卒業面談
「盤乃沢 ミチカ」
はっとして目を開けた。
書類を手にした男が、こちらを見ていた。
促されるまま室内に入る。衝立で仕切られた向こう側には、三人の気配がする。
「卒業おめでとう。これより君の就職先について、面談を始める。質問には簡潔に答えるように」
これで、この施設とおさらばできる。
任務という言葉を掲げて敵を刻み、同期を蹴落とし、どちらを向いても恨みの目と皮肉げな称賛が満ちる狭い世界だ。花ひとつ愛でられない環境に、そんな感性を許さない教官、人間らしさなんて夢のまた夢の疲れ切ったこの生活。
長かった。
そう思うのと同時に、不安が胸をよぎる。
本人の希望をある程度は聞く、と言われてはいたけれど…僕の希望は恐らく、大変に異端だ。
『卒業』に必要なテストは全て一度で通した。何度も繰り返すことが辛かったからだ。
けれど最短での卒業であることは…プラスにはならないかもしれない。
求められていたのは、有能な人間だ。僕はテストの上でこそ模範的に答えてきたけれど、実際はまるで無能な人種なんだ。
「成績は良いが、希望がこれか」
「これなら幾らでも選択肢はあるというのに。先程の奴はあの成績の癖に、某所へ勤めたいなどと高望みしていたがねぇ…」
聞こえた溜息に、どきりとした。
僕の前に面談した人の希望は叶わなかったのか。
ほんの何十分か前に部屋を出ていくときに、憔悴した顔をしていたのを覚えている。いったいどこへの就職希望を出したのだろう。
名前も知らないけれど、それほど落ちこぼれてはいなかったように思うのに。
「うまく行かないものだな」
「とはいえ、ある程度の希望は反映したい。嫌々ながら仕事に就いて、斡旋先でヘマをされるとこちらの信用に関わるからな。Sランク品でもなければ、そう惜しくもないさ。大して長持ちもしない」
彼らは、僕らを商品として見ていた。
慈善事業でない以上、当たり前のことだ。僕らはこの施設に集められ養育された孤児だからだ。
大半は緑に飲まれた集落の出身で、人の死の上に生を繋いだ者も少なくない。
他所の町に流れ着くことができても縁者はいなかったのか、引き取り手のなかった孤児。それを競争を主とする環境で差別しながら育てた結果、ここには他人を蹴落としてでも新たな場所で必要とされたいと躍起になった者…つまりは攻撃性の高い者が多かった。
施設は、主に裏の仕事に関わる人材を輩出していた。暗殺、謀略、諜報活動。皆は喜々として他人を傷つけ、自分こそが任務に相応しいと名乗りを上げる。
けれど。僕は。
「人を傷つけない仕事がしたい、というのが君の意向なのだね」
衝立の向こうで、お偉いさん達がクスクスと笑う。
人を傷つける術を叩き込まれた人間がそんなことを言うのは、さぞや滑稽なのだろう。僕は小さく息を吸った。
「…はい。どうしても力を振るわねばならないのなら…できれば殺すのではなく、守る仕事に就きたい」
「優秀な成績を収めておきながら、もったいないことだとは思わないかね?」
「…試験だから、そうあれたのだと思います。僕には残念ながら…精神面が強くならなかったという自覚があります。現実に戦う場面があれば、恐らく落ちこぼれに違いないと」
ひそひそぼそぼそと衝立の向こうで審議がなされる。
この性根ならやはり長持ちもするまい。恩を売れる場所に送るのも良い。政府に近ければ、我らの発言力も更に増すだろう。いつも言うことだけは大きく立派な、ほら、そこで良いのではないか。
…残念ながら僕は耳がいい。全部聞こえている。
俯いた僕にかけられたのは、嘲笑と紙一重の愛想笑い。
「では君には特防庁への推薦を出しておこう。あそこは身の程もわきまえずに毎年人材を要求してくるが…まぁ、一度くらい推薦を出しておけばおとなしくなるだろう」
投げ落とされたパンフレットには『守ろう、健全な日本』、『特別防備管理庁 防衛任務遂行課』の文字。
若干、僕は怯んだ。
恐る恐る開いたその中は更に眩しくて、幼い頃TVで見た戦隊ものみたいな…五色の服を着た人達が、無駄に爽やかな笑顔で写っていた。