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八話 それはたぶん、照れ隠し。

「あ、それを一つ……」


 商店街に来た二人は、当初の予定通り無くなりかけていた香辛料や調味料などを買い揃えている。

 それほど大きな買い物をする予定はなかったのだが、行く先々でサービスをしてくれるものだからベイルが持つ荷物は大きくなっていた。


 今胡椒を買っている店の店主も、小瓶を一つ注文しただけなのに二つつけてくれた。

 もちろん有難いことではあるが、本当にいいのだろうかという疑問は尽きない。


「皆さんいい方ばかりですね」

「そうですね。少し恐縮してしまいます」


 ルナの言葉に、ベイルは頷き返す。

 歩きながら「ぼくしさまー、せいじょさまー」と声をかけてきた子供に手を振り返した。


「ひとまずこれで今日買いたかったものは全て揃いました。お昼の準備もありますし、帰りましょうか」

「はいっ。……ベイルくん、その、半分持ちますよ?」


 両手に茶色の紙袋を抱えるベイルに、ルナは心配そうに声をかける。

 荷物を持つという提案は先ほどから再三しているのだが、ベイルが一向に譲らないのだ。


 今回もベイルは笑い返すと、「大丈夫ですよ」と荷物を持ち上げて見せる。

 そんなベイルに、ルナは不服そうに頬を膨らませた。


 ノーティス村の商店街では、食品や雑貨品、衣服などが売られている場所はある程度固まっている。

 先ほどまでは食品が売られている場所にいたが、丁度今は衣服などが売られるエリアに入った。

 道端から声をかけてくる人たちに会釈をしたり手を振り返したりして応じていると、ベイルが店頭に売られているあるものを視界に捉えてその場に止まった。


「ベイルくん?」


 帰ろうという話をしたばかりなのに立ち止まったベイルに、ルナは振り返りながら首を傾げた。

 ベイルは荷物をなんとか片腕で抱えると、空いた右手で目の前の出店を指さした。


「そういえば、聖女様のためのエプロンをまだ買っていなかったなと。折角の機会ですし見ていきませんか?」

「エプロンを、ですか?」


 ベイルの言葉を反芻しながら、指でさされた方を見る。

 店頭に並べられているのは、赤、青、黄、黒、白など色とりどりで装飾も多彩なエプロンの数々だ。

 ルナはそれらを見て目を輝かせてからちらりとベイルを見る。


「私は嬉しいですが、本当にいいのですか? 早く帰らなくても」

「別にエプロンを見るぐらい大丈夫ですよ。それに、聖女様が喜ぶのならいいに決まっています」

「……っ」


 ベイルの言葉にルナは顔を真っ赤に染める。

 そんな彼女よりも先に、ベイルは足を踏み出して出店の方へと向かい、ルナも慌てて追従する。


「お、いらっしゃい、牧師様、聖女様も」


 店の番をしていた恰幅のいいおばさんがベイルたちの姿を認めて声をかけてくる。

 ベイルは「どうも」と会釈をすると、エプロンを見つめる。


「この間買ったエプロン、もうダメにしたのかい?」


 悩まし気な表情でエプロンを眺めるベイルに、店員は話しかける。

 彼が今使っている紺色のエプロンは、実はここで買ったものだ。

 それを買ったのがつい一月か二月前だっただろうか。


 不思議そうに聞かれて、ベイルは「いえ」と否定する。


「今日は俺じゃなくて、聖女様のエプロンを見ようと思いまして。この間聖女様が料理をされたんですが、その時エプロンが俺の分しかなくて困ったんですよ」

「へぇ、聖女様が……」


 話題が自分に向いて恥ずかしそうに俯くルナを、店員は見つめる。

 そしてすぐに微笑ましそうに、そして何かを見透かしたような笑みを浮かべるとベイルに言い放つ。


「そういうことなら好きに見るといいさね。あたしもアドバイスぐらいはさせてもらうよ」

「い、いえ、アドバイスなんてそんな大袈裟なものは」


 慌ててルナがそう言うと、店員はちょいちょいと手で呼び寄せる。

 困惑しながら、ルナは店員に歩み寄り、そして耳を近づける。


「可愛いエプロンを付けた女の子には、男なんていちころさね」

「――――」


 小声でそう言われて、ルナは身を固くする。

 そしてベイルに一瞬視線を送ると、すぐに店員に向き直る。


「ほ、本当ですか……?」


 その返しは予想していなかったのか、今度は店員が驚いたように固まると、すぐに頬を赤くする。


「本当、本当よ。うちの旦那もあたしがエプロンを着て料理する姿に惚れてプロポーズしてきたって言ってたからねぇ」

「! ベ、ベイルくん! アドバイスしていただきましょう!」

「え、はい。まあ聖女様のエプロンですからね。ご自由に選んでください」


 突然意見を変えたルナに戸惑いながら、ベイルはそう返す。

 返事を受けて、ルナはエプロンに視線を移す。


 店員のアドバイスに何度も頷くルナを、ベイルは横から微笑ましそうに見つめている。

 この村に来てよかったと、心底思った。


「ベイルくん。これとこれ、どちらがいいと思いますか?」


 突然ルナに声を掛けられる。

 ルナが右手に持っているのはフリルが多くあしらえてある桃色のエプロン。左手に持っているのはそれと反していたってシンプルなデザインの白と黒の入り混じったエプロンだ。


 両方を見比べて、そしてその二つのエプロンの真ん中に立つルナに重ねて、「そうですね」と考え込む。


 桃色のエプロンはいたって女の子らしく、可愛らしいが、ルナに似合っているかと問われると疑問が残る。

 実際彼女ならば何を着ても似合うのだろうが、どうしてもベイルが抱いている彼女への印象からは離れてしまう。


 少しの間をおいて、ベイルは白と黒のエプロンを指差した。


「こちら、ですかね。……あ、あくまで俺のイメージ的にはなので、聖女様は自分が気に入った方を選んでください」

「いえっ、ベイルくんがこちらを選んだのなら私もこれがいいです! ……これで、お願いします」

「あいよ」


 終始表情を緩ませながら店員は渡されたエプロンを受け取る。

 それから、ルナが懐に手を入れてお金を取り出そうとして、先にベイルが店員にエプロン代を渡した。


「ベイルくん、これは私のものなので私が……」

「いえ、これは俺からのプレゼントですよ。今日買い物に付き合ってくださいましたし、そのお礼です」

「付き合ったって、私何もしていないじゃないですかぁ……」


 ベイルの優しさに嬉しそうに表情を弛緩させながら、しかし納得いかないといった様子で膨れる。

 二人のやり取りに店員は苦笑した。


「はい、どうぞ。聖女様、頑張るんだよ」

「……っ」


 顔を真っ赤にして、ルナは袋に入れられたエプロンを受け取る。

 軽く会釈をして、店を離れた。


◆◆


「ベイルくん、ありがとうございます」


 商店街を出て、村のはずれにある教会へ戻りながらルナはベイルに頭を下げた。

 その胸では先ほど買ったエプロンが大切そうにギュッと抱えられている。


 横を歩くルナに視線を向けると、ベイルは微笑んだ。


「喜んでいただけたみたいで俺も嬉しいです。今日のお礼にと言っておいてあれなんですが、また俺に料理を作ってください。聖女様の作る料理、楽しみなので」

「はい! もちろんですっ」


 満面の笑みを咲かせてルナは頷いた。

 と、ベイルは真剣な表情でルナを見つめる。


「それよりも、体調の方は大丈夫ですか? 少し顔色が優れないような気がしますが」

「だ、大丈夫です!」


 むんっと胸を張るルナを、ベイルは疑わし気に見つめる。


 ――その時


「きゃっ!?」

「聖女様!?」


 突然ルナがその場でふらつき、ベイルは慌てて彼女の背に手を回して支える。

 同時に、自分の胸の中におさまったルナに抗議の眼差しを向ける。


「ほら、やっぱり無理していたんじゃないですか」

「す、すみません……」


 近くで見ると、ルナが汗を多くかいているのがわかる。


 巡回の時は家に立ち寄った際にある程度休憩を挟めるが、今日はずっと外で歩きっぱなしだった。

 短時間とはいえ負担になっていたのだろう。


 ベイルはため息を吐くとその場にかがみ、ルナに背中を差し出す。


「乗ってください」

「で、でも、私汗をかいて……」

「俺は気にしません。それよりも聖女様の体の方が大事です」

「だから、私が気にするんですよぅ。それにそれに、重たいですしっ」

「聖女様一人背負うぐらいなんてことないですよ。俺がそんなやわな人間じゃないことは、聖女様も知っているでしょう?」

「それはそうですが……」


 ルナはなおも躊躇ってから、しかしおずおずとベイルの背に乗っかかる。

 頭痛がはしり、ルナは僅かに顔を顰めた。


「いきますよ。しっかり掴まっていてください」


 言われて、ルナはベイルの体の前に回した両手に力を入れる。

 それを確認して、ベイルは立ち上がった。


「……重たくありませんか?」


 不安そうに、ルナは耳元で囁く。


「大丈夫ですよ。むしろ腕に抱きかかえている荷物の方が重たいぐらいです」

「それは言い過ぎですよ」


 明らかなベイルの冗談に、ルナは苦笑する。

 そうして、すぐ近くにあるベイルの首筋をボーッと眺める。


「ともかく、これに懲りたら体調が悪くなったらすぐに言ってくださいよ。あまり無理をしないでください。俺に気を遣う必要はないですから」

「……ごめんなさい」


 背中の上で頭を下げる。


 別に無理をしていたわけではない。

 ただ、エプロンを買ってもらったことが嬉しくて体調の悪さを自覚していなかっただけだ。


 黙って教会へ足を進めるベイル。

 ルナは頬を紅潮させると、彼の背に顔を押し当てて笑みを浮かべる。


「でも、こうしてベイルくんにおんぶをしてもらえるなら少しぐらい無理をしてもいいかもしれませんね」


 そう呟き、それからすぐにルナはふふっと微笑む。


「冗談ですよ?」

「……冗談でもやめてくださいよ」


 ルナの冗談に、ベイルはため息を吐きながら肩を竦めた。

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