八十二話 入団試験①
ベイルたちが自警団に加入するにあたって、団員たちを納得させるために彼らと一対一で決闘を行うことになり、ベイルたちは広場の端で準備運動を行っていた。
突然の戦いになれば準備など出来ないが、そこはあくまでも実力を示す試験の場。それぐらいの猶予は与えられる。
決闘用に空けられた広場の向こう側、ベイルたちとは対角の位置で、試験官役を務めるらしいゴルドがこちらを威嚇するように大剣を振り回している。
ベイルたちと、そしてゴルドを交互に見比べながら、ルナはおどおどとした様子で心配そうに口を開く。
「ベ、ベイルくん、ティアさん、大丈夫ですか……?」
恐る恐る、といった様子の問い。
ルナは稀人としての力を買われて自警団に入ることになっているために、彼女自身は決闘を行わない。
彼女の心配の言葉に、ベイルは苦笑し、ティアはむっと青い目を細めた。
「愚問。力を失っている今の私でも、あんな筋肉だるま一人に負けるはずがない」
「そういうことです。俺たちは伊達にそういう世界で戦ってきたわけじゃないですから」
ベイルの言葉に、ルナは儚げに、少しだけ寂しそうに微笑んだ。
その笑みに僅かな引っかかりを覚えながらも、ベイルはすぐに思考を切り替える。
ティア自身が言ったように、仮にも特級神官として過酷な任務に従事してきた彼女のことだ。神技を使えなくても、一対一の対人戦で後れを取るはずがない。
それは、自分にも言えることだ。
問題は、相手がゴルドではないこと。
ゴルドの実力は、先ほどの諍いで一定の予想がついており、自分が相手にしても負けることはない自身がある。
しかし、ベイルが戦う相手はギリアンだ。
彼と直接やり合ったことはないが、その実力は目にしている。
神技を封じた状態でどこまでやれるか、正直なところ未知数だ。
だが――。
(……負けるわけにはいかないよな)
ギリアンが言ったとおり、自分が目立つことでその影にルナを隠すことができる。
何よりも、彼女の前で敗北などという無様をもう二度と晒すわけにはいかない。
「準備はいいか!」
ギリアンの、いつもよりも厳格な雰囲気を纏った声が広場に響く。
ベイルはティアと視線を交わし、頷き合ってから、ティアが広場の中央へと足を向けた。
◆
「へっ、こうして向かい合うとちっちぇえなぁ!」
訓練用に刃が潰された直剣を枝切れのように肩に乗せながら、ゴルドはティアを見下ろして嘲笑った。
実際、筋骨隆々であるゴルドに比べてれば、ティアは華奢な女の子に見える。
自警団の詰め所にある広場。
中央で対峙するティアとゴルドを、団員たちが所狭しと取り囲んでいる。
辺りに漂う熱気が、秋の涼やかな空気を吹き飛ばす。
ゴルドの嘲笑を、ティアはそんな秋の空気のように涼やかに無言で流した。
「ティアさん、頑張って下さいっ」
珍しく、ルナが大きな声を張り上げた。
一瞬、団員たちの視線がルナに集中する。
彼らからの視線を遮るために、ベイルが一歩前に出る。
「ティア、やり過ぎるなよ」
「……頑張る」
ベイルの声に、ティアはこくりと頷いた。
「双方、準備はいいな」
ティアたちの間に入ったギリアンが二人の顔を見て問う。
ゴルドはそれまでの傲慢な態度を一転、全身を硬くして「は、はい!」と返した。
対して、ティアはまたしてもこくりと頷くのみ。
その態度に、ゴルドは顔を顰めた。
「ちっ、なんだ、余裕ぶりやがって。俺も舐められたもんだな」
舌打ち混じりに吐き出すと同時、ギリアンが一歩下がり、決闘の火蓋を切った。
「――始め!」
後方に跳び退りながらのギリアンからの開始の合図。
ゴルドは右手で直剣を握り、刃先を地面に下げている。
対して、ティアは両手で体の正面に構えた。
開始の合図と共に、周囲の雑踏も消える。
静まり返った広場の真ん中で、二人は互いに数瞬の間動かなかった。
青い瞳で、ティアは静かにゴルドを見据える。
その視線に、ゴルドは顔を顰めた。
「気にくわねえな、その顔!」
叫びながら、ゴルドは地面を蹴った。
砂埃を撒き散らしながら、一気にティアの懐へと肉薄する。
二人が交錯するその瞬間、ティアがすっと体を沈め――そしてゴルドに向けて飛び込んだ。
「ぐぁっ、がっ!」
すれ違いざまに震ったティアの一振りがゴルドの顎を捉える。
刃引きされているとはいえ、鉄の塊である直剣が直撃し、ゴルドは悶え声と共に仰向けに地面に頽れた。
辛うじて意識を保っているのは流石と言ったところか。
苦悶に表情を歪めながら、ゴルドはティアを睨み上げる。
そんな彼に向けて、ティアは冷静に直剣を突き出した。
「そこまで!」
鼻先に突きつけられた直剣の威圧にゴルドがごくりと唾を飲み込むと同時に、ギリアンの声が辺りに響いた。
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