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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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五十五話 告げられた選択

「ベイル」

「ん、どうし――」


 朝方。いつものように礼拝堂の掃除を行っていたベイルは、突然後ろからティアに声を掛けられて振り返った。

 声に応じようとしたベイルだったが、視界に映ったティアが何やら真剣な面持ちでいることに気付き、思わず口を噤む。


 そうしているうちに歩み寄ってきたティアは、ベイルの目の前で足を止めると胸に右手を当てて一言。


「私、決めた」

「決めたって、……そうか」


 何が、と問う必要はなかった。

 本来敵であるティアが何故同じ屋根の下、この一週間暮らしていたかを考えれば。


 自然、ベイルは全身に力を入れる。

 彼女の口から零れる次の言葉によっては、自分がとるべき行動も変わってくる。


 果たしてティアは目を閉じて大きく息を吐き出すと、覚悟を宿した鋭い目で告げた。


「私、ベイルにつく」

「それって……」


 思わず前のめりになったベイルに、ティアは笑みを浮かべる。


「神殿を裏切る。特級神官をやめて、普通の生活を送る」


 その語気は強く、ティアの覚悟の強さを物語っている。


 神殿を裏切るということの意味を、彼女は理解しているはずだ。

 にもかかわらず、昨日までまだ何も決めていない様子だったティアがどうして突然決断することができたのか。


 あまりにも唐突な告白に呆然とするベイルに、ティアは呟いた。


「あの女のお陰」

「聖女様の?」

「そう。あの女が、私に教えてくれた。私にとっての幸せがなんなのか。心の奥底にしまい込んで、気付いていなかった私の幸せを引き出してくれた」


 ティアの言葉に、ベイルは心のどこかで納得していた。

 ルナは時々、人の奥底を見抜くようなときがある。

 自分では知らず知らずのうちに目を逸らしてしまっていることを教えてくれる時がある。


(……俺も、そうだったな)


 自分のことを、何度も優しい人だと評してくれたことがあった。

 そのたびに自分はそんなことはないと否定していたけれど、その言葉に救われてもいた。

 きっと、ティアもまたルナに何か言われたのだろう。


 ベイルは思わず苦笑した。


「私にとっての幸せは、神殿に仕えることでも、兄さんに従うことでもなかった。私が強くなろうとしたのは、ベイルと一緒に戦うことでもなかった。……私にとっての幸せは、ベイルの力になること。たぶん、私はそのために強くなった」

「俺の、力に……?」

「ベイルに助けてもらったあの日から、強くなれって言ってくれたあの日から、ベイルは私の憧れだった。私もベイルみたいに強くなろうって思った。強くなって、追いつこうって」

「…………」

「……でも、たぶんそれだけじゃなかった。私は強くなって、ベイルの力になりたかったんだと思う」

「どうして、俺なんかの力に。俺はお前に何もしていない。たまに任務で一緒になったり、たまに神殿の中ですれ違ったりしていただけの関係のはずだ。お前が俺の力になろうとする理由なんてないだろ」


 時々任務を共にして、時々言葉を交わして。

 それだけの関係のはずだ。


 ……ただ、時折彼女が親愛の情を表してくれていたことは感じていた。

 だが、それでも神殿を裏切る以上のものではないはずだ。


 なのに、どうして。


 ベイルの問いに、ティアは目を伏せる。

 そして、躊躇いがちに口を開いた。


「私にとっては、十分すぎることだった。だって、ベイル以外誰も私のことを助けてはくれなかったから。神殿の中で、ベイルは私にとって救いだった。……だから、私はベイルのことを、兄さんって思って」

「――――」

「っ、話は終わり! そういうことだから……っ」

「お、おい! 話はまだ――」


 ティアの選択はわかったが、これからどうするのかについての議論は出来ていない。

 だが、ベイルの制止を無視してティアは廊下へと走って行く。

 それと入れ違いになるようにして、ルナが現れた。


「どうかしたんですか?」


 走り去っていくティアとすれ違ったらしい。

 彼女の様子を不思議そうに、ルナはベイルを見かけて問いかけた。


「いえ、その……」


 一瞬誤魔化そうかとも思ったベイルだったが、ティアが決断するにあたってルナが関わっていることを思い出して一部始終を伝えることにした。


「そうですか、ティアさんが……。よかったです」


 ティアが特級神官としての自分を捨てて普通の生活を送ることを決めたことを聞いたルナは嬉しそうに微笑んだ。

 ベイルも「そうですね」と頷きながら、表情を引き締める。


「とはいえ、演技の可能性はあります。油断をさせておいて、神殿の連中を誘導してくるかもしれません」

「大丈夫ですよ。ティアさんなら」

「――っ、そう、ですか?」

「はいっ」


 笑顔でルナにそう言われると、納得してしまいそうになる自分がいることにベイルは思わず呆れてしまう。

 何の確信もないのに、と。


 とはいえ、この件に関しては納得するわけにはいかない。

 まだ、暫くの間は様子を見ておかなければ。


 そう心に刻み込みながら、ベイルはルナに向けて頭を下げた。


「聖女様、ありがとうございました」

「ベ、ベイルくん!? と、突然何を……!」

「ティアから聞きました。聖女様のお陰で、自分の本当の幸せを見つけられたって」

「……私は、何もしていませんよ。私は、ただ憶測を言っただけで」

「でも、俺には何も気付けませんでした。聖女様のお陰です。それで、ティアにはなんて言ったんですか?」

「…………」

「聖女様?」


 何故か黙り込んでしまったルナに、ベイルは首を傾げる。

 すると、何故かジト目でベイルを見つめてぽつりと呟いた。


「ベイルくんは気付けなくていいです。……ベイルくんが鈍いのは、今に始まったことではありませんから」

「えっと、それはどういう……? ちょっ、聖女様!?」


 ツンとそっぽを向いて立ち去ろうとするルナを引き留めるベイルの声が、礼拝堂に虚しく響き渡った。

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