてそんなこと認められるわけはないか。タズリー公爵に、ヘーゼル辺境伯……と、国の重鎮のご令嬢の名前が次々にあげられていく。
しかし、大丈夫なのかねぇ?最終的に一人選ぶってことは、選ばれなかった娘は選ばれた人よりも不美人だったって言われるような物でしょう?
私の方が美人なのに、なんであんな子が!って、絶対思われるだろうし、親からしてもうちの子の方が綺麗に決まっている。殿下の目は節穴か!って言われるにきまってる。
……うん、選ばれちゃった子に同情するわ……。
やっぱり、美人は損だ。
「――ピューレド・ミリアージュ、以上10名を皇太子妃候補とする」
……望んでもいない皇太子妃候補になっちゃったりするんだから。
人々の視線が痛い。
「以上の10名は皇太子妃候補として話があるので前に」
一人、二人と美しいご令嬢がランディー殿下の前に進み出る。
美人に囲まれて、ランディー殿下の表情が見る間に崩れていく。
チャラ男め。女を顔で選ぶのは一番嫌いなタイプだ。……まさか、将来の王となるものがそんな人間だったなんて……。この国、大丈夫か?
デレデレ顔で、美女たちに話かける殿下。我先にと自分を売り込もうとするご令嬢たち。
誰が皇太子妃になっても、傾国の美女になりそうだ。これは、まずい……。
領地に帰ったら、国が傾いたときにも我が領だけは生き延びる手段を考えないと、まずい。……貧乏領地に何ができるのか分からないけれど……。
小さくため息をつきながら、体中に宝石を身にまとった美女の群れに紛れる。
「ふっ、みすぼらしいこと」
「ただの数合わせよ、あなたなんて」
と、ランディー殿下には届かないけれど私にはしっかり聞こえる声で囁かれた。
はいはい。1年もかからず脱落するようにせいぜい頑張ります。
はー、気が重い。失礼にならないように、不敬だと罰せられないように、ぎりぎりのラインで無事に脱落するにはどうしたらいいですかね?
これ、全員手籠めにした挙句に一人だけ選ぶとかいうための妃選びとかじゃないですよね……。純潔保ったまま脱落できるといいなぁ……。
両脇に女性をはべらせ肩を抱く殿下。しなだれかかるご令嬢。
「僕は、身分にはこだわらないからねぇ。男爵でも恥じることはない」
なるべく近寄らないようにと距離を取っていた私を殿下が手招きする。
あああ!いやぁーーーっ!
なんて、美人は損なんだろう!