第三話 伴出、猫に会う
「ん……あだだだだ!」
沢木伴出は痛みで飛び起きた。気づくと、森の中で全裸で寝ていたのである。
「フリチンやんけ!」
さっきまで持っていた荷物、着ていた服すべてがなくなっていた。
飛び起きた伴出は周囲を見渡す。
「いかん! この植生の感じは人の手が入ってない! このままでは3日もたん、死ぬ!」
伴出は焦ったが、すぐに落ち着きを取り戻した。
「大丈夫、オレには野外活動の知識がわずかだがある。森ゾンビ(※)ほどではないが、それでなんとかなるはず。なんたって異世界なんだから……」
※森ゾンビ……着の身着のままで山などに入り、必要なものは現地のものでまかなうネイチャリストの最終形態。伴出が勝手にそう呼んでいる名称。
少しして、伴出は装備を整えていた。
植物を適当に編んで作った腰みの、石斧、そして、鳥の巣のような帽子。
完全な蛮族である。
キャー!
遠くで女の子の声。典型的である。
伴出の足は自然とそちらへと向かっていた。お約束である。
「こんな道をわざわざ使うなんて、なにを運んでいたんだい?」
女のように美しい容姿だが剃刀のごとき危険な空気を纏った男が問う。
「体力に優れる亜人種の中でも隠密行動の得意な猫族に任せるあたり、よほどものと見た」
どこか幼さを感じるが、顔の傷跡が歴戦の戦士を思わせる男が付け足す。
巨大なナイフを構える二人の男に一人の少女が脅されていま。
「あ、あわわわわ」
その少女は黒いショートヘアに大きな目をしていた。森の中だというのに闇雲に露出は激しく、ついでに胸は平たく、そして頭には獣耳までついていた。
伴出はその様子を影から観察していた。
「盗賊か……どう助ける?」
特に助ける義理はない。しかし、どう考えたって助ける流れなのだから仕方ない。
それに、助けることができたのなら少女から道を聞けるはずである。
「だだっだだだダメです! これはダメですにゃ!」
「逆らうの? 命知らずだね」
「我々を誰だと思っている? 天下の盗賊ムツ&シンとは我々のことだぞ?」
ナイフが少女に向けられる。
「待てい!」
思い切りよく伴出は飛び出した。
「……」
誰からもなんの反応もない。
「……ゴブリンか?」
ようやく傷の盗賊から声がかけられた。
格好が格好だけに仕方のない感想であった。
「違う! 通りすがりの、通りすがりの……」
自分はなんなのだろう。伴出は悩む。
「怒る!!」
哲学的な問題にまで発展しそうだったため、伴出は気合でその場を誤魔化すことにした。
「よくわからないけど、邪魔しようっていうんだね?」
「あ、言葉わかるな。今気づいた」
「なんだぁ……バカにしてるのか!」
「シン、こんなヤツやっちゃおうよ!」
「はんっ! 見たところ素手のようだな」
「素手どころか全……半裸じゃないか」
全裸扱いしなかったあたりこの盗賊にも情けがあるらしかった。
「それとも、なにか武器を隠し持っているのか?」
「あるさ」
「なに?」
「オレの武器、それは……勇気だけだ!!」
傷の盗賊の胸元に飛び込んだ伴出は、ナイフを持つ手をとると、もう一方の手ではみ出ているナイフの持ち手を払った。
すると、あっさりとナイフは盗賊の手から離れ、どこかへ飛んでしまった。
同時にもう一人が攻撃を加えようとしていたが、伴出は咄嗟に石斧を投げつけてひるませた。盗賊の攻撃は伴出の頭に被った帽子を落とすにとどまった。
一瞬の出来事であったが、うまくいった。
「あ……あ……」
「ひ、ヒエ……」
「驚いたようだな」
「うわ……うわああああ……!」
「フフン、人間の握力なんて当てにならないものでな、持ってる武器の柄を弾いてやれば意外に簡単に剥がせるものなのさ! 対武器術の基本――」
「うわああああああ! ツルッパゲだああああ!」
「ざけんな!! ツルってはいないだろ、ツルっては!!」
「ひえええええ! 河童様がお怒りだああああ! どうかお許しをををおおお!!」
「カッパじゃねえっつの!」
伴出の勇猛さに恐れをなした盗賊は脱兎のごとく駆け出した。それをどこか口惜しそうに見送る伴出の姿は、はやくも異世界に表れた英雄によくある宿命を感じさせるものだった。
「カ、カッパ様、ありがとうございましたですにゃ」
おそるおそる猫族と呼ばれた少女が話しかけてきた。
近くで見ると、たしかに猫らしい可愛らしさを持った少女である。見た目は伴出より年下だ。
競泳水着じみた露出の激しい服装は意味こそ不明であったが、そこは種族的なアレだろうからおかしくなどないのである。
「いや、あのね、カッパじゃないから」
初めて目にする猫の女の子に多少どきまぎしつつ伴出は答えた。
「オレは沢木伴出、ある目的で旅をしてるんだ」
「え、そんな全裸でですかにゃ」
この猫娘には盗賊ほどの慈悲もなかった。
「ま、まぁ、色々あってさ。それで、道に迷っちゃったんだけど。町とか近くにないかな?」
「そうなんですかにゃ、ちょうどニャーも町まで行くところですにゃ、よかったら案内いたしますにゃ、サワキ様」
「助かるよ。ところでさ、あの、なんかアレだね」
なにか話さなきゃ、伴出は焦った。
「なんですかにゃ」
「わざとらしいよね、その語尾」
最悪の一手であった。
「ニャ、ニャーは猫族なので、これで普通ですにゃ……!」
「きみ、一人称が『ニャー』なの? 犬山イヌコかよ」
追い討ちも忘れなかった。
「別にイヌコさんは普段の一人称ニャーじゃないと思うんですが……」
「まぁ、とにかくよろしく頼むよ、ミーシャ」
「ニャーの名前はルーシーですにゃ」
これが運命の出会いであるとは、まだ誰も知らなかった。