六十二話 ギリアンの怒り
草花以外に何も無い草原のただ中で、苛烈な戦闘が繰り広げられていた。
次々と絶え間なく繰り出される神技の応酬。
互いに特級神官。その力量に大きな差は無い。
フレディが神技を生み出すたびに、ベイルはそれとほぼ同じ神技でもって相殺していた。
しかし――、
「……ッ」
足を滑らし態勢を崩してベイルを、フレディの神技が容赦なく襲いかかる。
槍を模した白光の集まりは、それ自体が強力な殺傷能力を有している。
果たして胸元に向けて放たれたそれを、ベイルは体勢をわざとそのまま崩し、地面を転がることで回避。
即座に立ち上がり、フレディを睨む。
そんなベイルを、フレディはこれ見よがしに嘲笑う。
「おい、どうしたベイル! その程度かぁ!? ええ??」
一連の攻防を経て、常時攻撃の主導権を握っていたフレディは余裕の表情で叫ぶ。
だが、その挑発にベイルが一切反応を示さないことに苛立ちながら、更に攻撃に出る。
地表から飛び出る白槍を躱すベイルに向けて、フレディが剣を一閃。
ベイルはそれを難なく受け止めると、そのまま受け流し、互いの刀身が離れた瞬間に後方へステップ、距離を取る。
当然追撃をしかけようとするフレディだが、妙な違和感を覚えて眉を顰めた。
そして、ハッとした表情でベイルを見つめると、「お前、まさか……!」と憤りを含んだ呟きを零し、その場で足を止めた。
ここに来て初めて動きを止めたフレディに、ベイルは不審の目を向ける。
対してフレディは苛立たしげに吐き捨てた。
「お前、俺と戦いながらティアの助けに向かうつもりだな?」
「――ッ、なんのことだ」
「とぼけんじゃねえ。俺とやり合ってる間、お前は戦いの場が少しでも山脈に近付くように誘導してやがったな。道理で手応えがねえわけだ。ふざけやがって……!」
自分はそんな小細工を弄しながら片手間で相手されていたという事実に、フレディは抑えようのない怒りを抱く。
その殺伐とした気風を受けるベイルは、小さく舌打ちを零していた。
ベイルの狙いは確かにフレディが言ったとおりだ。
フレディの攻撃を適当に躱しているうちに、戦う場所を山脈の方までなるべく近づける。
理想としては即座にフレディを倒してからティアの救出に向かうというのが一番だが、同じ特級神官である以上そううまくはいかないだろう。
結果、戦いながら移動するという方法をベイルは選んだ。
フレディは忌々しげな視線を一転、ふっと笑みをその顔に刻んだ。
「ベイル、確かにお前の剣術に衰えはねぇ。ああ、それは認めてやるよ。大したもんだ」
「なんだ、もう勝ったつもりなのか」
「はっ、虚勢を張るのはいい加減にしておけよ、ベイル。気付いていないとでも思ってんのか? お前の神技、以前よりも弱まってることをよ」
「…………」
「こんなところで俺たち神殿に怯えながら暮らしていたおっ前のことだ、神技の鍛錬は愚か、開発なんてろくにできてねえだろ? その時点で俺とお前の間には絶対的な壁があるんだよ。見せてやるよ、その力を……!」
意味ありげな言葉を残して、フレディは地面にそっと手を触れた。
ぞわりと、ベイルの背筋を悪寒が走る。
「そら、くらいな」
「――ッ!?」
突如、ベイルの真下の地面が割れ、奈落の底が顔を覗かせる。
直後全身に襲いかかる浮遊感。
地中に生まれた真っ暗な空洞に重力に引かれて落ちていく。
一瞬、ベイルの頭の中は真っ白になっていた。
――あり得ない。そう、あり得ないのだ。
神技というのは、無から有を生み出すもの。
剣をや鎖、槍を生成したり、聖域を生み出したり。
少なくとも、すでにこの世に存在するものを改変する力では無い。
こんな風に、地面を変質させる神技など見たことが――、
「――ッ!」
呆然とするのも束の間、即座に意識を切り替えてベイルもまた神技を発動する。
重力の軛から解き放たれ、空へと駆ける神技を。
「ちっ、このっ!」
浮かび上がったベイルの行く先を阻むかのように、地表が覆い被さる。
「じゃあな、ベイル。裏切り者には似つかわしい最後だろ?」
外から入り込む光が完全に閉ざされる直前、フレディの哄笑がベイルの鼓膜を揺さぶった。
◆ ◆
「ひ、ひぃ――!」
「狼狽えるな! 数ではこちらが優勢だ!」
山の中で悲鳴が木霊する。
ギリアンに相対する五人の神官たちは、戦いが始まる前に確信していた勝利という名の結果をすでに手放していた。
自分たちが繰り出す神技。下級神官でしか無い彼らの扱える神技はごく僅かなものでしかないが、それでも常人からすれば驚異的なそれを、ギリアンは自身が生み出す黄金の剣によって悉くを消し去り、寄せ付けない。
「大口を叩いておきながらこの程度か? やれやれ、落胆するほかない。身の程を弁えたのなら、大人しく降伏したまえ。お互い結果の分かりきった戦いは不毛だろう?」
「っ、我々は決して貴様ら異教徒には屈しない! ――それ以上近付くと、この小娘が死ぬことになるぞ!」
ギリアンに真っ向からでは勝てないと悟った神官は、地面に横たわり気を失っているティアを抱きかかえ、その喉元に剣を突きつける。
その行動に、さしものギリアンも呆気にとられ大きく溜め息を零した。
「君たちは本当に愚かだ。その少女の装いから察するに、彼女は君たちの仲間だろう? いや、君たちの間でどうということではなく、僕から見ての話だ。ならば、僕がその少女の命に固執する理由がない」
「……ッ」
てっきりティアを助けるために戦闘に参加してきたと思っていた神官たちは、当てが外れて動揺する。
同時に、ギリアンから放たれた猛烈な殺気を前に、一様にその顔を強張らせ、うち二人はその威圧に耐えきれず地面にへたり込んだ。
そんな神官たちを睥睨しながら、ギリアンは心底不快そうに口を開いた。
「……第一、よくもまあ僕の前で人質がとれたものだ。ああ、ひどく不愉快だ」
ギリアンの脳裏に、かつての記憶がよぎる。
今のティアと同じように、人質にとられ、それでも気丈に微笑む思い人の姿。
あの頃の自分では救えなかった、今となってはどうすることもできない記憶。
気付けばギリアンは舌打ちを零していた。
それを耳にして神官たちは、ビクリと肩を震わせる。
そんな彼らを逃がすまいと、ギリアンは怒りの形相のまま右腕を空に掲げた。
「慈悲は無い。最早君たちを生かしておく理由は無い」
空を埋め尽くす黄金の剣。
それを見た神官が、慌てて口を開く。
「ま、待て! 我々を殺せば、あの村が滅びるぞ!! あの辺境の村にはすでに七天神官が一人、第六天神官様が向かわれているのだから!」
「わざわざ情報をくれるとは、ありがたい限りだ。……これで本当に、君たちには価値は無くなった」
ギリアンが右腕を振り下ろす。
超速で迫る黄金の剣は、最早下級神官ごときに避けることかなわず。
その全員の胸を、刺し貫いた。




