七十話 行く当て
ベッドに座るルナを囲うように、ティア、ベイル、ギリアンの三人はそれぞれ用意した椅子に腰を下ろした。
全員の注目が自分に集まったことを確認してから、ギリアンが口を開く。
「話は他でもない、君たちの今後のことについてだ。もっとも、彼から大まかな話は聞いているだろうが――」
「あ、いや」
「? どうした」
ギリアンの言葉に、ベイルが気まずげにおずおずと手を上げる。
「実は、あのことはまだ話せていない。ティアと聖女様が一緒に居るときに話そうと思って、機を逸していた」
「あのこと、ですか?」
ルナが不思議そうに首を傾げる。
一方、前もってそのことを聞いていたティアは落ち着いている。
なら、今話すといいとでも言いたげに、ギリアンは椅子の背に体を預ける。
ティアとルナを交互にちらと見て、ベイルは少し躊躇ってから口を開いた。
「近いうちに、この村を出ようと思っています」
「――――」
ベイルの言葉に、ルナは僅かに目を見開く。
しかし、すぐに平静を取り戻し、詳しい説明を促す。
ベイルは多少の心苦しさを抱きながら続けた。
「ティアを含めて、七天神官を一度に二人失うこととなった神殿は、必ずこの場所を突き止めます。突き止めるのに十分すぎる情報を、恐らくは握られてしまいました。ですから、その前に別の場所へ移住しようと。……折角村の方たちと親しくなれたのに、聖女様には辛い思いをさせてしまいますが」
心底申し訳なさそうに話すベイルに、ルナは微笑む。
「仕方がありませんよ。こうなることは、この村で暮らすことを決めてから覚悟していたことですから。……わかりました。そういうことでしたら準備をしないとですねっ」
ルナは努めて元気にそう言うと、むんっと腕を捲る仕草をしてみせた。
その姿にベイルがほっとしていると、不意にティアが声を発した。
「ベイル、行く当てはあるの?」
「ああ、決めてある。勿論、二人の意見も聞くが――」
「そのことについては、僕の方から話そう」
それまで黙して話を聞いていたギリアンが割って入る。
三人は彼の言葉に耳を傾けた。
◆ ◆
「ところで、君たちのことだが――」
ティアの扱いに関する話を終えたギリアンが、そう切り出してきた。
ベイルはやはりその話になるかと小さく頷いた。
「わかっている。……この期に及んで、この村に留まり続けるつもりはない。今まではなんとかやってこれたが、流石にこの辺りが限界だろう。聖女様には申し訳ないが」
「わかっているのならいい。まさか。これだけのことがあった上でまだこの村に留まるというのなら、君たちをこの場で拘束して国に突き出すつもりだったよ」
さらっと恐ろしいことを言ってのけるギリアンに、しかしベイルは黙る。
何の反応も示さないベイルにギリアンはやれやれと溜め息を零しながら「それで?」と視線を送る。
「行く当てはあるのか? 今更言うまでもないだろうと思うが、共和国外へ簡単に行けるとは思わない方がいい。国境沿いにはすでに教皇国の手の者がうじゃうじゃいる」
「……ああ」
恐らくそうだろうなとは、ベイルも思っていた。
ベイルたちの脱走以来、教皇国や帝国は各国の国境にスパイを送り込んでいる。
万が一にも無防備に国境を越えようものならば、即座にベイルたちの場所は察知されるだろう。
「暫くは共和国中を旅しようと思っている。かつてと同じように」
「そうか。確かに、それが妥当だろう。……ところで、これは一つの提案ではあるが、君たちにお勧めの場所がある」
「っ、本当か?」
思わず、ベイルは立ち上がっていた。
当てもなく彷徨う旅は、想像以上に体力を消耗する。
何より、自分たちを受け入れてくれる場所があるかという問題もある。
ある程度の候補地を知っておけるだけでも、気分的にはだいぶ楽になる。
神殿からこのノーティス村に来るまでの間の長い旅を振り返ると、ルナに同じ思いをあまりして欲しくはない。
立ち上がったベイルに視線を合わせながらギリアンは言う。
「――僕の故郷だ」
◆ ◆
「ギリアンさんの故郷、ですか?」
話を聞いたルナが戸惑い気味に反芻する。
「そうだ。僕の故郷はここからかなり離れて入るが、この村と同じく辺境の地でね。数年前に近くの山に根城を築いていた盗賊団に襲撃され、壊滅したが、今は復興が進んでいるようだ。そのためか人の出入りも激しく、君たちのような者もすぐに馴染めるだろう」
「そんなところが……」
理想的な場所だなと思う一方で、ギリアンの故郷が盗賊団に壊滅させられたという衝撃の事実に言葉を失う。
そんなルナの心情に全く気付かないギリアンは、「彼は君たちの返事を待ってから決めると言っていてね。どうする?」と、二人に問いかけた。
ティアは表情を変えずに「別に。ベイルがいいならそれでいい」と答える。
一方でルナもその言葉に同意を示す。
「私も、ベイルくんと一緒ならどこへでもかまいません。行く当てもないことですし、折角のお話ですから」
ティアとルナの返事を受けて、ベイルは意を決した。
「わかりました。村長には明日、俺から伝えておきます」




