少年は大航海へ、旅立たない-4-
波の調子は大分良かった。
さざ波が海岸に優しく押し寄せては、帰っていった。
(今度こそ......今度こそは、今日しかない......)
少年は決意を新たにすると、家の方向に走った。
少年が次に海に現れたとき、少年は何か大きなものをズルズルと必死に引きづっていた。
それは"船"だった。
縦に10m、幅が5m程。高さが10mくらいのマストが1本に、ヤードがそれぞれ左右に6本ずつ伸びていた。
船の上には白い帆が何重にも畳まれて置いてある。
少年は重たい船を引きずり、一歩一歩を踏みしめながら、ジリジリと海へ向かっていく。
そして遂に浜辺へと辿り着いた。
少年はそこからマストに帆を括り付け始めた。
帆を括り付け終えると、少年は船に積まれた装備を確認していく。
船を漕ぐ為の櫂、魚を取るための銛、釣り竿。3日分の食糧と飲料水。応急処置用の布や消毒に使う薬。夜間用の携帯ライトとそのバッテリー。
航路を描いた自作の地図に、コンパス。航路を記録するための羊皮紙と、ペン。そして、連絡用の無線機。遠くを覗く為の望遠鏡。
少年が大好きなハチミツの大瓶と、お父さんの部屋から持ち出したえっちな本と家族の写真。
大好きなミナミちゃんの写真を胸ポケットに忍ばせて。
少年は一つ一つ丁寧に確認を終えると、仁王立ちになって海へ向かって腕を突き出した。
(待っていろ、海よ。さあ、冒険の始まりだ)
少年は、武者震いを感じた。目前の海はさざ波だが、震えたつ少年の心は荒波そのものだった。
少年はさあ船を海に浮かべようと船を引っ張る。
船を引っ張る..
船を引っ張る....
船を引っ張る......
少年はキョロキョロを周りを見渡すが、誰も少年を引き留めようとする者はいなかった。
(あれ、誰も引き留めに来ないのか)
少年は少し寂しさを覚える。
しかし、すぐに少年は首を激しく横に振ってそれを振り払おうとした。
(今からたった一人で大海原に旅立とうって時に、弱気になってどうするんだ!タクヤ!)
タクヤは両の頬を手のひらで強く打つと、気合を入れ直した。
タクヤは海に船を浮かべると、それに乗り込み、櫂を使ってじわじわと遠洋へと漕ぎ出していく。
(よし!遂に出発だぁ!)
タクヤは櫂を持った手を上に高く上げると、"うおぉぉぉ"と獣がごとく空へ吠えた。
青々とした雲一つない壮大な空が、旅立ちを祝福してくれているように感じた......
「ちょっと、そこの船!私を乗せてーー」
声のする方を振り返ると、女の子が浜辺に一人で立っていた。
タクヤは双眼鏡を荷物から取り出すと、女の子を覗き込んだ。
女の子は緑色の長髪と青い瞳。そして、とても整った顔立ちをしている。
そしてこの田舎町の浜辺にはそぐわない、きらきらとした衣装を身に纏っていた。
タクヤはその姿にすぐさまピンと来た。
(アキシロ カナエ だ!)
アキシロ カナエとは"HAMABE48"と呼ばれる、巷で大人気のアイドルグループのセンターを務める女の子だ。
タクヤはテレビでその姿を何度か観たことがあった。
(でも、何でこんなところにアキシロ カナエが居るんだろう......?)
タクヤは疑問に思った。
「ちょっとぉぉ、気づいてるんでしょう!早くこっちに来なさいよ!」
アキシロ カナエが怒った様子で、タクヤに向かって叫んでいる。
タクヤは何だか事情がありそうな彼女に好奇心を覚える。
だけど、やっとのこと海に船を浮かべることが出来た現状を捨てるのかと、自分に問う。
タクヤがなかなか行動に移せずに船の上で波に揺られていると、痺れを切らしたアキシロ カナエが穿いていたサンダルを脱ぎ始めた。
そして海に入り、真っすぐタクヤの方に歩いてくる。
(ありゃりゃ。これはアキシロ カナエの方に向かうしかなさそうだな)
タクヤはため息を吐くと、浜辺へと戻っていった。
少年は大航海へ、旅立たない-4- -終-