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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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五十話 おかしな人

「――!」


 闇の底に沈んでいた意識がぼんやりと浮上してすぐに、ティアは跳ね上がるようにして上体をガバリと起こした。

 その勢いで全身に鈍い痛みが奔る。

 表情を歪めながら、ティアは窓の外に視線を向けた。


 すでに陽は天高くまで昇っている。


 ベイルに神殿から逃げ出すように提案され、それに対する答えとしてベイルたちの生活を見てから決めると約束を交わしてから、いつの間にか寝てしまったらしい。

 恐らくはベイルとの戦闘によるダメージが体に残っていたからだろう。


 重い体を引きずるようにしてベッドをのそりと降りる。

 部屋のドアへと向かうと、遠くから男女の笑い声が聞こえてきた。


 ◆ ◆


「あっ、おはようございます!」


 食堂へ降りたティアを出迎えたのは、ルナの明るい声と笑顔だった。

 白い髪に白い肌。透き通った碧眼が特徴的なルナ――聖女候補の、少女。


「……ッ」


 標的(・・)の少女を直視して、命令に忠実な(しもべ)であるティアの全身が反射的に戦闘態勢になろうとする。

 しかし、その瞬間に猛烈な殺気が向けられて、ティアはビクリと肩を震わせた。


 見ると、ルナのすぐ傍にいたベイルがこちらを鋭い眼光で睨んでいた。

 大きく息を吐き出し、全身の力を抜きながらルナに向き直り、小さく頭を下げた。


 ルナが自分の正体を知っていることは、ベイルから聞いている。

 彼女にとって自分は敵だ。

 そんな自分に向けてどうしてあんな笑顔を向けることができるのか。


 当然のように、ティアは戸惑いを隠せない。

 俯いてしまったティアに対してどう声を掛けたものかとこちらも困惑しているルナに助け船を出すかのように、ベイルが口を開いた。


「ちょうどよかった。今呼びに行こうと思っていたんだ」

「……?」

「もう昼だからな。昼食の時間だ」


 言われてテーブルの方を見ると、すでに料理が並べられている。


 三人分。


 それを見て首を傾げるティアに、ベイルは呆れながら言った。


「ほら、食べるぞ」

「……ぁ」


 ティアの腕を掴み、半ば強引にテーブルの席に座らせる。

 遅れてベイルと、そして少し不満そうにしているルナが空いている席に腰掛けた。


 食事の挨拶と共に手を伸ばす二人を見てから、ティアもおずおずとスプーンを手に取る。

 透き通ったスープを一掬いして口に運んだ。


「美味しい……」


 思わず、ほぅと息を吐き出しながら小さく呟いてしまった。

 すぐに口を押さえるが、すでに遅かった。


「…………」


 ニコニコと微笑みながらこちらを見つめてくるルナと、そして少し意外そうな表情を浮かべているベイル。

 なんだか恥ずかしくなったティアは急いで次の一口へと手を伸ばす。


 そうしていると、ルナから嬉しそうな声が発せられた。


「美味しいですか?」

「……はい」


 小さく頷くと、ルナは自慢げに胸を張った。

 その様子からしてこの食事は彼女が作ったのだろうとティアは思ったが――、


「そうでしょう、そうでしょう! ふっふっふ、ベイルくんが作るご飯は美味しいに決まっているんですっ」

「いやどうして聖女様がそんなに誇らしげに言うんですか……」


 呆れた様子で突っ込むベイル。

 ティアは目を点にしながら疑問を口にした。


「この食事を、ベイルが……?」

「そうだが、それがどうかしたか」

「べ、別に……」


 少なくともティアが知る限りにおいては、ベイルが料理をしていたところは見たことがない。

 そもそも神官はそういった身の回りのことをする必要はなかった。


 そんなベイルが料理を、それもこれだけ美味しいものを作れるようになっていることが以外だった。


 ティアは思わずルナの方を見た。

 自分の知らないベイルの一面。

 それを育てたのは間違いなくルナの存在だ。


 そういえば、暖かいご飯を食べるのはいつ以来だろう。

 目の前で楽しそうに会話するベイルとルナを眺めながら、ティアはぼんやりとそんなことを考えていた。


 ◆ ◆


「……ベイル」

「ん、どうかしたか」


 昼食をとりおえ、子どもたちが中庭に押しかけるまでの間に手早く食器を洗っていたベイルは、突然ティアに声を掛けられて手を止めた。

 見ると、ティアは複雑な面持ちでこちらを見つめていた。


「あの女、なんなの?」

「……?」

「おかしいよ。あんなの、普通じゃない。……自分のことを連れ戻しに来た、ともすれば命を奪われるかもしれない相手に向かってどうして笑ってられるの」


 眉を顰め、理解できないことへいっそ恐怖を抱いた様子でティアは語る。


 異常だと。


 言われて、ベイルも微かに笑った。

 思い出し笑いだ。


 教皇にルナの監視を命じられたその日、彼女と初めて対面したとき。

 ルナがその時浮かべた笑顔を、ベイルはいまでも鮮明に覚えている。


 あの時も自分はティアと同じことを思った。

 なぜ、笑っていられるのかと。

 自分を幽閉している敵しかいない状況にありながら。


 ベイルは皿洗いを再開すると、手元を見ながら呟いた。


「おかしな人だろ? 聖女様は。……本当に、おかしな人だ」


 そう言うベイルの表情は、言葉とは裏腹に穏やかで。


「ベイルくーん、呼びましたかー?」


 廊下から、ルナの声が響いてくる。

 ベイルは「なんでもありませーん」と声を張り上げた。


 ティアは暫しの間皿を洗うベイルの顔を見つめ、それから静かに俯いた。

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