3話 ルル
そう、アマンダという女は死んだ。
では私は誰だ?
アマンダの記憶を持って幼女になっているこの子は。
分からない、全てが分からなかった。
人形のように可愛らしい幼女は、綺麗な服を着て、質の良い高級な部屋に閉じ込められている。
鏡を見ると首には首輪が付けられ、紐が天幕付きのベットの柱に括り付けられている。
紐は長くて動けるけど、窓や扉には届かない。
アマンダだったらこんな紐引き千切っている。
怒って閉じ込めた者たちを殴りに襲い掛かって行っただろう。
しかし、幼い華奢なこの幼女の身体では、紐を解くことも閉じ込めた者たちに反抗することも出来ない。
酷く自分が弱くなってしまったように感じて心細くなる。
この身体では何をされても抵抗できない。言いなりになるしかできない弱い女の子だ。
上手く逃げれないだろうかと部屋を見回していると、細かな装飾が施された家具や大きな天幕付きのベット、壁や天井の色彩までもお金をかけていることが分かる。
まるで貴族のような部屋だと気づいてぞっとした。
そうだ、奇特で悪趣味な一部の貴族は実目が良い孤児を拾っては囲うことがあると聞いたことがある。
所詮金持ちの道楽だとアマンダの時は気にもしなかったが、今の幼女の姿はまさに貴族に囲われたお人形だ。
その子たちの末路も知っている。
貴族たちの慰めものとして扱われ、苦痛と屈辱の内に死ぬか女の場合は子供を孕まされて死ぬか。
生き残れる子はごく少数だ。
吐き気がしてきた。
自分の細い華奢な身体を抱いて、必死に身体の震えと涙がこぼれないように身を縮めて抑えた。
弱い自分がいる。
最悪の未来を想像して絶望している。
違うだろう。出来ることはあるはずだ。
ケイトのように笑って前向きに行動できるはずだ。
アマンダとしての記憶も役に立つ時が来るはずだ。
私には知識がある分、他の子より助かる可能性は高いはずだ。
まだ絶望するには早いだろう。
身体をぎゅっと抱いて、自分に自分を叱咤激励した。
じゃないと挫けそうで怖かった。
自分の心を奮い立たせて室内を出来る限り探索したけど、目ぼしい収穫はなかった。
届くのはベットと椅子と鏡台。ベット横の机に水差しが置いているだけだ。
窓にも扉にも届かず、じっと人の気配を探ると扉の向こうに人はいないが、階下や僅かな足音が聞こえたので人がいないわけではないことが分かった。
日が暮れると年配の女中が配膳を持ってきた。
女中は私を見ると眉を上げて不愉快気な顔になったが、一言もしゃべらずに配膳を机に置くと出ていった。
私は暫く配膳された食事を見ていたが、結局食べることにした。
やはりここから逃げるなら体力は必要だ。ただでさえ華奢なこの幼女の体力を食事を抜いてさらに減らすこともない。
毒や薬を仕込んでいたら、今の私ではどうしようもなかったので考えないようにした。
食事を食べ終えて暫くすると、再び女中が来て配膳を片づけにきた。
しかし、広い室内の私の届かないソファを整えて酒の用意をしていると気づいた時は、どきりと緊張した。
これからここに誰かお酒を飲む人が来るのだ。
日が沈んでその人が来るまでに平常心を保つのに苦労した。
鳴りそうな歯を食いしばって、歪みそうな顔を必死に無表情に装う練習をした。
隙を見られたくなかった。
やって来た男は特に特徴がある訳ではなかったが。清潔に整った格好をした、いかにも貴族の男だった。
私を見つめると笑い、頭を撫でると首輪の紐を解いて新たにリードを付けると、酒が用意されたソファまで連れられて男の膝に座らされた。
男は酒を片手に飲みながら私の髪を梳き、瞳を見て、抱きついて来た。
「ああ可愛いねぇ、私の可愛い可愛いお人形のルル。君の白くて長い髪はなんて触り心地が良いんだろう。君の瞳はいつも移り変わって見ていて飽きない。
僕の可愛いお人形のルル」
男にとって私は人ではなかった。
生きて感情を持った生き物ではない。
男の所有物だった。
男はいい歳してお人形遊びをする特殊な性癖を持った奴だった。
ひとしきりお人形で遊んだ男は私を再び天幕付きベットの紐へと結び直すと部屋を出ていった。
その間、私は本当にお人形になったかのように顔も体も動くことが出来なかった。
この男に毎夜されていることを身体が覚えているのだ。恐怖が身体に刻み付けられているようだった。
男が完全にいなくなって人の気配がなくなってやっと身体のこわばりが解けた。
人形から私に戻るとぎこちない身体を動かしてベットに潜った。
「うっうぅっ」
嗚咽が止まらなかった。
なんて弱いんだろう。なんて不甲斐ないんだろう。
ルルという身体は男に対してお人形のように従順を示していた。
アマンダという精神は男に恐怖して抵抗も出来なかった。
昼間の意気込みも萎えていた。
なんて、なんて、なんて!
何が傭兵のアマンダだ!
屈強な大きな体を持っていないだけでこんなに弱い。
何が守りたいだ何も守っていない。こんな小さな子を守ることも出来ないでいる。
最低だ、弱虫、意気地なし。
大きな身体という殻を脱ぎ捨てたら、こんなに小さくて臆病な奴がいたなんて。
いつもケイトやギルドのマスターに守られていたのは私の方ではないか。
涙が止まらない。嗚咽が止まらない。
枕を抱きしめて身体を縮めて耐える。
ケイトの笑顔が見たかった。マスターの頼れる姿を見たかった。
無様にも意地もプライドもなく助けて欲しかった。
でもケイトはこの世にいない。マスターがどこにいるか分からない。
ここには貴族の男と女中しか来なかった。
私を助けてくれる人は誰も来ない。