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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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五十八話 ティアの決断

「これで、よし」


 あてがわれている部屋に据え置きされている机の上に一枚の小さな紙を置いて、ティアは満足そうに頷いた。


 ベイルとの話を終えたティアは部屋に戻り、少しの間仮眠をとった。

 そしてまだ夜も明けきらない時間に起きて、小さな紙に手紙をしたためた。


 椅子にかけられている純白のマントを羽織り、甲に『Ⅶ』と黒い刺繍で刻まれた手袋をはめる。

 ゆっくりとした動きでフードを被ると、窓の近くへ歩み寄る。


 静かに窓を押し開ける。

 遠くの空が、薄らと白み始めていた。


 冷たい空気が室内に飛び込んできて、まだ微かに残っていた眠気が吹き飛ぶ。


「ベイル、ごめん。でも、私が決めたことだから」


 誰に聞かせるでもなく小さい声で呟いてから、ティアは開け放った窓のサッシに足をかける。

 そしてそのまま、外へと飛び降りた。


 無人の村内を白い影が疾駆する。


 やがて草原まで達したティアは足を止めると、辺りをキョロキョロと見渡す。


「ここまで来れば、大丈夫」


 言い聞かせるように呟いたティアは、全身に白い光を纏い、地を蹴った。

 一瞬にして空高く舞い上がり、そのまま上空を流れ星のように突き進む。


 バサバサと纏うマントが揺れる音に耳を傾けながら、ティアはちらと後ろに視線を送った。


 お世辞にも大きいとはいえない辺境の村に佇む教会。

 それを視界におさめながら、ティアは小さく微笑んだ。


 一週間前にこの村に降り立ったときとは、抱いた感慨はまるで違うものだ。

 あの時はいち早くベイルをこの村から連れ戻そうと思っていた。


 でも今は違う。


 今ティアの胸中に湧き出たのは、少しの未練。

 もう少しぐらいはあの村でベイルたちと過ごしておきたかったという、自分には似合わない感傷。


 ベイルが変わってしまった理由が、わかった気がする。


 確かに、あそこにいれば、……いや、ルナの傍にいれば、いやでも変わってしまうのだろう。

 彼女の純粋さを前にすると、自分の醜い部分までもが浄化されてしまうようで。


「……っ、でも、だからこそあそこにはいられない。折角私は私の願いを見つけられた。それをみすみす壊すわけには……っ」


 自分があの村に長くいればいるほどに、神殿が追っ手を出すリスクは高まる。

 自分の願いはベイルの力になること。

 その逆の結果を引き起こすわけにはいかない。


 程なくして北部の山脈にさしかかり、ティアは高度を下げる。

 木々の少ない開けた場所を見つけ、そこへ降り立った。


 まるで臣下の礼のように片膝をついて着地したティアは、ゆったりとした動作で立ち上がる。


「よぉ、ティアじゃねえか。やっと見つけたぜ、こんな所にいやがったのか」

「っ、に、兄さん……!」


 突然耳元に飛び込んできたねっとりとした、纏わり付くような声がした方へ慌てて体を向けたティアは、表情を引きつらせながら声を震わせた。


 視線の先に、ティアと全く同じ衣装を着けた赤髪の青年がいる。

 そして彼の背後には、複数の神官の姿が見える。


「そんな、どうして……」


 悲鳴のような声が出る。

 赤髪の青年――第六天神官(フレディ・ノーラン)は、ティアと同色の青い瞳を愉悦に歪めると、彼女の元へ足を踏み出した。


 ◆ ◆


「っぅ……」


 重たい頭を持ち上げて髪をグシャリと握りながら、ベイルは自分が食堂のテーブルに突っ伏して眠っていたことを認知した。


 今後の策について考えこんでいる内に、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。

 これでは、この間の聖女様と一緒だなと苦笑しながら、ベイルは立ち上がった。


 結局ティアが自室に戻ってからずっと考えこんでいたが、これといった策が思いつかない。


 どうあがこうが、神殿は必ず追っ手を共和国へ向けて放つだろう。

 それでも、考えれば何かあるはずだ――。


 外へ出たベイルは冷たい空気を肺一杯に吸い込む。

 頭が冷えて、意識が覚醒してくる。


 そう猶予はない。

 出来るだけ早く、何かいい案を思いつかねば。


「……ん?」


 暖かい飲み物でも入れようと中へ戻ろうとしたベイルの視界に、開け放たれた窓が映る。


 まだ冬ではないとはいえ、夜は相当冷える。

 この時期に窓を開けるのは相当な暑がりぐらいだろう。


「あそこは確か、ティアの部屋だよな。閉め忘れたのか……? 風邪を引いても知らないぞ」


 微苦笑しながら中へ戻るベイル。

 しかし、何故か胸騒ぎを覚えて落ち着かない。


 何か、大切なことを見落としているような、そんな気がする。


『……うん、わかった。私はベイルに従う』


 去り際のティアの言葉が脳裏をよぎる。

 いやに聞き分けがよかったなと思いながら、その時は余り気にしなかったが。


 ……そもそも、「強くなれ」という一語だけで特級神官にまで上り詰めた彼女が、やすやすと納得してくれるのか……?


「――っ、あいつ、まさか!」


 その可能性に思い至ったときには、もうベイルはティアの部屋に向けて走り出していた。


「おい、ティア! 開けるぞ……!」


 ノックもしないで乱暴に部屋の扉を開ける。

 視界に飛び込んできた室内には、人の気配はなかった。


 思わず舌打ちを零しながら、部屋の中へ飛び込む。

 辺りを見渡すと、数日前に洗濯した状態で返した神官のマントがなくなっている。


「一体いつの間に出て行ったんだ。今から追って間に合うか……?」


 窓際に歩み寄る。


 と同時に、机の上に置かれている紙の存在に気が付いた。

 手に取り、そこに書かれている文章を読み上げる。


「……『ベイルへ。神殿に戻る。大丈夫、裏切らないから。信じて』。――ああ、くそぉっ!」


 反射的にその紙を握りつぶして怒鳴っていた。


「ベ、ベイルくん……?」


 一連の騒ぎで目を覚ましていたらしいルナが、激昂するベイルに怯えながら声を発した。


「せ、聖女様……」


 荒くなった息を落ち着かせながら、ベイルは激情を押し殺して努めて優しく声を返す。


 その間にルナは全てを察したらしい。

 毅然とした眼差しでベイルを見つめた。


「ベイルくん、急いで連れ戻しましょう。大丈夫です、まだ間に合いますっ」

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