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七話 気にしていないようで、気にしているんです。

「……あ、しまった」


 春といってもまだ少し肌寒い早朝。

 厨房で朝食の準備をしていたベイルは、胡椒の入った瓶を鍋に傾けてから苦い顔をする。

 胡椒が底をついたのだ。


 ちらりと棚に並べられた調味料や香辛料に視線を向けると、そのほとんどが残り少ない。


 今日は買い出しか。

 スープの味見をしながら、ベイルは漠然と今日の予定を組み替えた。


◆◆


「――ということなので、この後昼前まで少し買い出しに行ってきます」


 朝食の場で、ベイルは今朝の出来事をそのまま伝える。

 すると、ルナは「そうですか、わかりました」と応えた後、表情を暗くする。


「聖女様、どうかしましたか?」

「……いえ、少し寂しくなるなって。ベイルくんがいないと、私は教会で一人ですから」

「大袈裟ですよ。買い出しを終えたらすぐに戻りますから」


 ルナの大仰な物言いにベイルは苦笑しながら返す。

 だが、表情が暗いままのルナを見かねて一つの提案をする。


「その、聖女様も一緒に来ますか?」

「! いいんですかっ」


 途端、今度はパッと表情を明るくするルナ。

 わかりやすいなと思いながら、ベイルは窓の外に視線を向けた。


 青空を春の雲が覆っている。

 これならば、日差しも多少弱まるだろう。


「今日は曇り空ですからね。少し村の中を回るぐらいなら大丈夫でしょう。それに、もうすぐ巡回もありますから、慣れておくに越したことはないかと」

「い、急いで食べますっ」


 慌てて朝食に手を伸ばすルナに、ベイルは苦笑いを浮かべる。

「朝食を食べた後すぐに買い出しに行くわけじゃないですよ。掃除とかをしてから行くつもりなので、ゆっくり食べてください」

「ふぁ、ふぁい」


 リスのように口をもごもごさせるルナを見て、ベイルは思わずぷっと吹き出した。


◆◆


 ベイルたちが暮らすこのノーティス村は、スチュアート共和国の最南端に位置する。

 四方八方を山々が取り囲む、いわゆる盆地の中央に位置するノーティス村は、夏は暑く、冬は寒い。


 山から流れ出た水が草原を満たし、初夏には水害の被害に見舞われることもままある。

 それゆえ外部から人がくることはあまりないが、だからこそベイルたちはこの場所を拠点にした。


 教会を出て商店街へ連なる通りを進んでいると、前方から見知った赤髪の少女がこちらへ駆け寄ってきた。


「牧師様、聖女様、おはようございます!」


 にぱっと笑顔を浮かべるのは、この村の少女アルマだ。

 ベイルとルナはほぼ同時に挨拶を返すと、アルマが不思議そうに首を傾げた。


「牧師様と聖女様が二人で教会の外にいるの、珍しいですね。巡回ですか?」


 月に一度、ベイルとルナは村の家々を回る。

 一年ほど前に、村での生活に馴染むために牧師としての仕事も兼ねて始めた活動だったが、今ではすっかり習慣になっている。


 アルマの問いにベイルは「違う違う」と首を振る。


「今日は買い出しだ。巡回は来週の休息日の前日だな」

「そうなんですね。二人でお買い物って、なんだか夫婦みたいですね」

「ア、アルマさんっ!?」


 突然の爆弾発言に、傍にいたルナがあたふたとしながら顔を真っ赤にする。

 それから、ちらりとベイルの様子を窺った。


「……ところで、アルマこそ一人でどうしたんだ?」

「スルーですか!」


 ルナは思わず突っ込みを入れる。


「? どうかされましたか、聖女様」

「い、いえ、なんでもありません。……ベイルくんは意地悪です」


 密かに唇を尖らせてベイルに非難の眼差しを向ける。

 だが、彼は既にアルマと話していた。


 ベイルに訊かれて、アルマは思い出したように手に持っていた手提げカバンから袋を取り出す。


「今から教会に行こうとしていたところなんです。この間のハーブのお礼に、お母さんがクッキーを焼いたので。いただいたハーブで作ったハーブクッキーなんです! あの、お母さんのクッキーは本当に美味しいので」


 そう言って、おずおずとアルマが袋を渡してくる。

 ベイルは思わず肩を竦めた。


「あのハーブはアルマへのお礼のつもりだったからお返しなんていらないんだけどな。でもまあ、折角だし貰っておくよ。お母さんによろしく伝えておいてくれ」

「わ、わかりましたっ」


 ぎこちない仕草で頭を下げてくるアルマを微笑ましく見ながら、ルナに「行きましょうか」と告げる。

 アルマと会釈を交わしてから歩き出し、しかしベイルは足を止めて振り返る。


「アルマ」

「は、はい……?」


 別れの挨拶をした直後に再び声をかけられて、アルマは不思議そうに首を傾げる。

 ベイルは一つ咳払いをしてから、真っ直ぐにアルマを見つめて口を開いた。


「あんまり大人をからかうんじゃないぞ。……その、俺も恥ずかしいんだからな」


 僅かに赤く染まった頬を隠すようにベイルは手を口元に当てる。

 一瞬怒られたのかと思ってシュンとしたアルマだったが、彼のその反応に面食らう。

 そんなアルマに「じゃあな」と言い残し、ベイルは少し前を歩くルナの背中を追った。


「アルマさんと何を話していたんですか?」


 駆け寄ってきたベイルにルナは不思議そうに尋ねる。

 ベイルはポリポリと頬を掻くと、苦笑しながら答えた。


「ポーカーフェイスも楽じゃないんだぞ、と」

「……?」


 話の流れが理解できず、ルナは眉根を寄せる。

 誤魔化すように、ベイルは笑いかける。


「ともかく、遅くなる前に早めに買い物を済ませましょう」

「そうですねっ」


 ルナは無邪気な笑顔を浮かべると、笑顔そのままに駆け出す。

 一瞬虚を突かれて目を丸くしたベイルだったが、すぐに小走りで彼女の後を追った。



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