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003

「……埒があかねぇな。んな下らねぇ話なら俺は帰る」



 嘘偽りのない本心を告げた紳士に対し、少年たちは静かに彼への興味を捨てたようだった。

黒髪の少年が教会の壁に預けていた背中を浮かせ、イライラした様子の赤毛の少年が丸太から立ち上がる。

銀髪オッドアイの少年は相変わらず地べたに座り込んだまま、解体を続けている……誰かぁモザイクかけてぇ……! って叫びたくなる光景をやっぱり直視はできず、すぐさま視線をはがした。グロすぎる。



「待ってくれ、一体何が気に入らない? 他に要望があるなら、それを聞かせてほしい」

「キミの言う条件はさぁ、確かに魅力的だけどぉ、そもそもが胡散臭いんだよねぇ」



 立ち去ろうとする2人の少年たちを引き留める紳士の言葉に、答えたのはウサギを解体していた少年だった。

一度も視線すらこちらに寄こさなかったので、解体作業に夢中で話しなんか聞いていないように見えたのに、どうやらちゃんと聞いていたらしい。

 顔を上げこちらを向いたことで、さっきまでは見えなかった頬に血がついていたことがわかったが、当の本人は全く気にしていないらしく拭う素振りもみせない。



「……胡散臭い、とは?」



 子供らしく高い声が独特な間のある口調で告げた言葉に、紳士はしばし考える仕草を見せたが結局思い当たる所がなかったのか、そのまま問い返す。

銀髪オッドアイの少年の言葉は立ち去りかけていた2人の少年の足を止めることに役立ってくれて、俺はほっと胸を撫で下ろした。

 降り注ぐ太陽は柔らかく、木々を揺らす風も優しく、耳に届く小鳥たちの声も愛らしいというのに、この場所だけはやたらと殺伐とした雰囲気が漂っていた。


 ……これ、完全に黒でいいかな。だってこんな雰囲気をかもし出す子供とか、普通にいたら嫌だわ。



「だってぇ、どう考えてもヘンだよねぇ?

 キミみたいなお貴族様がさぁ、態々ボクらみたいなのを呼び出してさぁ、力を貸してほしいだなんてねぇ?

 大貴族様なんだからさぁ、一声命令すればぁ大抵のことはどぉとでもできるでしょお」



 赤と金のまるでビー玉のような瞳が、ひたとこちらを見据えてくる。

 「ねぇ?」と2人の少年たちに同意を求めるように、こてんと首を傾げるその仕草だけは愛らしいが、逆に瞳の無機質さが強調されて、ぞっと背筋が凍る思いがした。

温度の感じられない瞳とゆるく弧を描いている唇がアンバランスで、恐怖をあおってくる。


 ただでさえ緊張しているというのに、これ以上心臓に負荷をかけないでほしいが、唐突に正念場がやってきたことだけはわかった。

ちくしょう。ミスったら命が危ないので慎重に行きたい所だったけど、そうも言っていられなくなったか……と、腹を括って、前に出ようとしたその時。



「っ、そうだな。確かに君の言う通り、ある程度なら力づくで物事を押し進めることはできる。

 だがそれでは根本的な解決にはならないのだ……だからこそ、私は君たちを高く評価している。

 例え今は悪事に使っていようが、注目すべきは巧妙な作戦を練るその頭脳と、人をまとめ動かすカリスマ性だ。

 ただ、私の立場上悪事を見逃すわけにはいかぬし、何よりそのままにしておくのは惜しい。

なら私のもとでその能力を正しく活かしてはくれないか、と考えるのはそう可笑しなことではないと思うのだがね」



 気圧され息を飲みはしたが、どうにか持ち直した紳士が丁寧に答え始めたので、有難くまだもう少し観察させてもらうことにする。

“影を踏む”タイミングってどこかさっぱりわからない。誰か指示を下さい。

 確かに呼び出したのはこちらだが、正直なところ転生した彼らが今何を思い、何を求めてこの場にいるのか全く想像がつかない。



「偽善者面で体のいい言葉ばかり並べてやがるが、

 要するに地方で問題を起こしてる悪ガキグループの頭を手元において、上手く利用してやろうって話だろうが」

「ガキ相手ならいいように騙せるとでも思ったかァ?

 残念だが、騙されねェぞ! 俺ァそういう小賢しい野郎が一番嫌いなんだよ!!」



 ハッと見下したように鼻で笑う黒髪の少年に続き、赤毛の少年が憤怒の形相で怒鳴る。

 先ほどまでさえずっていた小鳥たちが驚いたように空へ飛びあがったのが視界の隅で見えた。

まさしく咆哮に値するその怒声の迫力に、思わず怯んでしまった。

 途端に彼らはこちらへの興味を完全に失くしたように鼻を鳴らし、一度は止めた足を再度踏み出した。

しまった……! と思った時にはもう遅く、銀髪オッドアイの少年までもがウサギを片手に立ち上がる。


 そんな彼らを見て、俺は記憶があると確信した。

“大人びた子供“という言葉では納まらない、不遜でいながらどこか余裕のある態度や、物騒過ぎる雰囲気と迫力。

そしてなによりこの“弱いものへの関心のなさ”こそが、彼らの“ラスボスらしさ”をかもし出している。

 それに、たった10年程度生きただけじゃあの貫禄は出せないよね。


 だから物理的には絶対に敵わない自信があっても、せめて虚勢だけは張っておこうと思ってたのに、真っ向から向けられた怒気にあっけなく吹き飛ばされてしまった。

 いや、まあ当然といっちゃあ当然だけどね。だって相手ラスボスよ?

いくら転生してようがこちとら一般人だからね、ラスボスの“吠える”にビビんない方が、無理があるってもんでしょ……

逃げ出さなかっただけ褒めて欲しいくらいだわ……


 なんて心の中で言い訳を並べていると、少年たちの様子を見た紳士が俺を振り返った。

足元に引っ付いている少女は青い顔で小刻みに顔を横に振っている。


 切れ長の藍色の瞳にどうする?と問いかけられ、ひとつ頷いて前に出る。シャラリと足元で音が鳴った。

 泣き出しそうになっている少女には本当に悪いけど、このまま彼らを帰すわけにはいかないんだよね。

だからごめんね、の意味を込めてすれ違いざまにぽんぽんと頭を撫でると、それだけで俺の意図をくみ取った彼女はきゅと口を結んで、小さく頷きを返してくれた。

 見た目と精神年齢がそぐわない俺とは違って、本当にまだ幼いというのに聡い子で助かる。

俺の手が離れると入れ替わるように紳士の大きな手が褒めるように小さな頭を撫で、子供らしいふくよかな頬が甘えるようにすり寄るのが視界の隅で見えた。



「まぁそう急ぐなよ」



 少女のことは紳士に任せて、俺は俺にできる最善の手を打つことにしよう。

 突然今までとは違う声が割って入ったからか、それとも俺の第一声が気に入らなかったからなのかはわからないが、立ち去りかけていた彼らの注意をもう一度引くことは出来たようだ。

 チラリ、いや、ギロリと寄こされた視線にこれがラストチャンスだと気圧されないように体に力を込めて、受け止める。

意識してゆっくりと唇を吊り上げた。途端に怪訝そうな顔つきになる彼らに向けて、口を開く。



――ああ、どうかちゃんと成功しますように。


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