七十五話 新居
話し合いを終えて戻ってきたネスト村の村長ノグドは、「丁度まだ入居者が決まっていない一軒家がある」と告げ、そこを使って構わないと言ってくれた。
入居者が決まっていないのが嘘か本当かはわからないが、ベイルたちにとってはありがたい話だ。
無論、それはネスト村にとっても同じことなのだろうなということは忘れない。
彼らはルナの癒やしの力を求めて彼女を引き留めようとしているのだ。
そのことに若干の心苦しさを抱きながら、ベイルたちはその家まで案内してくれるというノグドの後ろをついて行く。
村の中心に向かい、少しして、二階建ての一軒家の前でノグドは足を止めた。
「ここだ。三人でも十分な広さだと思うが」
「いえ、十分です。というより、本当にいいんですか? こんなにも素敵な家を」
二階建ての家を見上げながら、ベイルは思わずそう訊いていた。
するとノグドはどこか気まずそうな笑みを浮かべた。
「見ての通り、この村は復興中でな。最近は幾分か落ち着いてきたとはいえ、いまだ人の出入りは激しい。その分怪我人も多く、医者の数も足りていないのが現状だ。そんな中、そちらのお嬢さんの異能は必要なのだ。だからこそ、彼女が留まる場所の立地にもこだわった」
「なるほど……」
村の中央という最高の立地の家を貸し与えてきたのは、ルナの力を必要とした怪我人を速やかに彼女の下に送り届けるため。
全ては打算だと、ノグドは少しだけ申し訳なさそうに告げる。
ベイルはそんな彼の様子を見て、信頼できるなと、一人思っていた。
もし神殿のようにルナの力を利用できるだけ利用しようと思っているような相手であれば、即座にでもこの村を出て行く考えがあった。
だが、ノグドはそういった連中とは違うらしい。
そのことに安堵し、ここまでの案内をしてくれたノグドに二重の意味での感謝を表した。
何かわからないことがあれば、声をかけてくれとだけ言い残して立ち去っていくノグドを見送ってから、ベイルたちは一軒家の中へと足を踏み入れた。
「ほう、中々いいじゃないか」
開口一番、なぜかこの家では暮らさないギリアンがそう声を上げた。
その声に、ルナたちも同調する。
「そう、ですね。綺麗ですし、新築だからかなんだか森の匂いがします」
「家具も結構あるんだ。……少し手狭な感じはするけど、いい感じ」
「神殿と比べるな、神殿と」
ティアの少し一般常識と外れた感想に突っ込みながら、ベイルも中を見渡した。
聞いた話によると二階に三部屋、一階にリビングやダイニング、キッチン、そして部屋が一つあるのだそうだ。
それらを一つずつ見て回る。
ティアが最初に言ったとおり、家具はあらかた揃えられている。
ベイルたち四人は一通り家の中を見終えると、誰からともなくダイニングのテーブルに腰を落ち着かせた。
普段ならばここでベイルがお茶でも出すのだが、当然のことながらそんなものは用意されていない。
我が物顔で踏ん反り返っているギリアンに、ベイルはふと湧き出た疑問を投げかけた。
「あんたはこれからどうするんだ?」
ベイルたちを故郷であるこのネスト村まで案内するということでこの旅に同伴していたギリアンだが、この後彼らがどうするのかまでは聞いていない。
今回のことはベイルたちにとって大きな借りとなる。
このまま彼に対して何もせずに別れる、というのは些か礼節に欠ける気がする。
とはいえ。ギリアンに対して問いを投げながらも、ベイルは彼がこの後どうするのかなんとなく予想はついていた。
人の少ない辺境の地であるノーティス村の南部の山脈の調査をするよりも、他の人が多く集まる場所の調査をした方がいいに決まっている――とまで言っていた彼のことだ。
恐らく、すぐにでも村を発ち、勇者としての役割を果たす旅に戻るのだろう。
しかし、ギリアンからの返答はそんなベイルの予想とは反していた。
「そういえば、言っていなかったな。僕たちも暫くここに留まることにする」
「……意外だな。あんたのことだからすぐにでも魔獣討伐に向かうのかと思っていた」
「その認識は間違っていないとも。何も、僕だって久しぶりの故郷だからただのんびりしたい、という理由でここに留まるのではない。近頃、この辺りで魔獣の目撃情報があったらしくてね。その調査や討伐のために残るんだ」
ギリアンはそこで一度言葉を区切ると、テーブルの上に置いた両手に力を込めて、その拳を見下ろしながらポツリと呟いた。
「それに、もうすぐ――」
何かを言いかけて、ギリアンはハッとした表情を浮かべると自嘲の色を含んだ笑みを零した。
その様子に、ベイルは眉根を寄せる。
「どうした?」
「いいや、なんでもない。とにかくそういうわけだ。今日の所はゆっくりするといい。旅の疲れを癒やすもよし、村の中を見て回るもよし。僕hら少し村長の所へ行ってくる。何か用があれば、僕の家がどこにあるかその辺りを歩いている者に問うといい。答えてくれるだろう」
そう言い残すとギリアンは立ち上がり、三人に背を向けた。
立ち去っていくギリアンの背中は、なぜだか少し寂しげに見えた。
◆ ◆
「さて、と。日用品の買い出しや近隣の方への挨拶回りは明日にするとして、ひとまず部屋を決めましょうか」
暫くの間ダイニングで落ち着いてから、ベイルは二人に切り出した。
ルナとティアは、ベイルの提案にそれぞれ頷いた。
この家は、二階に三つの部屋を有している。
そのうち二部屋が隣接し、残る一部屋は廊下を挟んで向かい側にある。
そのため、その一部屋だけは他の二部屋と比べて二倍近く広い。
ベイルとしてはどの部屋でも構わないので、先に二人に決めて貰おうと口を開こうとしたその時、ルナが一瞬だけ早く小首を傾げていた。
「ベイルくんはどこがいいですか?」
「俺は別にどこでもいいですよ。聖女様たちから決めて下さい」
「そ、そう言われても……」
ベイルの好意に、やや困った様子でルナは眉根を下げた。
見ると、ティアも同じようにしていたが、何かを思いついたように勢いよく身を乗り出してきた。
「じゃあ、ベイル。私の隣の部屋にしよ」
「ん? まあ、聖女様が構わないなら俺は別にどこでもいいが……」
突然のティアの提案に、ベイルはチラとルナの様子を窺う。
もしルナが狭い部屋の方がいいというのであれば、ティアには悪いが彼女に譲る。
とはいえ、ルナが狭いところの方が好きだという話はこれまで聞いたことはないし、普通に考えると住むならば広い部屋の方がいいに決まっている。
そういう意味で、ティアの提案はどちらにとっても得なものだ。
だが、ルナは何故かむぅと頬を膨らませると、抗議の眼差しをティアに向けた後、勢いよく首を横に振った。
「ひ、広いお部屋はティアさんが使われるといいと思いますっ」
「聖女様はこれから殆ど毎日治療のために力を使って疲れるはず。広い部屋で休んだ方が絶対にいいと思う」
「広いお部屋だと、逆に移動で疲れてしまいますっ。ティアさんこそ、トレーニングを出来るぐらいの広さがあるお部屋の方がいいと思いませんか?」
「私は基本的に室内でトレーニングはしない。自室なら、なおのこと。だから、広くある必要はない」
互いに烈火のごとく広い部屋を押しつけ合う応酬が続く。
一連のやり取りを傍から眺めていたベイルは、やがて苦笑いしながら二人に声を掛けた。
「二人とも、広い部屋が苦手だなんて知りませんでした。俺は別に広くても狭くても関係ないので、隣り合う二部屋は二人でそれぞれ使って下さい」
互いの意見を尊重して、ベストな結論を出す。
これで場は丸く収まる。
そう確信するベイルに、ティアとルナはジト目で睨んだ。
「どうしてそうなるの」
「ベイルくんの、バカっ」
「……え?」




