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第三十六話 伴出、肩が弱い

「く、くそ······」

 パトリックがわずかにうめく。塔の周辺にいた者たちはもはや壊滅状態にあった。

 水葬のクラッテンハイムの名は伊達ではなかった。放った魔法による波の衝撃はまったく抗うことを許さず人間をちり紙のようにもみくちゃにしてしまったのだ。

「加減はしておるぞ」

 衝撃的な言葉である。

「メモリーを壊してしまっては元も子もないのでね」

 答える者はいない。みな押し流されて沈黙してしまっている。

「さて、勇者気取りのあの小僧と野良猫は塔か」

 クラッテンハイムの目に塔に立つ人影が見えた。

 光の弾が数発クラッテンハイムの周囲に着弾する。

「効かんよ」

 小さく笑うクラッテンハイム。

 光弾はホーリという少女型鉄兵士と同じ武装のようだ。つまり鉄兵士ヴィクトリアによる攻撃だ。




「よし、ヴィクトリア、今度はこれをクラッテンハイムの目の前に投げるんだ。当てちゃダメだぞ」

 鉄兵士ヴィクトリアはサワキの言うことに従うようだった。

 外見がボロボロなこともあって少し不調を感じるが、まだ動くことはできるらしい。

「オ、オティの剣を投げるですかにゃ?」

「そう。いいから投げてくれ」

「承知しました」

 鉄兵士の力で投げられた刀はそれなりに威力があっただろうが、当ててはいけないという命令通りクラッテンハイムの目前の地面に突き刺さった。

 クラッテンハイムもルーシーもサワキの行動がわからなかった。

「次はこの鞘だ。これもさっきと同じくクラッテンハイムの前に放り投げるんだ」

「サワキくん、さっきから消極的な戦法ばかりとってませんかにゃ?」

「オレ肩が弱くってさ、オレが投げてもとどかないんだよ」

「は、はあ。投げてどうするんですかにゃ? なにかの牽制ですかにゃ? あ! 剣に気を取られてる間に鉄兵士に不意打ちをさせるんですにゃね!」

「ご命令を」

「ヴィクトリアはこのまま待機」

 クラッテンハイムは不思議に思いつつも警戒しているようだ。

「虎の子のオティの剣を投げてしまいおってバカめ! なにをする気がしらんが無駄だよ無駄! さっさと降りてくるがいい!」

「······クラッテンハイム殿、一つ質問がある! あんたの目的はなんだ? この鉄兵士ヴィクトリアじゃないのか?」

「ああ、そうだが?」

「ならばあらためて申し出がある! この場はひいていただきたい! マオ氏にもこのヴィクトリアには手を出さないよう伝えられたい!」

「なにを寝言を」

「約束を守っていただけるのなら代わりにそのオティの剣をくれてやろう!」

「にゃ、にゃんですって!?」

「本気だ! その剣は譲る!」

「······本気はいいが、正気かね?」

「オティの剣がイヤなら他に代替できるものを調達することを約束する。目的とするものがあるならば言ってくれ」

 クラッテンハイムは怪物の姿ではあったが動揺しているのが見て取れた。

 とんでもない申し出である。

 すでにサワキは『土葬』と一回戦をしてしまっている人間だ。この申し出はその経緯を見直すということでもある。

 そう考えると手打ちをする理由はないわけではない。『修正者』なる者とサワキは本当に敵対しなければいけないのか、という問いが残るからである。

「······再度問うぞ、本気なのだな?」

「間違いないことだ。この場にいる全員を証人としよう」

「······サワキバンデ、明答は避けさせてもらう。が、この話、持ち帰らせてもらう。この剣も今預かる。だが一つだけ約束しよう。もしそちらの申し出を断る場合はこのオティの剣、必ずお返しする」

「承知した」

「ササササワサワサワサワキくん! あんなの嘘に決まってますにゃ! オティの剣はこの世に二つとない貴重なもので······!」

「『水葬』の名にかけよう」

「信じた! 感謝するクラッテンハイム殿!」

 ルーシーはあわあわしているし、ヴィクトリアはきょとんとしていた。

 クラッテンハイムはまだ動揺があるように見えたが、丁寧にオティの剣を鞘に仕舞うとその姿が現れた闇に溶け始めた。サジフと同じくこの場から消えるものと思われた。

「······何人も手出し無用!!」

 サワキが叫ぶ。クラッテンハイムが自分の後方にあるヨモギのいる輿を少し気にし、納得したかのようにサワキを見ると、闇の中へと身を沈めていった。

 後には倒れた人々と瓦礫だけが残った。


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