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3.”炎龍帝”の評判

 王都の中心にある城からは毎晩、煌びやかな光と音楽が流れ出ていた。舞踏会が始まる前の時間帯には、城の門の前に馬車が並んでいる。


 毎晩のように舞踏会が開かれているのである。


 着飾った貴族の令嬢たちは、まるで白鳥のように優雅に挨拶やダンス、立食式の食事をしている。

 だが、その実、白鳥がそうであるように、水面下では新皇帝の嫁の座を廻って激しく争っている。


 王都の街角では、侯爵令嬢などの肖像画が出回り始めている。誰が新皇帝の妃になるかの賭博に使われるのだ。

 

『アリスター侯爵令嬢 二十二歳 倍率:4.3倍』

『ホールマイヤー侯爵令嬢 十八歳 倍率:4.4倍』

『ミッターマイム伯爵令嬢 十九歳 倍率:10.9倍』

 ・

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 どの肖像画も、妙齢の女性が優しい笑みを浮かべていた。市中の独身男性たちは、こんな美しい嫁を迎えられたらと夢想し、一攫千金を狙っている。


 主に賭けられているのは、身分の高い令嬢達が中心である。一応のところ、ホーエンハイム男爵家の令嬢であるレイラ・ホーエンハイムも賭ける対象ではあるのだが、賭けのリストにすら名前が載っていない。

 実のところ、男爵家の令嬢などは、ほとんどが社交会で無名であり、存在すら知られていない。男爵は、領地も少なく、ほとんどの家が社交会に娘を出せる余裕などないのである。



 陽だまり亭。お昼の繁忙期も終わり、昼の営業が終わる間近。

 一人の男が陽だまり亭へとやってきた。


「いらっしゃいまっ……お兄様!」

 王城で警備兵の仕事を得た、ロバート・ホーエンハイムである。

「やぁ、レイラ。元気そうだね。お腹がすいた。ハンバーグ定食大盛りを頼めるかい?」


「はい! 腕によりをかけてつくりますね」


 レイラはさっそく厨房へと走って行く。

 レイラは給仕もしつつ、料理担当でもある。ホーエンハイム領から運ばれてきた牛や豚を潰したりするような力仕事は、父であるヨエルやニコルが担当しているが、料理は主に、母アンナとレイラが担当である。


 熱々のハンバーグを兄のロバートのもとへと運ぶ。

 陽だまり亭には、閉店間際ということもあって、もう他のお客はいない。レイラもエプロンを外し、ロバートが座っているテーブルに座る。


「相変わらず美味しそうだ。いただきます」


「どうぞ召し上がってください。お兄様の好みに合うように、黒胡椒を多めに振っておきましわた」


 ロバートはよほどお腹が空いていたのか、無我夢中で定食を平らげた。


「いやぁ〜やっぱりレイラが作るハンバーグは、食べた瞬間に肉汁がジワーッと口の中に広がって別格だなぁ。王城の賄いでもハンバーガーが出ることはあるけれど、冷えちゃってるしなぁ」


「お兄様、お疲れのようですね」


 ロバートの目には、隈が薄らと出来ていた。


「最近は毎日、城で舞踏会が開かれているからね。気が抜けないよ。今日も、二時から四時まで休憩で、それからまた、今日の警備の打ち合わせだよ」


 舞踏会が開催されるにあたって、城で働くものたちは連日、大忙しである。


 毎晩、五十人の令嬢達が舞踏会に参加するのだ。


 メイド達は、万が一にも令嬢が暗器などを隠し持っていないかを調べるという作業だけでも大変である。

 皇帝主催の舞踏会ということで、その名に恥じない料理やお酒などを用意しなければならないので、料理人達は朝から晩まで料理の仕込みに大忙しである。


 もっとも……王城での盛大な舞踏会が毎晩開催されるという特需により、王都も好景気で、宿屋は満杯で、物資調達のために商人達も忙しく動き回っていた。

 

「お兄様も、皇帝陛下の警備に心を配られてお疲れでしょう」とレイラは紅茶を淹れて兄に差し出す。


「警備も気を抜いたりできないから大変だけど、もっと大変なのは、サクラ役として貴族の令嬢がたのダンスのお相手をしなければならないことだよ」とロバートは紅茶を一口飲んでため息を吐いた。


「お兄様もダンスを踊られるのですか?」


「あぁ、そうだよ。だって、舞踏会の男性の参加者が皇帝陛下一人だけで、女性は五十人だとバランスが悪いだろう? 皇帝の妃選びだとは言っても、舞踏会という形式は重要だからね。男性のサクラ役の参加者兼、陛下の身辺警護として参加しているんだよ。それにしても、侯爵令嬢とダンスをしたときには、足でも踏んづけたらどうしようと気が気でなくてね。失神しそうだったよ」


「まぁ、それは災難でございますね」とレイラは笑う。


「随分と他人事だなぁ、レイラは。レイラだって、皇帝陛下とダンスを踊ることになるんだぞ? 招待状、来たんだろう?」


 ロバートの言葉で、レイラの表情は曇る。


「えぇ……明後日の舞踏会の招待状が届きました……」


「まだ、社交会は恐いかい?」


 ロバートは暗い顔をしているレイラの手を取り、優しく両手で握る。


「はい……。とても……」


 レイラが社交会デビューしたのは、十五歳の時である。十五歳で社交会デビューするというのが貴族の慣例である。

 十五歳。初めての社交会。十五歳のレイラが初めての社交会を楽しみにしていたことを今でもロバートは憶えている。目を輝かせて、カレンダーを眺め、ダンスの練習をして、舞踏会の日を首を長くして待っていた。


 しかし、その社交会デビューの時、事件は起こった。レイラが”氷の魔女”と貴族たちから呼ばれるようになったのである。


 兄であるロバートは、その時、レイラのエスコート役としてその場にいたのだ。ロバートとしても、その時レイラを守れなかったことを、今でも悔いている。

 そして、レイラはそれから、貴族の社交会に出ることを避け続けて、一度も出てはいない。

 ホーエンハイム家としても、社交会に出席するためのドレス代や装飾品には金が掛かるという事情もあり、嫌がるレイラを無理に社交会に連れ出すようなことはしていない。


「レイラ。当日は僕も警備として参加しているから大丈夫だよ」


 尚も暗い顔をしてレイラは、「お兄様、心強いです」と、ぎゅっと兄の手を握り返した。


「それに、マクドナルド皇帝は、賢明な方だよ。迷信なんて信じないだろうよ」


「そうだと良いのですが……って、お兄様は皇帝陛下のお人柄をご存じなのですか?」とレイラは驚いたように目を見開く。


 次代のホーエンハイム家の男爵の座を継ぐとは言え、所詮は貴族のヒエラルキーの底辺である男爵家である。殿上人である皇帝陛下と会話する機会などあるはずもないと思っていたのだ。


「まぁね。でも、気になるかい?」


「……一応……。明後日、ダンスを踊る方ですから……」とレイラは恥ずかしそうに少しだけ俯く。


「それに、レイラはお嫁さん候補だもんね」


「それはきっとありえません……ただ……舞踏会で嫌な思いはもう二度としたくないのです……」


「大丈夫。皇帝陛下の人柄を僕が保証するってのは変だけど、保証するよ。レイラは気楽に陛下とダンスをして楽しめばいいさ」


「皇帝陛下と気楽にダンスと言われても……。でも、そのご様子だと、お兄様は皇帝陛下を随分と信頼されているのですね」


「まぁね。僕は王国との戦争に従軍したとき、陛下……当時は皇太子閣下だったけど、その部隊にいたからね。一兵卒として、将軍としての皇帝陛下は自分の命を預けるに値する人だと思うよ」


「ですが、”炎龍帝”と恐れられていると聞きますし……龍のように目玉がぎょろぎょろとして、鋭い牙を持ち、堅い鱗に覆われて、火を吐かれるのでしょうか……。いえ、きっと、熊のような大男なのかもしれませんわね」

 レイラは皇帝の姿を見たことはない。王都に住む者であれば、凱旋パレードのときなどにご尊顔を拝することはできる。しかし、レイラは陽だまり亭で休み無く働いていているので、皇帝の姿を見たことなどない。

 皇帝の姿は見たことはないが、”龍”のことならばおとぎ話などで知っている。架空の存在だが、虎や熊よりも恐ろしい存在だ。


「レイラ……陛下も人間だからね……それに……いや、やっぱり止めておこう」


「言いかけた途中で止めないでください」


「まぁ、舞踏会で陛下の御姿を見るのを楽しみにしていなよ。きっと、レイラのイメージとは違うだろうから。さてと、久しぶりにレイラとゆっくり話せて楽しかったよ。そろそろ今警備へと戻るよ。きっと舞踏会の会場に僕もいるから、明後日は緊張しなくていいからね」とロバートは椅子から立ち上がり、テーブルに立てかけていた剣を腰に差した。

 

「私も久しぶりにお話ができて嬉しかったです」


 レイラは王城へと帰っていくロバートを見送るのであった。


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