六十話 救援
第六天神官、フレディ・ノーラン。
腹違いの妹であるティアとは違い、物心つくよりも以前から神殿で暮らし、そして神官となった。
十八の時には特級神官にまで上り詰めた。
特級神官の中でも比較的年が近いベイルを、フレディはライバル視していた。
そしてそれは、ティアが自分ではなくベイルのことを慕うようになってからは敵視へと変わっていく。
特級神官の中では最も感情を露わにし、そして最も暴力的な人間であると、ベイルは認識している。
与えられる任務は全て力業で解決し、何よりも細かなことをするのが苦手な男だった。
些細な問題は全て力でねじ伏せる。
それが、ベイルから見たフレディの印象であった。
◆ ◆
「――ッ」
目の前に降り立ったフレディを、ベイルは威圧していた。
その威圧を受けてフレディは嗤う。
「おー、怖え怖え。暫くぶりの再会を喜ぼうぜ? なぁ?」
「どうしてお前がここにいる」
「おいおい、揃いも揃ってくだらねえ質問をするなよ」
「揃いも揃って、だと?」
「ああ、ついさっきティアにも同じことを聞かれたばかりだぜ」
「ッ、お前、ティアと会ったのか!」
「なに、ちょっとそこでな」
焦りがにじみ出るベイルの問いに、フレディは愉快そうに表情を歪めながら背後にある山脈を顎で示した。
ベイルの脳裏に、嫌な想像がよぎる。
北部の山脈でティアに会っていながらフレディだけがこの場にいるということは、ティアは自分たちを裏切っていないということになる。
そしてそうであるのなら、彼女は一体今どうなっている……?
「おいおい、安心しろ。腐ってもあいつは俺の妹だ。あいつを痛めつけるなんてこと、俺はしてねえよ」
「よりにもよってお前が言うか。会うたびに、ティアに暴力を振るっていたお前が」
神殿の中でノーラン兄妹が一緒にいることはそう珍しいことではなかった。
実際ベイルも何度も二人が共にいるところを見たことがある。
しかし、そのたびにフレディはティアに暴力を振るっていた。
それを止めに入ることで、よくフレディと衝突してもいた。
フレディは「ひでぇなぁ、信じてくれよ」と肩を竦める。
「……ま、石版は砕いちまったがなぁ」
「――!」
まるで子どもの悪戯程度のことのように、フレディは両眉を上げて言った。
だが、それがどれほど残酷なことかは二人とも理解している。
己がこれまで積み上げてきた努力が、その一切が無かったものにされてしまうのだ。
……いや、それ以前に。神技を使えなくなったティアは最早か弱い少女そのものになる。
「お前、まさか……!」
「んん? あー、今頃は下級神官ごときに蹂躙されてんじゃねえか?」
「下種が……!」
反射的に足が動いた。
特級神官といえど、神技が使えなければただの人だ。
平素であれば決して負けるはずが無い下級神官相手にも勝つ見込みはなくなる。
一刻も早く助けに行かなければ、ティアが危ない。
「おっと、俺を無視するんじゃねえよ」
「ちぃ……っ」
横をすり抜けて北部の山脈へ助けに向かおうとしたベイルの前に、フレディが立ちはだかる。
フレディはこれでもかというぐらいに口角をつり上げて、叫んだ。
「俺はなぁ、この瞬間を待ち侘びてたんだぜ?お前とやれる、この瞬間をよぉ!」
胸の前に手をあてて、甲に刻まれた「Ⅵ」の印を見せつけてくるフレディ。
膨れ上がる殺気。
同時にフレディの周囲に滲み出す白い光。
目を眇めてその動作を見つめるベイルに、フレディは心底楽しそうに声を張り上げる。
「さあ! どっちが強いか白黒つけようぜ!!」
◆ ◆
「っ、っぅ、はぁ、……っ」
いつの間にか昇り始めていた陽の光が木々の合間から地面を照らす。
下級神官たちを振り払うべく、ティアは山道を逸れ、ろくに整備されていない山の奥を走っていた。
どうして、どうして、どうして――!
じわりと、目尻に涙が浮かび上がる。
嗚咽がこみ上げてきて、それが一層息苦しくする。
石版を持ち出されるとは、思っていなかった。
追っ手が来るであろうことは予期していた。
最悪の場合、戦うことになるであろうことも。
しかし、戦うことすらできないとは。
「こんなの、私、何も……っ」
何も変わっていない。
自分は強くなったと、特級神官にまで上り詰めたと。
だからようやく、ベイルの力になれると息巻いておきながら。
……結局、自分は力を失い、挙げ句フレディをノーティス村へ向かわせてしまった。
「……!」
弱気になるティアだが、背後から鋭い殺気を感じ取り、ギリギリのところで半身を引く。
背後を走る下級神官から放たれた白剣がすぐ脇をすり抜けた。
ここまで、神技なしの完全な身体能力のみで下級神官たちの攻撃を避け続けてはいるが、そう長くは続かない。
ティアを追う下級神官たちは皆、競い合うようにティアを追い立てている。
石版を砕かれたティアは、言わば神敵。
その神敵を倒すことはすなわち神への功績となる。
そして功績を重ねた神官は、更に上位の階級へ昇格される。
石版を破壊されたことで同時に神官としての資格を失ったとはいえ、ティアは元々特級神官。
彼女を仕留めれば、それは何よりも大きな功績となるだろう。
逆に、彼らが互いにその功績を取り合って足を引っ張り合っているからこそ、神技を失ったティアがいまだに生き延びているということもある。
だが、それも長くは続かない。
「きゃぁっ……!」
背後を追う下級神官たちに意識をとられたティアは、地面を這う木の根に気付かずに足を取られる。
全力で走っていた反動で、ティアは地面をズザザと滑る。
全身に走る痛烈な痛み。
それを必死に堪え、起き上がろうとして――、
「そこまでです、第七天神官様。……いえ、大罪人、ティア・ノーラン」
喉元に突きつけられる白剣。
僅かでも動けば、その剣先が容赦なくティアの華奢な喉元を掻き切るだろう。
ごくりとつばを飲み込み、固まったティアの頭を猛烈な衝撃が襲った。
「っぅ……!」
下級神官の一人がティアの頭を蹴り飛ばしたのだ。
「げほっ、がはっ……!」
周りの下級神官たちもそれに続いてティアの全身を蹴り、踏みつける。
彼らの行動を、理解できないわけではない。
ティアは神を裏切ったのだ。
神を信じる者が怒りを覚えるのは当然だろう。
「そんなんだから、特級神官に、なれない……ッ」
全身の痛みに意識が朦朧になりながら、ティアはせめてもの抵抗にそう言葉を吐き捨てた。
それを聞いた下級神官は、表情を歪めながらその手の内に白い剣を生み出し、振り下ろそうとする。
その時――。
「君たち、何をしているのかな?」
鈍色の鎧を身に纏った金髪赤目の青年が現れた。




