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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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七十一話 送別会

 村長に村を出て行くことを伝えてから一日の間に、その話は瞬く間に村中に広まった。

 そして二日後の今日。村長主催でベイルとルナの送別会が開かれた。


 教会の中庭の真ん中に長机が並べられ、その上に辺境の村にしては豪勢の部類に入る食事が並べられている。

 昼間は子どもたちの遊び場となる、決して狭くない中庭が、しかし今は人で溢れかえっていた。


 アルマを初めとした村の子どもたちがルナとの別れを惜しんで彼女の周囲に集まっているのを、ベイルは少し離れたところから微笑ましげに眺めていた。

 そうしているベイルの下に、ヒースが駆け寄ってくる。


「なぁ、ベイル。本当に行っちゃうのか?」


 強気でやんちゃないつもの彼はどこへいったのか。

 俯きがちに、僅かに震える声で問うてくる。


「なんだ、寂しいのか?」


 ベイルはニカッと笑みを浮かべると、からかうように言った。

 するとヒースはむっとすると、「別に寂しくなんかねーし」と顔を背ける。


 だが、すぐに唇を尖らせながら小さな声で言った。


「見とけよ、ベイル。今度会うときまでには絶対に一本取れるようになってやるからなっ」

「――――」


 いまだにベイルから一本も取れていないヒースにとって、その一本を取ることが当面の目標であった。

 それを、次に会うときにこそ果たしてみせると言った。


 ……次に会うとき。


 その言葉に、ベイルは微笑して、ヒースの頭に手を伸ばす。


「お前が強くなった分以上に俺も強くなってるよ」

「なんだとぉ!」


 頭をガシガシと掻き乱されながら、どこか嬉しそうにもがくヒース。

 楽しげにはしゃぎ合っているうちに、いつの間にかルナが近付いていた。


 と、そこに、チャドとシェリーが現れる。


「やあ、ベイル」

「チャドさん、シェリーさんも。あれ、今日ってお休みでしたっけ」

「休みにしてもらったんだよ。ベイルたちの送別会だ、出席しないわけにはいかないだろ」

「チャドさん……」


 口にして少し恥ずかしくなったのか、チャドが捲し立てるようにベイルの肩に腕を回す。


「たくっ、それにしても急すぎるんじゃないのか? 折角教会もベイルたちのために建て替えたのに」

「すみません、色々とあって……」

「……ま、二人が喧嘩して別々に――ってことじゃないのならいいんだけどね。ただ、寂しくなるなぁ」

「そう、ですね」


 チャドの率直な感慨にベイルも同意する。


 この村で過ごす中でベイルが最も親しくなったのが、チャドだろう。

 教会の隣に暮らすということでよく顔を合わせ、年も近いからか打ち解けるのも早かった。


 ルナにとってはシェリーがそうなのか、二人も同じような話をしている。

 シェリーはルナの耳元に顔を寄せると、ベイルたちには聞こえない声量で呟く。


「次にお会いする際には、牧師様との関係の進展についてお聞かせいただけるのを楽しみにしていますね」

「~~~~~っ、……は、はい」


 顔を真っ赤にしてこくりと頷いたルナの様子を見て、ベイルは訝しげに首を傾げる。


「聖女様? どうかしましたか」

「な、なんでもないですぅ!」


 ◆ ◆


 昼過ぎに始まった送別会は、気付けば夜になっていた。


 呑んで騒いでの喧噪の中を抜け出して、ベイルはこっそりと教会の中へと戻った。

 すると、窓からボーッと夜空を眺めているギリアンの姿が視界に入る。


「ギリアン、見ないと思っていたらそんなところにいたのか」

「……宴の主役がこんなところにいていいのか?」


 声を掛けられたギリアンは気だるげに視線をベイルへ向けた。

 ベイルは肩を竦めると、中庭の方を顎で示す。


「少し疲れたから休憩に来ただけだ。それに向こうには聖女様もいる」


 適当なイスに腰を下ろす。

 ギリアンはベイルから視線を切ると、再び窓の外を向いた。


「あんたは来ないのか?」

「僕は仲間以外に親しい人間は作らないことにしている。情が生まれると、いざというときの判断を誤ってしまう。……この間みたいにね。だから僕は、そういった存在はなるべくなら持ちたくない」

「それはもしかして、俺に忠告してくれているのか」

「いや。ただの自戒だとも。ところで、本当に明日の朝に出立していいのかな?」


 こちらを向いて、ギリアンが問う。


 ギリアンの故郷に向かうことを決めた日、ベイルたちは勇者一向に同行し、その場所まで送ってもらうことにした。

 単純に詳しい場所を知るのが彼だと言うことと、そして何より、流石の教皇国も共和国の最大戦力の一つである勇者一行には容易に近づけまいという判断だ。


 ギリアンたちは日々国から与えられる任務をこなしている。

 ゆえに、何の目的もなくこのノーティス村に留まり続けることはできない。

 それらの事情を鑑みて、出立の期日を明日の早朝としたのだ。


 ギリアンの問いに、ベイルは頷き返す。

「ああ。……もしかして、気にしてくれているのか? 俺たちのこと」


 ベイルがそう訊くと、ギリアンはふんっと鼻で笑い、頬杖をついて心底つまらなさそうに吐き捨てた。


「あんなものを見せられれば、少しは気になるというものだ。とはいえ、君たちが決めたことに今更僕がとやかく言うつもりはないし、ここで今更考えを変えるようならば、やはり僕は君たちを拘束していたさ。……せいぜい残りの時間を大切にすることだ」


 そう言い残して、ギリアンは教会の奥へと下がっていく。

 ベイルは小さく溜め息を零すと、一人、この村に来てからの生活を振り返っていた。

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