六十八話 ルナの目覚め
神技を失い、生身の状態で複数人に囲まれ殴打されたティアの容態は命に別状がないとはいえ軽くはなかった。
ルナが眠っている今、彼女の力でその傷を癒やすことはできない。
ベイルはティアとの話を早々に切り上げると、部屋に戻って休むように命じた。
ベッドで眠っているルナのことを思ってか一瞬躊躇ったものの、大人しく引き下がった。
それから数時間、ベイルはジッと眠ったままのルナを見つめていた。
ティアには力を使いすぎただけだろうと言ったものの、ベイルは内心で不安を抱いていた。
大怪我を一瞬にして治療し、かつフレディの刃から守ったルナの強大な力。
もしかしたら、このまま目覚めないのでは……と、思ってしまう。
だからベイルは、ずっと気を張り詰めてルナの様子を見守っていた。
が、フレディとの戦闘で疲弊した上でのこの行動はベイルの体力を削っていく。
結果として、ベイルはいつの間にか座っていたイスからずり落ちて、ルナのベッドの隅に上半身を倒れ伏して眠ってしまっていた。
――静かな夜だった。
つい朝方にすぐ近くで苛烈な戦闘があったことが信じられないほどに。
だから、僅かに発せられた衣擦れが部屋一帯に響き渡った。
眠っていたルナの瞼がゆっくりと開かれる。
碧眼が外気に晒されて、ルナは二度、三度、瞼を閉じて開いた。
「ここは……」
か細い声が零れ出る。
記憶が少し混濁しているようで、どうして自分がこうして眠っていたのかが思い出せない。
それでも、ここが自分の部屋であることだけはわかった。
「っ、ベイルくん」
すぐ傍に人の気配を感じたルナは、体はそのままに首だけを横に向ける。
自分のベッドにうつ伏せにもたれかかっているベイルの姿を捉え、僅かに頬を緩ませる。
と同時に、記憶がハッキリとしてきた。
そうだ。嫌な気配を感じて草原に出たところで、ベイルが誰かと戦っているところに遭遇したのだ。
それから、どうなったのかまでは思い出せないが。
今こうして無事にここにいるということは、またベイルに助けてもらったのだろう。
ルナはゆっくりと上体を起こすと、右手をベイルの頭に伸ばした。
白く、細い指先でゆっくりとベイルの黒い髪を優しく梳く。
普段は凜々しいベイルの、眠っているときの少し幼い顔がルナは好きだ。
暫くそうして頭を撫でるように髪を梳く。
やがてその指先は下に降りていく。
頬にそっと触れて、少しだけ引っ張る。
「ふふっ」
思わず笑みを零していた。
「ん……っ」
「――!」
その時、突然ベイルが身動ぎした。
ルナは慌てて手を引き戻す。
それから眠っていた間に乱れてしまっていた髪を手櫛で整える。
そうこうしている間に、目を覚ましたベイルが起き上がっていた。
ベイルは一瞬視線を彷徨わせてから、ルナが起きていることに気が付いてガバッと立ち上がった。
「聖女様!」
「ベ、ベベベ、ベイルくん!? あの、その……っ」
半ば反射的に、ベイルはルナの両肩を掴んでいた。
突然のことに動揺し、顔を真っ赤に染めるルナ。
しかしベイルはそんな彼女の様子に目もくれず、ルナの胸元で顔を伏せる。
「よかった、よかった……っ」
その心底安堵した声で、ルナは彼の心境を察した。
自分がとんでもなく心配をかけていたことに気付くと、途端に申し訳なさと、そしてそれを上回る愛おしさが湧き上がってくる。
気が付けばルナはベイルの頭を抱きしめていた。
「ごめんなさい、ベイルくん」
耳元で、優しく囁く。
ベイルが落ち着くまでの間、ルナは黙ってそのままの体勢で居続けた。
◆ ◆
「そ、そうでしたか。ギリアンさんが……」
妙に気まずい空気の中、今日一日にあったことをベイルから説明してもらったルナがどもりながら反芻した。
ベイルも曖昧に頷き返す。
お互いの顔はこれでもかというほどに赤くなってしまっているが、ことがことなのでこのまま話さないというわけにもいかず、ベイルが心を決めて話した。
その内容は草原にいた男が七天神官の一人、第六天神官であり、なんとか倒したこと。
それからティアは任務で通りがかったギリアンが助け出したこと。
この二つだ。
記憶の補完がすんだルナの胸の中で、激しい罪悪感が渦巻く。
気が付けば、ルナはベイルに向けて頭を下げて、またしても謝罪の言葉を口にしていた。
「ごめんなさい、私がベイルくんの言いつけを破って外に出たせいで」
「聖女様のせいじゃありませんよ。どうあってもあの男――フレディ・ノーランはこの村まで来ていたんですから。……それに、謝るのは俺の方です。聖女様を必ず守ると誓っておきながら、俺は聖女様を守れなかった。……本当に、本当にごめんなさい」
俯いて、両膝の上で拳をギュッと握る。
彼女に罵られても仕方のないことだと、ベイルは思っている。
むしろ罵られるべきだ。
ルナは自分を信じて神殿を逃げることを決めてくれたのに、その自分がこんな体たらくでは、会わせる顔がない。
「何を言っているんですか? ベイルくんは、私を守ってくれたじゃないですか」
「……もしかして聖女様、覚えていないんですか?」
「? えっと、ベイルくんが私を庇って胸に剣を突き刺されて、その傷を治そうとしたところまでは。――っ、って、ベイルくん! 怪我は大丈夫ですか!?」
慌てて掛け布団をはね飛ばし、体をベイルに向けて彼の胸元に手を添える。
「よかったです、きちんと治ったんですね……」
ペタペタと触りながら、安堵の声を零す。
「その、聖女様。少し恥ずかしいんですが」
「っ、ご、ごめんなさいっ」
慌ててベイルから手を離し、俯く。
またしても気まずい空気が流れて、しかしベイルはわざとらしく咳払いを挟んでから口を開いた。
「その、実はあの後――」




