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004

 胡乱な目でこちらを睨みつけてくる少年たちに、にこりと形だけの笑顔を返して、まずは黒髪の少年と目を合わせた。

気の弱い人なら視線だけで失神してしまいそうなほどに油断なく尖る赤い瞳をひたと見返し、口を開く。



「“ギルバート”」



 そっと紡いだ“魔法の呪文“に、今の今まで尖っていた瞳が驚愕の色を宿して丸くなった。

たったそれだけで妙な満足感が得られ、作り笑いが自動的に“にんまり”とした本物の笑みへとシフトチェンジしたのが分かった。

 彼の素直な反応のお陰でほんの少しだけ余裕が出てきたのを感じて、小さく深呼吸して体から余分な力を抜く。

正念場であるからこそ、力み過ぎて下手を打つわけにはいかないからね。



……そういう表情(かお)してりゃ、見た目相応で可愛いのに。



 なんて彼に聞かれたら間違いなく首が胴体にさよならを告げることを思いながら、様子が変わった黒髪の少年をいぶかし気に見ている赤毛の少年へと視線を移した。

 金色のつり目はジロジロと黒髪の少年を見ているので、視線は合わないがまあ構わない。

これからこちらを向くのだから。



「“ザックスラルド”」

「はっ?」



 第二の呪文を唱えれば、思惑通り金色の瞳が即座にこちらを向いた。

先ほどの少年と同じように見開かれた目と、ぽかんと開いた口が実に愉快であるが、がそう笑ってもいられない。

 赤毛の少年のリアクションで我に返った黒髪の少年が再び睨みつけてきたからだ。

それも、先ほどとは比べものにならないくらいの、鋭さをまとって。



 ……うわぁ、俺、瞳孔開いてる人って初めて見たぁ…………

 真面目に怖いんですけど、なんなのあの少年……あ、ラスボスか。ラスボスだったわ。



 震えそうになる膝を叱咤して、物騒すぎる視線から逃げるように最後のひとりと視線を合わせる。

するとまるで待っていたかのようにガチリと目が合って、思わず肩が跳ねそうになった。



 こっわ! なにこれすっごく怖い!



 気が立っていて襲い掛かってきそうな猛獣を前にしてるっていうより、なんていうか、怨念とかそういう禍々しいもので動くビスクドールと対面しているみたいな恐ろしさが、そこにあった。

 ガラス玉のような美しいオッドアイからは何の感情も読み取れなくて、余計に不気味に感じる。

まるで今にもその手に持ったナイフを振りかざし、飛び掛かってきそうな気がして、緊張感が半端ないけど、なけなしの根性でどうにか虚勢を張りなおした。



「“ロシュフォール”」



 乱れそうになった呼吸をどうにか整えて、最後の呪文を唱える。

するとじっとこちらに向けられていたオッドアイに感情が宿ったのがわかって、妙にほっとした。

 驚いたと告げてくるように、大きな垂れ目がパチパチと瞬くのは、見ている分には可愛い。

けどやっぱり頬についている血だとか、血濡れの服だとか、モザイク必須なウサギだとかのせいで、可愛らしい容姿とのミスマッチさが際立つ。

なんなの、見た目天使のくせに中身がそれって……そんなギャップの引継ぎなんていらんよ……



「アルドの言葉に何一つ嘘はないけど、彼は“知らない”からね」



 君たちが転生者で、しかも前世ではラスボスだった、ってことを。

なんて脳内で付け足しながら振り返り、目が合った紳士に「ね」と笑いかければ、状況が読めなくて困惑しているだろうに、それでもしっかりとした頷きを返してくれた。

 あ、ちなみにずっと紳士と呼んでいた彼の名前はアルドヴィーク・ウィドシガード卿といい、彼の足元にくっついている少女は彼の孫娘で、名前をシャルディアという。

どちらも長いので、アルドとシャルという愛称で呼ばせてもらっている。



「ここからは俺が引き継ぐよ。

 ついでに“真っ白すぎて逆に信用できない条件”に君たちが納得する“色”をつけてあげる」



 含みを持たせるように笑みを浮かべ、なんとなしに足を踏み出す。

 少年たちの傍を通りすぎるのは実はめちゃくちゃ怖かったけど、これからのことを想うとビビッてばかりじゃいられないからね。

 足元でシャラシャラと音を立てながら、お願いだから殴り掛かってこないでよ~……! と内心祈りつつ教会の中へと入る。

アルドとシャルが付いてきているのが砂利を踏む足音で分かった。


 所々落ちている天井やら朽ちた長椅子などを避けて、大きな十字架の前で立ち止まる。

苔が生え傾いてはいるが、落ちた天井の隙間から差し込む初夏の日差しが十字架に当たっていて、うん、なんていうかめちゃくちゃ雰囲気があってカッコいい。

RPGのオープニングみたく、始まりの場所に相応しい光景だな、なんて思いながら振り返る。

 すると静かに見下ろす藍色の瞳と目が合った。

十字架の前は数段高くなっているため、普段なら見上げないと合わないアルドと今は目線が近かったらしい。

予想してなかったから、ちょっと驚いた。



「任せていいのだな?」

「うん」



 短い確認の言葉に、しっかりと頷きを返せば冷ややかな印象を受ける切れ長の目尻がほんの少し下がり、頷きが返ってきた。

 視線を下げると今度は揺れる空色の瞳と目が合ったので、苦笑いを浮かべて両手を広げる。

途端に飛び込んできた温もりがぎゅうとしがみ付いてきた。同じ強さで抱きしめ返し、すっかり赤みが失せてしまっているふくよかな頬に頬を寄せる。



「怖がらせてごめんな、シャル。でも、もうちょっとだけ頑張ってくれる?」



 肩の上で揺れるウェーブのかかった赤みの強い金髪を撫でながら声をかければ、すぐさま「もちろんよ」と強気の言葉が返ってきた。

シャルらしい言葉に少し笑って、首に回った腕をそっと外す。

 冷たくなってしまっている小さな両手に温もりを分け与えるように握りしめ、長いまつ毛に縁どられた大きな猫目と視線を合わせる。

ぱちりと瞬いたそれは、まるで空を閉じ込めて作った宝石のように綺麗だ。



「大丈夫だから、信じていてね」

「……ええ」



 そう告げると、彼女は俺の手をぎゅっと握り返し目を閉じて深呼吸をした。

 一度伏せた長いまつ毛が再び持ち上がった頃には、いつもの力強い輝きを取り戻してくれていて、俺はほっと胸を撫で下ろした。

そんな俺たちを見下ろしどことなく満足そうな顔をしたアルドが俺たちの斜め後ろへ控えるように移動したのを見届けて、俺はシャルを左腕にくっつけたまま、その場に腰を下ろす。

 見つめる先は先ほど潜ってきた教会の入り口。


 ……つい、“影だけ踏んで”置いてきちゃったわけだけど、大丈夫だよね? 帰ってたりしないよね? ちゃんと来てくれるよね?

なんて今更不安になっていると、しばらくして足音が聞こえてきた。

 姿を見せた彼らの表情とそのまとう雰囲気に、思わず「うわぁ」と呟いたのはどうか見逃してほしい。



 いや、だって、わかっちゃいたけど、何その顔と雰囲気。

子供のくせに、めっちゃラスボスだわ。


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