七十四話 交渉
山を下り、ネスト村に足を踏み入れる。
事前にギリアンから聞いていたとおり、復興が進んでいるらしいネスト村は人の出入りが激しく、外部から来た人間を一々注目するようなことはない。
すぐ脇を丸太を担いだ数人の大工が駆け抜けていくのを尻目に、ベイルはギリアンに話しかける。
「それで、これからどうするつもりなんだ」
「ひとまず、村長のところへ行く。彼は数年前に起きた盗賊団襲撃の生き残りでね。僕とは旧知の仲だ。話せば住居ぐらい用意してくれるだろう」
「そうか」
ギリアンが時折口にする盗賊団による襲撃。
その事件の詳細を、尋ねることはしない。
ギリアンのことだ。恐らく、聞けば飄々と答えてくれるだろう。
何も気にしていないといった様子で。
そんなはずがないだろうに。
「聖女様……?」
隣を歩くルナに視線を向ければ、彼女は周囲を見て何やらオロオロとしている。
訝しみながら彼女の視線の先を辿って、ベイルは納得の笑みを零した。
ノーティス村では、どんな怪我もルナの力によって瞬時に治っていた。
しかし、このネスト村にはルナのような力を持った稀人はいないらしい。
行き交う人々の多くが体のどこかに傷をつけ、包帯を巻いている。
その大半が屈強な肉体を持った男たちなので、恐らくは復興作業に勤しむ中で生じた怪我なのだろう。
それを見て、ルナはうずうずとしている。
優しい彼女のことだ、きっと早く自分の力で治したくて仕方がないのだろう。
ベイルの声かけに全く気付いていない様子のルナに、さらに苦笑を深めながら少し身を屈めて先ほどよりもハッキリと話しかける。
「ここでの生活が落ち着いたら、診療所のようなものを始めてみてもいいかもしれませんね」
「は、はいっ」
満面の笑みを咲かせて頷くルナ。
心底嬉しそうにしている彼女を見つめていると、くいくいと服の袖を掴まれた。
「どうかしたか?」
視線をルナとは逆側に向けると、ティアが何やら前方を指差していた。
「あれ。凄い人だかり」
「本当だな。一体なんだ……?」
道路の端にできている人だかりに注視していると、前方を歩いていたギリアンが首だけをこちらに振り向けてきた。
「君たちは少しここで待っていてくれ。先に話を済ませてこよう」
「話? ああ……」
先ほどのギリアンとの会話を思い出して、ベイルは言われたとおりにその場で足を止める。
ギリアンとその仲間たちは人だかりの中へと足を向けた。
遠目から見ても、ギリアンの存在に気付いた人たちがわっと歓喜の声を上げたのがわかる。
村出身の稀人。それも勇者と呼ばれるギリアンは、この村の人間にとって英雄そのものなのだろう。
笑顔を浮かべて近付いてくる人たちを、いつもの落ち着いた表情で応対するギリアンを見ながら、ベイルは以前の会話を思い出していた。
ノーティス村を出立する前日に行われた送別会。
一人だけ教会の中にいたギリアンに話しかけた時、彼はこんなことを言った。
『――僕は仲間以外に親しい人間は作らないことにしている。情が生まれると、いざというときの判断を誤ってしまう』
その時の彼の表情は、時折見せる勇者然としたもので。悲嘆に満ちていた。
一度だけでなく、何度もその過ちを繰り返してきたような。
村人たちとの交流をしているギリアンだったが、その人だかりの奥から杖をつきながら腰をくの字に曲げた老人が現れた。
老人を見た瞬間、ギリアンの表情が僅かに緩んだように見える。
ギリアンはその老人と二言、三言言葉を交わした後、不意にこちらに視線を向けてきた。
それからくいっと顎を引いて見せた。
その仕草の意図するところを察し、ベイルたちは彼の下へ近付いていく。
「ほう、彼らが?」
長い白ひげを触りながら、同じく白い眉毛に隠れた目でこちらを値踏みするように呟く老人。
困惑するベイルに、ギリアンは老人を指し示した。
「この人は、ネスト村の村長、ノグド・メルセデスさんだ」
「――!?」
「なんだ」
「い、いや……」
老人の紹介を聞いて瞠目したベイルの反応を、ギリアンは訝しむ。
ギリアンが誰かをさん付けで呼んだことに驚いた、などとは口が裂けても言えず、ベイルは視線を逸らした。
少しの間半眼で睨んでいたギリアンだったが、思い出したようにノグドへ向き直る。
「それで、どうだろう。頼まれてはくれないだろうか」
「ふむぅ。他ならぬ君の頼みだ、私も叶えてやりたいのは山々なのだが……」
ノグドは悩ましげな声を漏らす。
離れたところにいたため話を聞いていなかったベイルだが、どうやら自分たちがネスト村に移住するに辺り、ギリアンが何か哄笑してくれているのだろう。
「村長の立場は無論わかっているとも。だが、彼らを受け入れることでこの村に大きな恩恵がもたらされるのであれば問題はないだろう?」
「うむ。だが、皆が納得できねば――」
「それならば問題はない」
ギリアンは自信満々の表情でノグドの言葉を遮ると、ルナへ近付く。
反射的に身構えるベイルをよそに、ギリアンはルナを指し示す。
「彼女は、あらゆる傷を立ち所に癒やすという異能を有した希人だ。現に、以前に住んでいた村ではその力で村民の傷を癒やしていたそうだ」
「! ほ、本当かねっ!」
それまで困り顔だったノグドが、いきなり期待に満ちた声音と共に身を乗り出してきた。
見ると、周囲で様子を窺っていた村民たちもざわついている。
ノグドの反応に戸惑いながら、当のルナは躊躇いがちにこくりと頷き返した。
何やら考え出したノグドに畳みかけるように、ギリアンは続ける。
「さらに、この二人はこう見えて中々強い。もしもの時に使えるはずだ」
「ほう……?」
ピクリと眉を上げて、ベイルをティアに値踏みするような視線を向けるノグド。
ややあって、「少し待ってくれ」と言い残し、周りに居た村民の何人かを引き連れて奥へと下がっていった。
その背中を見届けながら、ベイルはギリアンに声を掛ける。
「どういうことだ」
「何、復興中の村に無駄飯ぐらいを置く余裕はないだろう? ならば、君たちをこの村に招き入れることのメリットを提示するに限る。幸いにして君たちにはそれだけの力があるのだから。それとも、何か問題でもあったかな?」
「……いいや」
ギリアンの言葉に、ベイルはゆっくりと首を横に振った。
彼の言葉はもっともだし、何よりルナは元々村民たちの治療をするつもりでもあったのだ。
彼女だけに負担を強いて自分たちが何もしないというのも気が引ける。
自分たちでも役に立てることがあるのなら、それに越したことはない。
「聖女様も、大丈夫ですか?」
念のため、ルナに問いかける。
果たしてルナは胸の前でぐっと手を握って力強く頷いた。
「もちろんです!」




