五十一話 秘密
昼下がり。
今日も今日とて教会の中庭では、子どもたちのはしゃぎ声が発せられている。
子どもたちの中には、肌寒いというのに半袖半ズボンで元気に駆け回る少年もいる。
冬になり、雪が降り始めてもなぜか冬物の服を着ることを拒む子どもはいるが、彼もその一人だろう。
大人たちからすれば理解できない行動だが、子どもたちにとってはきっと、冬の重たい服に身動きを封じられることが耐えられないのだろう。
寒くとも暑くとも元気な子どもたちに混ざって中庭を走り回るベイルの姿を、ティアは片隅から見つめていた。
だが、後ろから迫る気配を感じ取って振り返った。
「っ、ティアさん」
「…………」
突然振り向かれたルナは、驚きながら声を掛ける。
対してティアはといえば、興味を失ったようにベイルへと視線を戻した。
「えっと……」
まさか無視されるとは思っていなかったのか、ルナは戸惑いながらその場に立ち尽くす。
と同時にティアの視線を追い、その先にベイルがいることに気付いてふっと表情を緩めた。
「……何か用?」
黙って隣に立ち続けられることに居心地の悪さを覚えたティアは、溜め息交じりに問いかけた。
「そ、その、用という用はないんです。ただ、少しお話がしたいなぁと思って……」
「話?」
「はい。折角暫くの間教会に滞在されるんですから、親睦を深められたらいいなって」
「親睦……。あなた、私が怖くないの?」
顔の前で両手を合わせ、少し照れくさそうに語るルナに、ティアはベイルの方を見ながら少し冷たい声音で問うた。
一瞬の沈黙。
躊躇いがちに、ルナは口を開いた。
「……怖くないと言えば、嘘になります。ですが、あなたに直接何かされたわけではありませんから」
「私が今から何かしないとでも」
ルナの方へと向き直り、目を細めながら不敵な笑みを浮かべた。
そんなティアの態度に、ルナは一瞬表情を強張らせると、しかしすぐに微笑んだ。
「ティアさんは、ベイルくんと約束したんですよね?」
「そう、だけど」
神殿を裏切るか、それを決めるためにベイルたちの生活を見る。
その間、自分はルナに危害を加えない。
それが、ティアがベイルと交わした約束だ。
「なら大丈夫です。あなたはきっと、ベイルくんとの約束は破らないと思いますから」
「どうしてそう思うの? ベイルはもう、私の敵だよ」
「だって、ティアさんはベイルくんのことが大好きですよね?」
「――――」
だから、裏切らない。
確信めいたルナのその言葉に、ティアは瞠目し、視線を逸らす。
理屈の上ではそうだろう。
誰だって、好きな人に嫌われることはしたくない。
しかし、それを確信を持って言えるルナに苛立ちを覚える。
……何より、彼女が言ったことが事実であるということが、一層。
「当然。今の私にとってベイルはすべて」
「ベイルくんがすべて、ですか……」
意味ありげに、ルナが反芻する。
そんな彼女を、ティアは鋭く睨み付けた。
「……だから、私はあなたが嫌い」
「直接そういった言葉を言われたのは初めてです」
ルナは困ったように微笑みながら、ちらと背後で走り回るベイルを見ながら少し寂しげに言う。
「私はティアさんが羨ましいです。ベイルくんと、とても親しそうに話しているのが。ベイルくんは私のことを名前で呼んではくれませんし、口調も、出会った頃と同じですから」
「そんなことを羨ましく思う理由がわからない」
「そう、ですか……?」
「第一、そうして欲しいのならベイルに直接言えばいい。ベイルならきっとあなたの言うとおりにしてくれる」
「それは……」
ティアの言うことはもっともだ。
優しいベイルのことだ。自分がこうして欲しいといったことは、余程の無理難題でない限り叶えてくれるだろう。
だが――。
(ベイルくんが、私のことを名前で……)
呼び捨てだろうか。それともいつもの呼び方の名残で敬称付きだったり。
ルナ。ルナ様。ルナさん。ルナ……ちゃん?
「~~~~っ! だ、ダメです! 名前で呼ぶのはダメですっ!」
「……一体なんなの」
突然顔を真っ赤にしてあたふたとしだしたルナに戸惑いながら、ティアは半眼で睨む。
支離滅裂な言動をとるルナに呆れながら、ティアは教会の方へと足を踏み出した。
「あ、ティ、ティアさん……っ」
「まだ何か?」
「そ、その、またお話ししましょうねっ」
「……断っても、話しかけてくるくせに」
不満げに返してきたティアに、ルナは照れ笑いを浮かべる。
話は終わったと教会の中へ入っていったティアと入れ違いに、子どもたちの輪から離れたベイルがルナに近付いた。
「聖女様、ティアと何を?」
子どもたちと遊びながらも、横目でルナたちの様子を窺っていたベイルは心配そうに声をかける。
遠目からでも、ティアが何か危害を加えようとした瞬間に動けばルナを守ることはできる。
しかし、会話の中でルナが傷つくようなことを言われることまでは防げない。
果たして、ルナはいつも通りの笑顔を浮かべると恥ずかしそうに答えた。
「ひ、秘密ですっ」




