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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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六十一話 それぞれの戦い

「っ、貴様何者だ!」


 突然現れた闖入者――ギリアン・レドモンドに慌てて反応する下級神官たち。

 そんな彼らをギリアンは歯牙にもかけず、地面に横たわるティアに視線を送った。


 その有様に不快そうに表情を歪めながらも、ギリアンは彼女の服装が下級神官たちのそれと似通っていることに気付き、目を細める。


「こんなところで仲間割れかな? まあ、君たちが何を理由に争っていようがどうでもいいが、生憎と僕は君たちに用があってね」


 剣を構える下級神官たちに対して、微塵も臆する様子をみせることなくギリアンは一歩踏み出す。

 彼が近付くごとに、下級神官たちの中の緊張が強まる。


 何せ自分たちは仮にも他国の、それも敵対関係にある共和国に侵入している身だ。

 これがバレれば大きな問題になる。


 が、ギリアンの他に人影がないことに気付くと、途端に余裕を見せる。


「我々に、一体何用かな」

「何、単純な話だよ。先日、我が国の国境で検査をせずに不法で入国した集団がいたという報告があったのだ。その集団というのが教皇国の人間であるのなら、恐らくはこの辺りに来ているだろうと踏んで急ぎ追いかけてきたというわけだ。それで、僕の推測は当たっているかな?」

「――! 貴様、何者だ……!」


 先ほどと全く同じ問いを、下級神官は口にしていた。

 ただしそのニュアンスは先ほどとは少し違う。


 初めは目撃者への威嚇。

 そして今は、恐れから。


 はたしてギリアンは神官たちの反応に自身の仮説が正しいことを確信して鼻を鳴らした。


「随分と杜撰に越境したものだ。今時他国に入り込む間諜にしてはお粗末すぎる。何か急ぎのようでもあったのか、それとも君たちがただ単に愚かだったのか」

「……ッ!」


 ギリアンの何気ない発言を挑発と受け取ったのか、激昂した神官の一人が白剣を飛ばす。

 顔面へ超速で迫る凶刃に向けてギリアンは手をかざす。


 いつの間にかギリアンの背後に現れた黄金の剣が、迫る白剣を叩き落とした。


「黄金の、剣……! 貴様、まさかッ」


 下級神官たちも、その噂を耳にしたことがある。

 共和国に、黄金の剣を生み出して戦う勇者と呼ばれる稀人がいるということを。


 そういえば、その勇者と呼ばれる人物は、いつも鈍色の鎧を纏っていると聞く。


「ギリアン・レドモンド……!」


 闖入者の正体に辿り着いた神官たちは、畏怖を籠めてその名を口にしていた。


「そういう君たちは、教皇国の神官ということでいいのかな。……もっとも、答えを聞くまでも無い。その服装からしてそうであることは明白だ。全く、他国に潜入する者がそれとわかる服を身に纏っているなど、見つかるつもりでいるのかな」


 呆れたように呟くギリアンをよそに、神官たちはむしろ高揚していた。


 共和国の勇者。

 教皇国の、神殿の障害の一つ。


 それを排除することができれば、それこそティア以上の功績になり得る。


 幸いにして相手はたったの一人。こちらは五人もいる。

 稀人と同等の力、神技を手にする自分たちが束になって勝てない相手ではない。


 横たわるティアを最早無視し、ギリアンに対して殺気を向ける神官たち。

 そんな彼らに、ギリアンはやれやれと首を振った。


「君たち程度が束になれば勝てるなどと、甘く見られたものだな。まあいい、僕の任務は君たちを確保、もしくは排除することだ。君たちが逃げずに向かってくれるというのであれば、むしろ楽にすむ。さあ、かかってくるといい」


 ギリアンが言い切るよりも先に、神官たちは地を蹴っていた。


 ◆ ◆


「ふっ――」

「おらぁっ!!」


 草原の只中で、ベイルとフレディの白剣が交差する。


 一度として鍔迫り合いにはならない。

 互いの剣が重なる瞬間にどちらかが刀身を滑らせて相手の喉元を貫こうとする。

 それを紙一重で躱し、カウンターを仕掛け、同様に躱される。


 そんなことが、戦闘が始まってから続いていた。


「……ッ!」


 突如フレディが力任せに横薙ぎの一閃を加えてきた。

 それをすんでのところで受け止めたベイルは、勢いに負けて後退する。


 自然、二人の間に間合いが生まれる。


 フレディは頃合いを見計らったように不敵に笑いながら口を開いた。


「やっぱ、アビエルが言ったとおりだったか。よぉ、ベイル。石版が破壊されたはずのお前が、どうして神技を使えている」

「……なんだ、お前は知っていたのか」


 ベイルの石版を破壊されたことを、ティアは知っていなかった。

 てっきりフレディも知らないものと思っていたが、そうではなかったらしい。


「俺たちの神技は創世神と繋がり、与えられることで初めて使うことができる。そしてその繋がりを失えば、俺も、お前も、神技なんて使えないただの人になっちまう」

「…………」

「にもかかわらず、お前は神技を使っている。おかしいだろうが」


 それはどこか咎めるような物言いだった。

 ベイルは目を伏せると、ぽつりと呟いた。


「……お前は、創世神と接続したときのことを覚えているか」

「いいや」


 ベイルの問いに、フレディは首を振る。


 見習い神官を経て、五級神官となった者は暫くして創世神と接続する儀式が執り行われる。

 そこで創世神に認められた者は神技を使えるようになり、四級神官となる。


 フレディの否定に、ベイルは頷いた。


「俺も覚えていない。だが、一つだけ確かなのは俺と共に儀式を受けた者の多くが直後には死んでいたということだ」

「それは、創世神への信奉が足らなかった者への神の怒りだ。特別なことじゃねえ」

「もしそうなら、俺も、お前も、その時死んでいるはずだろ?」


 暗に、自分たちは神を信じていないだろうと。

 ベイルの言葉に、フレディは口を閉ざす。


「お前は、なぜ儀式によって死者が出るのか考えたことはあるか」

「……もうやめにしようぜ、ベイル。こんな話は不毛だ。それになぁ、勘違いしているようだから言っておくが、俺はお前と違って神は信じてんだよ!」


 触れられたくないものに触れられることを忌避したフレディが、襲いかかる。


 迫り来るフレディを見ながら、ベイルは思う。

 そんなことだから、真実には辿り着けないのだと。

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