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11.黒髪の近衛兵

 ユニレグニカ帝国では平穏な一日、一日が過ぎていく。


 マクドナルド・ジョージ・ジュニア新皇帝の妃が誰になったのか、王宮からの発表はない。貴族たちは、盛んに誰が王妃となるのか我先に情報を得ようと、盛んに舞踏会やお茶会を開催しているが、さしたる成果は上がっていない。

 皇帝が王妃に関しては長い沈黙を守っているからである。

  

 皇帝即位に伴う民への減税。

 過去の帝国の汚点を払うべく、不正を働いていた者たちを職務から追放していく。

 また、過去に職務を追放された者たちへの恩赦。王都から追放される者は追放され、新たに登用される者は登用される。

 

 軍隊の再編成もまた行い、”補給部”の一科であった医療科を、”医部”として独立させた。


 勅令は矢継ぎ早に出されていくが、王妃決定の布告はまだなかった。

 


 レイラと言えば、テレジアと友達になってから、レイラの日常は少しだけ変わった。


 一つは、友人となったテレジアと過ごす時間ができたこと。


 陽だまり亭での仕事の合間に、アリスター侯爵邸に招かれて一緒にお茶をしたり、薔薇の手入れをすること。また、ホーエンハイム男爵邸にテレジアを招き、一緒に料理を作ったりしている。


 テレジアは、ロバート・ホーエンハイムとの恋を成就するべき、熱心に外堀を埋めていた。まさに有言実行である。

 ロバートの喜ぶような手料理を作りたいと懇願するテレジアに、レイラは料理を教えるようになっていた。そうしている内に、いつのまにか、レイラとロバートの母、アンナもテレジアに料理を教えるようになっていた。

 テレジアの今の目標は、ロバートが好むポテトサラダの作り方である。

 

 レシピとしては、さほど難しくはない。

 

 兄は、警備兵、近衛兵という職業柄、訓練などで日々汗を流しているので、父ヨエルや弟のニコルよりも、塩を少し多めに、また、黒胡椒を多めに振ることがコツである。

 また、戦場での経験が長いせいか、ねちょりと湿ったポテトサラダよりも、パサリと少し乾いたものを好む。胡瓜などの野菜は、多めの塩でしっかりと水分を抜くことを忘れてはならない。


 ただ、侯爵令嬢として、厨房にたったことがなかったテレジアにとっては、ジャガイモの皮を剥くことすら初めてであった。包丁を使うこともテレジアは初めてであっただろう。


「これは……”悪魔の植物”ですわよね? このようなものを食べるのですか?」

 

 ジャガイモを最初に見た時のテレジアは、驚きを通り越して狼狽していた。しかし、テレジアは、ジャガイモ料理の道を登り始めた。


 ふかし芋(塩少々、黒胡椒多め)からの、ポテトサラダが、テレジアのいまの料理のレベルである。

 しかし、来月には、ジャガイモと、ホーエンハイム家秘伝の牛と豚の挽肉の割合によって作られたコロッケのレシピを、マスターするかもしれない。


 レイラは、友人のテレジアが、自分の、そしてテレジアの想い人であるロバートの母であるアンナに気に入られている様子を嬉しく思う。

 兄ロバートの外堀は、順調に埋まっているのかもしれない。


 大切な友人の、恋をレイラは応援するつもりだ。必要があれば、兄の背中をそっと押そうとも思っている。


 レイラと友人になったことで、レイラの日常で変わったことがもう一つある。


 それは、ペットを飼うようになったことである。


 レイラは、テレジアから贈られた鳩を飼うようになった。


 鳩と言っても、血統書付きの伝書鳩である。

 

 なぜ鳩を飼うことになったかというと、ロバートがいつ、ホーエンハイム家にふらりと顔を出すかが分からないためである。

 

 そこで、レイラとテレジアが考えたのが伝書鳩である。

 ロバートが、いつ陽だまり亭にやって来るか、その予定が分からない。


 そこで、ロバートがふらりと陽だまり亭で食事をしに帰って来たときなど、レイラは鳩小屋の扉を開け、鳩を檻から放す。

 伝書鳩は、その帰省本能に従って、アリスター侯爵家へと飛ぶのである。


 鳩が帰って来たことを知るやいなや、テレジアは馬車をホーエンハイム家へと飛ばす。


 テレジア曰く

『たまたま帰って来たロバート様。そして、たまたま友人のレイラに会いに来た私。偶然にも居合わせる。しかし、それが運命の出会い。妹の友人から、気になる存在へ、そして、恋人へと。やがては、将来を供にする伴侶へとなる……! 完璧な計画です!』


 レイラとしても、友人のテレジアを応援したい。また、妹としても、兄が良き恋人を見つけることを応援したい。

 

 ペットとして、伝書鳩を飼うことなど、苦にもならない。というか、とても人慣れしている。


「クルッポ、ポポ、クゥークゥー」と今日も鳩は元気にエサをねだる。


 レイラの手の平に載せたトウモロコシの実を嘴で突きたべる。鳩に掌を嘴に突かれると、痛くすぐったい。レイラは、そのその感触が実は気に入っていた。


「ロバートお兄様が今日帰って来られたら、急いでテレジアの屋敷まで飛んで帰るのよ。寄り道しちゃだめよ」とレイラが頭を撫でると、「クルポー」と、鳩は喉を鳴らした。


 ・


 ・


 それ以外は変わらないと思っていた。だが……


「このハンバーグを作った者を呼んでこい」


 陽だまり亭が賑わう昼の出来事だった。勘定を受け取ったレイラの母アンナに、フードを深く被った男がぶっきらぼうに言った。


「あの……何か……粗相があったでしょうか。もしご不満があったのなら、お代は結構ですので……。それに、娘に代わってお詫びいたします」


 アンナは、その男に頭を下げ、大きな声(・・・・)で謝罪を口にする。


 フードを深く被っていて顔などは見えないが、ハンバーグ定食を食べる仕草が明らかに貴族の教育を受けたものであると分かる。

 陽だまり亭は、格式張った店ではない。腹を空かせた王都の人々が気楽に食事できる場所である。

 ハンバーグ定食に添えられる白ご飯。ほとんどの客は、スプーンで食べる。食べやすいからである。

 しかし、このフードを被った男は、右手に持ったナイフを使い、左手のフォークの背に白ご飯を乗せて食べていた。貴族社会で好まれるコース料理での作法である。


 それに、フードの裾から剣の(つか)が見える。柄には装飾が施されていることにアンナは気づいていた。剣というのは、人を斬るという実用的なものである。その柄に装飾をするのは、貴族である。


 アンナも貴族の家柄である。このフードの男は、貴族であると当たりをつけていた。


 そして、面倒ごとを陽だまり亭で起こされるくらいならと判断して対応しているのである。


「なんだ? あいつ、レイラちゃんのハンバーグにケチ付けようってのか?」

「それだったら、お前、王都警備兵としてあいつを捕まえろ!」

「今日は非番なんだが……いや、任しとけ。急いで全部食う」

「いや、ちゃんと、味わって食え!」

「それにしても、一見(いちげん)さんが、舐めたことしてくれるぜ」


 アンナが大声で謝罪をした為、常連客たちも異変に気付く。そして、フードの男に聞こえるようなヒソヒソ話を始める。遠回しの威嚇である。

 そして、それこそアンナの狙いでもあった。


「もめ事を起こすつもりではない。美味であったので、料理人に賛辞を贈ろうと思っただけなのだがな。そして、このハンバーグを作ったのが娘であるということは分かった」


 フードを深く被った男は、臆することなく平然と言い放つ。常連客たち(非公認:レイラちゃんファンクラブ会員)による圧力にも屈した様子はなかった。


 アンナは考える。

『そういうこと……。たしかに、貴族が料理に舌鼓を打ったときに、厨房の料理人を呼ぶことはあるけれど……』

 それは、料理人にとって名誉なことなのだ。高位の貴族から呼ばれて賛辞を受けた、それは、料理人にとっての箔となるし、料理店としてはブランドとなる。


「貴族様への粗相がなかったのであれば母として安心いたします。食後の紅茶は結構でございますよね? 陽だまり亭へのまたのご来店をお待ち申し上げております」


 フードを被った男が貴族であると断定した上で、話はこれで終わりだ、とアンナは毅然とした態度で示す。伊達に、長年、陽だまり亭の女将をやってはいない。


『正体を隠している貴族様から料理のお墨付きをもらってもね。それに、格式だけ高くなっても困るし、迷惑だわ。それに、レイラに変な貴族の虫がついてもね』


 王都の庶民向けの食堂が、三つ星を貰っても困る。陽だまり亭は薄利多売の店である。アンナはこの場を有耶無耶にするという判断を下した。


「そうだ、そうだ。席が空くのを待って並んでいる奴がいるんだ」

「料理を誉めるなんて、常連客の間じゃ、手垢がついた気の引き方だぜ。レイラちゃんの気を引きたかったら、とりあえず一年はこの店に通いやがれ!」

「いや、おととい来やがれだぜ!」

「食べ終わったなら早く出て行けよ。こっちは待ってんだ、特にそのフードの男!」

 

 常連客たちは盛り上がり、席が空くのを待っている人たちも、アンナの援護射撃を行う。


 が……。


「いや、そうは行かない。これは、皇帝の御意向である。正体を隠していたことを詫びよう」


 フードを被った男はそう言うと、フードを脱いだ。


 その男は、まるで墨で塗りつぶしたような光沢のない漆黒の黒髪であった。金色やブロンド色、赤色の髪が多いユニレグニカ帝国ではとても珍しい。


「私は、マックと申す。皇帝の近衛兵である。用件は、この度、友好国である緋衣国から新皇帝の即位を祝う外交団が到着する。皇帝の即位を祝うと同時に、友好親善試合”両国料理対決”が催される。その料理人として、レイラ・ホーエンハイムを徴用する。これは、皇帝の命である!」


 マックと名乗った黒髪の男は、高らかに宣言をした。


 舞踏会で止まったかと思われたレイラの運命の歯車は、止まってはいなかったのである。


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