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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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五十二話 円卓の会合

 教皇国中央部にそびえ立つ神殿。


 純白の建材で統一されながらも、至る所に細やかな意匠が凝らされた神殿は、荘厳にして壮麗。

 神殿で暮らす神官や給仕の者たちが市井のことを下界などと評するのも無理はない。

 市井の間でも、神殿に召し抱えられることを昇天と言うぐらいだ。


 ある意味では間違いではないのかもしれないなと、そのことを知ったベイルは思ったことがある。


 そんな神殿の、一室。

 昼だというのに真っ暗なだだっ広い部屋の中央には、一卓の円卓が据えられている。


 その円卓を取り囲むように、背もたれにⅠ~Ⅶの数字がそれぞれ刻まれた七脚の石製椅子。

 そこに、二人の影が座っていた。


 一人は『Ⅱ』と刻まれた椅子に、もう一人は『Ⅵ』と刻まれた椅子に。

 そのうちの一人、『Ⅵ』と刻まれた椅子に座る男、第六天神官(マコン)フレディ・ノーランが口を開いた。


「……それで、急に呼び出して何のご用ですかねぇ。第二天神官(ラキア)殿」


 いやにねっとりとした声で、フレディは赤い髪とは対称的な青い瞳で対面に座す男を見つめる。


「貴様のその嘘くさい話し方はなんとかならんのか」


 若さに満ちた、それでいて厳めしい声が返ってくる。

 フレディの問いに答えたのは、第二天神官(ラキア)、アビエル・プレスコット。


 第一天神官(ヴィロン)であるベイルが神殿を離反してからは神官たちのトップにつく男だ。

 男にしては長く、さらついた銀色の髪と澄んだ赤い瞳。

 人間離れしたその美貌は、天使か何かと見紛うほど。


 フレディはアビエルの言葉を受けて、ハッと鼻で笑いながら肩を竦めてみせる。


「それで? 突然俺を呼び出して何のようだよ。こう見えて俺は忙しいんだぜ」

「嘘を吐くな。貴様が一週間先の公務まで片付けていることは聞いている」

「わーってるよ。あんたが他の特級神官の情報収集にご執心なのは。そんなに探って何がしてえのか」

「ヴィロンのこともある。貴様らの動向に気を配っておくのは当然のことだろう」

「……相変わらず、いけ好かねえな」


 微かに舌打ちしながらフレディはアビエルから視線を切り、真っ暗な部屋の壁際に屹立する柱を見る。


 アビエル――第二天神官(ラキア)はベイルが現れるよりもずっと前から特級神官として教皇国に尽くしてきた。

 その来歴は謎に満ちており、活動期間が数十年を超えることは明らかにも関わらずその容姿は若々しく、いまだ二十代に見えるぐらいだ。


「貴様が私のことをどう思っていようと、興味はない。が、神殿に仇なすものであれば容赦はしない」

「あんたには俺が神殿を裏切るように見えてるってのか?」

「……いや」


 アビエルはそこで僅かに微笑すると、すぐに居住まいを正し、フレディへ鋭い眼差しを向けた。

 その気配を感じ取り、フレディもまたアビエルへと向き直る。


第六天神官(マコン)フレディ・ノーラン。貴様はこれから共和国へ向かい、聖女候補及びベイル・ベレスフォードを連れ戻しに向かった第七天神官(アラボト)ティア・ノーランと合流せよ」

「――――」

「アラボトに任務を与えてより、はや二週間が経っている。その間なんの連絡もない。相手は裏切り者とはいえ、元は第一天神官(ヴィロン)。抵抗に遭い、最悪の場合殺されたのやもしれん。……あるいは、アラボトが離反した可能性もある」

「ティアが、神殿を裏切ったっていいてえのか? あいつにはそんな度胸ねえよ」

「あくまで可能性の話だ。よって、貴様の任務は聖女候補とベイル・ベレスフォードの拿捕、あるいは殺害。そしてアラボトの救出、あるいは死体の確認。万が一裏切っていた際は、その始末だ」


 アビエルが言い切ると、フレディは乱暴に席を立った。

 そんな彼へ向けて、アビエルが何かを投げる。


「っ、これは……」


 受け取ったフレディが瞠目する。


「アラボトの石版だ。裏切りが確定した際は破壊する許可を、教皇様が下された」

「ベイルの奴の場合は渋ってるくせに、いやにすんなりと許可したんだな」

「アラボトの替えはいくらでもきくということだ。何より、ヴィロンに関しても石版の破壊の許可は下されている。事前に共和国へ向かわせた下級神官に石版を携帯させ、同様の条件での破壊を命じられた。にも関わらず、ヴィロンの拿捕には至っていない。十分に警戒し、慎重に任務にあたれ」

「……任せろよ」


 アビエルが口にした警戒という言葉。

 そこに含まれている言外の含みにフレディは目を細めた。


 石版の破壊許可を与えた下級神官が敗れたということの意味を考えたとき、その理由を口にすることは、ましてや神殿の中では憚られる。

 何より、あってはならないことだ。


 石版を懐にしまい、部屋の外へと向かう。

 厳然とした扉に手をかけたフレディは、その場で立ち止まると後ろを振り返らずに言った。


「なあ、ラキア。あんたもしかして、ティアがこうなることを予期してあいつを送り込んだのか?」


 返答はない。

 微かに肩をすくめながら、フレディが扉を押し開ける。


 外の光が部屋に入り込み、僅かに目を細めたその瞬間。


「――内憂は、早めに排すべきだとは思わないか?」


 ◆ ◆


「相変わらず食えねえ奴だぜ」


 神殿内の長い廊下をズカズカと進みながら、フレディは舌打ち混じりに呟く。

 だが同時に、その口角は吊り上がり、青い瞳には愉悦の光が宿っている。


 不意に懐に手を入れ、先ほど仕舞ったばかりの石版を取り出す。

 くっくっくっと、内側から溢れ出す激情を抑えきれずに零れだした笑声と共に、フレディは叫んだ。


「折角の機会だ。裏切っていてくれよ、ティアァッ!!」

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