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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
三章 勇者の過去と強まる想い

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八十話 自警団の詰め所

 海で遊んだ翌日の昼過ぎ。

 ベイルたちは、前もってギリアンから指定されていたとおり、村の東側に位置する自警団の詰め所を訪れていた。


 復興に勤しむネスト村の村内は、終始屈強な体躯を持った大工たちが駆け回っているが、詰め所は詰め所で別種の体躯を備えた者たちで賑わっている。


 見るからに頑強な肉体の持ち主や、よく引き締まり、俊敏さを損なわない体型の者。

 それぞれの戦い方に合わせた鍛え方をしていることがよくわかる。

 神殿の下級神官たちに勝るとも劣らない精鋭揃いのようだ。


 その中を進むベイルたちは、当然彼らの好奇の眼差しを受ける。

 自警団の面々と比べると細い体つきのベイルに、小柄なティア、そして人目を引く美貌を備えるルナ。

 血気盛んな彼らにとって、それはちょっかいをかけるのには十分すぎた。


「おいてめえら、こんなところに何の用だ」


 服が引き裂けそうなほどに隆起した筋肉を見せつけるようにして、中年の男が三人の進行方向に立ち塞がった。

 即座に、周りの者たちも面白そうに取り囲んでくる。


 ビクッとしたルナを背中に隠しながら、ベイルは一歩前に出た。


「すみません、ここは自警団の詰め所で間違いないですか?」


 相手を宥めるように、柔らかい声音で問う。

 すると、男は「ああ」と胸を張りながら頷いた。


「つまり、ここは子どもの遊び場じゃねえんだ。わかったらさっさと帰りな」


 挑発的な態度で言ってのける男に、背後でティアがむっとしたのがわかった。

 彼女が何か動こうとするよりも先に、矢継ぎ早にベイルが肩をすくめてみせる。


「聞いていないですか? 実は今日から俺たちもこちらでお世話になることになっているんですが」


 ギリアンから呼び出されたため、すでにこのことは団内で行き渡っているものと思っていた。

 ベイルの予想に反して、男と周りを取り囲む団員たちは一瞬虚を突かれたように唖然とすると、すぐに大笑した。


「てめえらなんかが自警団の入れるわけねえだろ? 第一、入団試験はどうした」

「入団試験?」

「うちは使えねえ奴が入らねえように、入団に一定の基準を設けてるんだよ。んだよ、そんなことも知らねえのか」


 男は苛立たしげに舌打ちを零す。

 とはいえ、ベイルたちはそんな話は一切聞いていない。


 この村に入居する条件として、ルナは稀人としての力を、ベイルとティアはその腕っ節で村に貢献することが決まっていた。

 そして今日は、ギリアンに仕事を与えなければなということで自警団の詰め所にまで呼び出されている。


 何か手違いでもあったのだろうか。

 ベイルは少し悩む素振りを見せてから、男に向き直る。


「ギリアン、さんを呼んでいただけませんか? 彼なら俺たちのことを知っているので」

「ああ? ギリアン様を呼べだぁ? はっ、笑わせるのも大概にしやがれ。ギリアン様は忙しい方なんだ。てめえらなんか知るわけがねえだろうが」


 そこで男は初めて本気の敵意をベイルたちに向けてきた。

 空気がピリついたことを、ベイルもティアもすぐに感じ取る。


(……まったく、勇者というのは難儀なものだ)


 彼の勇者としての名声が彼らの逆鱗に触れてしまったらしい。

 これは出直した方がいいだろうか。


 一瞬そう思うベイルだったが、男はそれを許してくれないようだ。


 男は大きく息を吐き出すと、挑発的に口角を上げた。


「おい、てめえら自警団に入ったんだよなぁ?」

「……ええ」


 男は明らかに信じていない、小馬鹿にした態度で訊いてくる。

 経験上、この先に何が起きるのか大体予想はできる。


 一瞬躊躇ってから、ベイルは諦めを含んだ頷きを返した。


「だったらよぉ! いっちょ俺が試してやるよ!」


 叫びながら、その巨躯からは想像も出来ない俊敏さで背に背負う大剣を抜き放つ。

 無骨ながらも磨き上げられたその刀身を右手だけで握り、剣先をベイルの眼前に突きつける。


「ベイルくんっ」


 それまで黙していたルナが悲鳴に近い声を上げる。

 その声で、意識が切り替わるのが自分でもわかった。


 適当にいなしてギリアンが来るまで待とうという寸前までの考えが消え、目の前の男を倒そうと。


 全身に力を込め、相手の死角で拳をギュッと構える。

 奇襲のような形になってしまうが、相手は武器を持っていない自分に対してすでに大剣を抜き放っている。

 同情はなしだ。


「へっ、びびっちまったか?」


 ベイルが何も言葉を発さないのを見て、男が嘲笑する。

 対してベイルはその筋道を脳内で描いていた。


 突き出された大剣の脇を縫ってがら空きの胴へ拳を放つ。

 倒れ伏す男の姿を脳裏で幻視したベイルは、それを実際に行動に移そうとして――。


「やめておくといい、ゴルド。君では彼に勝つことはできない」

「っ、ギリアン様」


 どこからともなく現れたギリアンの闖入に、ベイルは慌てて拳を緩める。

 そんなベイルの様子を見て、ギリアンはいつものような不敵な笑みでゴルドに笑いかけた。


「命拾いしたな、ゴルド」

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