六十四話 覚醒
ルナの姿に気付くや否や、ベイルは彼女の元へと駆けだしていた。
「――っと、どこに行くんだ、ベイル。俺との戦いを楽しもうぜ?」
しかし、その間にフレディが割って入る。
万象支配という新たな神技の使い方を模倣され愕然としていた彼の姿はもうない。
焦るベイルの姿を見て悦に入り、再び優位に立てたという優越感を抱いている。
その歪んだ笑顔に嫌悪感を抱きながら、ベイルは彼が振り下ろしてきた刃を受け止める。
今度は刀身を滑らせるのではなく、そのまま受け止める。
鍔迫り合いの状態で拮抗したまま、ベイルはこの状況を整理していた。
(最悪だ……!)
ティアを助けに行かないというのに、さらにはルナまで。
一体どうしてここに、などと理由を考えている時間はない。
今すべきことは、ルナを巻き込むことなく早々にフレディを倒し、そしてティアの救出に向かうことだ。
だが、ベイルの考えは当然フレディにも読まれる。
重なり合う刀身越しに、フレディが嗤った。
「ベイル! いい表情じゃねえか! 俺はお前のそういう顔が見たかったんだ……!」
フレディの言葉を無視して、横目でルナを見やる。
彼女は心配そうにこちらを見つめながら立ち尽くしていた。
「おい、ベイル。俺がどうしてお前のことが嫌いかわかるか?」
「っ、さあな」
突然の話題にベイルは素っ気なく返す。
彼が自分のことを嫌っていることは、勿論知っている。
そしてその理由も、大体の予想がついている。
自分と年の近い者が自分よりも上の立場にいれば、それを疎ましく思うこともあるだろう。
しかしフレディはその予想とは違った答えを口にした。
「ティアだよ」
「……は?」
「お前は俺からティアを奪った。お前とで会う前は俺に従順だったあいつが、お前のせいで、ついには神殿を裏切っちまったッ」
「ティアはお前の道具じゃねえよ」
兄にあるまじき、唾棄すべきその発言にベイルは感情を込めて告げる。
だが、フレディは尚も嗤うのをやめない。
「違うな、あいつは俺がいないと生きていけなかった。……だが、あいつはお前に出会って変わっちまった。ベイル、お前は俺からあいつを奪ったんだよ」
憎々しげに、フレディは吠える。
だからお前が嫌いなのだと。
ある種、妹を奪われた兄の嫉妬ととれるかもしれない。
だがフレディがこれまでティアにしてきたことを考えると、そんな可愛らしいものでは決してない。
「はぁっ――!」
フレディの力が一瞬緩んだその隙をついて、両手に強く力を込めて刀身を弾く。
その勢いに身を流されたフレディは僅かに後退した。
それでも余裕の表情は崩さずに、白剣の切っ先をベイルに向けて獰猛な雰囲気を纏った。
「だからよぉ、ベイル。俺は決めたぜ。俺がお前にティアを奪われたように、俺もお前からあの女を奪ってやる……!」
「――ッ」
言い切るよりも先に、今度はフレディが地を蹴っていた。
目標はベイル――ではなく、ルナに。
「っ、、聖鎖よ、束縛せよ!」
そうはさせまいと、即座に神技を発動。
幾重にも連なる純白の鎖が、超速で動くフレディを捕らえようと宙を蠢く。
だがフレディは空高く跳躍すると、そのまま宙を飛びながら白剣で斬り伏せる。
と同時に、ベイルへ向けて手をかざす。
「そこで無様に這いつくばってろ!」
「――くっ!?」
突如全身にのしかかる重圧。
自分の周りの重力が一気に増したかのように、全身が重たくなる。
一体何をした。
一瞬の空白。
しかしすぐに、万象支配の一種であると理解する。
恐らく、フレディは周囲の大気を操ったのだ。
「っ、こんの……っ」
先ほどと同じ要領で大気にイメージを流し込む。
周囲にだけ不自然に集約されたそれを、平常通り、均一に霧散させるイメージ。
大気が白く輝く。
それと同時に、体が軽くなる感覚を覚える。
――上手くいった。
そのことに喜びを抱く余裕はない。
急ぎベイルもまた空へ跳び、ルナへと迫るフレディを追いかける。
ベイルが神技を突破したことを無論フレディは察知するが、それに目をくれることなく突き進む。
だが、神技の練度自体はベイルの方が上だ。
徐々にフレディとの距離をつめ、その背中を捉えたベイルは別の神技を発動する。
「剣よ、在れ……!」
飛翔するベイルよりも、フレディよりも早く、四振りの剣が放たれる。
「相変わらずすばしっこい奴だ」
フレディはそこで一度宙に止まると、迫り来る剣に向き合い、同様に剣を生み出して相殺させる。
フレディは眼下のルナを睥睨しながら口の端を歪めた。
「――俺の勝ちだ、ベイル」
勝利の宣言と共に、フレディの頭上に一振りの白剣が生まれる。
その切っ先はベイルではなく、ルナに向かっている。
瞠目するベイルを嘲笑うかのように、白剣が投射された。
「くそっ、間に合え――ッッ!!」
ベイルであれば避けることの出来るそれも、ただの少女でしかないルナには反応すら出来ないだろう。
フレディに突っ込もうとしていた体を転身させ、ベイルは叫びながらルナの下へ飛び込む。
神技で撃ち落とすか。
……いや、自分に迫り来るものならまだしも、別方向に放たれた攻撃を撃ち落とすほどの精度はない。
「っ!」
だから、ベイルは躊躇うことなく飛び込んだ。
凶刃と、ルナの間に。
「っぅ――!」
「ベイルくん!?」
突如視界に飛び込んできたベイルに、ルナは驚きの声を上げる。
そしてそれはすぐに、悲鳴へと変わる。
自分に覆い被さるようにして現れたベイルの胸から、純白の刃の先端が突き出していた。
「聖女、様……」
背中と胸に生まれた激痛に顔をしかめながら、ベイルは安堵の声を漏らしていた。
どうやら、間に合ったらしい。
口いっぱいに鉄の味が広がる。
これほどの傷を負ったのはいつ以来だろうかと、そんな感慨にふけっていた。
「ベイルくん!? どうして!」
流れ出す血を見て顔面蒼白になりながらルナは叫んでいた。
しかしすぐにその理由を理解する。
ベイルがいなければ、串刺しになっていたのは自分であったことを認識して。
「っ、ごめんなさい、ごめんなさいっ」
慌ててベイルを抱きしめて、自身の力を発動する。
ルナの体から暖かな光が溢れ出し、それがベイルの傷口へ注がれていく。
だが、傷が深すぎる。
中々塞がらない傷を前にルナは泣きじゃくっていた。
そんなルナの頭に、ベイルは手を伸ばす。
「聖女様の、せいじゃありません。全ては、俺の油断が……」
「ベイルくん! ベイルくん、ベイルくん……!」
頭を撫でたベイルの右手がぱたりと地に落ちる。
必死に呼びかけるルナだが、ベイルはピクリとも動かない。
その光景を睥睨していたフレディが遙か上空で哄笑した。
「ハハハッ、ハハハハハッ!! 馬鹿な奴だぜ、まさか自分を盾にするとはよぉ。いやあ、助かったぜ。聖女様は生け捕りにするよう教皇様に命令されたからな。危うく殺しちまうところだったぜ!」
「――!」
ベイルを抱きしめながら、ルナを空を見上げてフレディを睨んでいた。
一体彼が何者なのか、そもそもどうしてこんなことになっているのか、ルナは何も知らない。
だが、その口ぶりから彼が教皇国の人間であることは容易に推察できた。
そして何より、ベイルがいまだ彼を仕留めきっていないことから、七天神官の一人であるだろうということも。
「しかし、一年以上逃げ回った挙げ句、これが最後とはしまらねえが。……ま、俺が強すぎたってことか」
一人納得し、右手に白剣を握りしめながら嗤う。
「あばよ、ベイル・ベレスフォード」
宙を蹴る。
確実に息の根を止めようと、フレディが迫り来る。
辛うじてそれを視線で追いながら、ルナは今度は自身がベイルに覆い被さり、目を瞑って叫んだ。
「だめぇえええ――!!」
「ッ!? なんだこれは……!!」
その瞬間、勝利を確信していたフレディの表情が一変した。




