四十六話 VS特級神官
「んっ……、んぅ……?」
ダイニングテーブルに突っ伏して眠っていたルナは、腕の上でもぞりと頭を動かすと、そのまま僅かに顔を上げた。
辺りは暗く、ベイルの気配もない。
ベイルと話しているうちに、いつの間にか眠っていたらしい。
ルナはようやっと自分が置かれている状況を理解すると、ほっと再び顔をテーブルの上へと突っ伏した。
昼間にはしゃぎすぎてしまったためか、睡魔はなおもルナを襲う。
ふと、足下が冷える割に上半身を包み込むような温もりがあることに気が付いた。
思わず背に手を伸ばすと、自分がいつも身に纏っている衣服とは違う、ガッシリとした――牧師服。
「ベイル……くん……」
思わず、その名を呟いてしまった。
口からこぼれ落ちたその音は、とてつもなく愛おしい響きを持って。
彼は今どこにいるのだろう。
自室に戻ったのだろうか。
そんなことを考えながら、ルナはそっと牧師服を手繰り寄せる。
自然に緩んでしまう頬を腕の中に隠しながら、再び微睡みの中へ身を投じた。
◆ ◆
宵闇を切り裂く輝きを放つ、二振りの白い剣。
それが衝突するたびに、大気が悲鳴を上げ、大地が削れ、砕ける。
数分にも満たない戦いの間で、何度鍔迫り合いが発生しただろう。
今この瞬間にも、ベイルとティアは至近距離で互いの剣の刀身を重ね合っていた。
迂闊に鍔迫り合いの状態を解けば、その瞬間に生じる一瞬の隙を付かれてしまう。
相手はそういう者だと、互いに理解し合っていた。
「――ッ」
相手の呼吸を、体の動きを、オーラの流れを読む。
自然、互いが距離をとるタイミングはほぼ同じになる。
結果。ベイルとティア、二人の動きのパターンは似てしまう。
鍔迫り合いが更に激しいものとなった直後、その膨大すぎる力に耐えきれず、二人は弾き飛ばされるように後方へと押し出された。
その衝撃から立ち直るや否や、ベイルは即座に神技を放つ。
まだ体勢を立て直しているティアの足下に、幾本もの聖槍。
加えて、上空には数多の白い剣。
上下を囲う茨のごとき無数の刃。
並の相手であれば串刺しになるこの状況で、しかし相手が並の相手ではないことを突きつけられる。
「――――」
小さく息を吐き出すと、鋭い視線を周囲に向けながらティアがぬるりと動く。
無数の聖槍の、無数の白い剣の、その間を全身を滑らせて縫うようにして抜ける。
寸分のミスも許されない絶技。
果たして、窮地を抜けきったティアはどこか自身の力を誇るような顔でベイルを見やった。
「…………」
一方で、ベイルの方は急速に冷めてくる思考の中で今の戦闘を振り返っていた。
神技という特異で超大な力を有する神官の中でもより強力な力を持つ特級神官同士の戦いは、これが初めての体験だ。
ベイルも、ティアも。
だから、この数分間の攻防はどちらも様子見の意味合いの方が強かった。
そしてやはり一筋縄ではいかないと、ベイルは内心でため息を零す。
今の神技の合わせ技。
あれは本来、神殿時代の任務の間でも早々使うことはなかった。……使う必要がなかった。
地面から突き出る聖槍。あれだけで殆どの相手を屠ることができた。
しかし、目の前の相手が特級神官であることを踏まえて、ベイルは人一人を殺すには十二分すぎる技を使ったのだ。
けれど――。
傷一つなく、呼吸一つ乱さずに佇む少女を見据える。
厄介だ、と思う反面、やけに頭は冷静で。
相手の一挙手一投足を見逃すまいと、視線が鋭いものになる。
聴覚も鋭敏に、肌に触れる風の感覚が何倍にも強いものに感じる。
「……ん」
その時、ティアが笑った――気がした。
そう認識すると同時に、背筋に悪寒が走る。
「――ッ」
反射的に、その場を飛び退っていた。
直後には、ベイルが立っていた場所に、当然のことながら彼がティアに向けて生み出したものと全く同じ聖槍が突き出していた。
ホッと息を吐く間もなく、ティアの攻勢が始まる。
一斉射撃を命じる指揮官のように突き出された白く細い手。
それに従って、ベイルの周りにゆらりと白い影が揺れ、そして白剣が生まれる。
前後、左右、頭上、その全てを取り囲む凶刃。
ベイル同様に、特級神官としての特権と言わんばかりの圧倒的な物量。
だが、任務で多対一の戦闘に慣れているベイルにとって、慣れ親しんだ戦いだ。
両足に力を籠め、溜めた膂力で前方に跳ぶ。
一瞬にして最高速に達したベイルの後ろ、標的を失った白剣が地面に衝突した爆音を耳にしながら、再びティアへと肉薄する。
しかし、ティアはもう接近戦を望むつもりはないのか、ベイルから距離をとるように後方へ軽やかに跳びながら神技を放つ。
「はぁ――ッ」
超速で射出された白剣を、ベイルは一刀の元に斬り落とす。
その尋常ならざる剣技を見せつけられて、しかしティアはどこか嬉しそうに笑った。
「……ッ、何を笑ってるんだ!」
叫びながら、今度はベイルが白剣を撃つ。
都合四振りの白剣を、ティアは軽やかに、舞うように捌ききる。
その間に彼我の距離を詰めたベイルが、勢いそのままに白剣を振り下ろした。
ドゥッと、受け止めたティアの後ろを衝撃が迸る。
ベイルの剣を受け止めたティアは、無邪気な笑顔を浮かべた。
「ベイル。私、強くなったよ。ベイルが言ったように、強くなったよ」
「――ッ、お前、まさか……!」
彼女が言った言葉の意味を、ベイルはわかってしまった。
忘れもしない。
普段からベイルと仲の悪かった同じ特級神官であるフレディ・ノーラン。
その妹の初めての任務の補佐についた時。
人の命を奪うことを躊躇い、危機に陥った彼女を助けた時に紛れもない自分が放った言葉。
……強くなれ。
「……そうか。俺が、お前を」
自嘲気味に、ベイルは呟いた。
自分が無責任に放った言葉のせいで、人の命を奪うことを恐れた心優しい少女の人生をこうまで狂わせてしまったのか。
「ベイルのお陰で、私は強くなれた。だから、今度は私がベイルを強くする!」
「――!」
更にティアの全身から膨れあがる白い光――オーラ。
と同時に、ベイルの周囲をまたしても白剣が取り囲み、地面からは聖槍が屹立する。
回避行動に移ろうとしたベイルを、しかしそうはさせまいと白く輝く鎖、聖鎖が襲いかかる。
「くそ、厄介な……!」
特級神官は敵に回すとこれほどまでに面倒なのか。
ベイルはその場を飛び跳ねると、頭上を取り囲む白剣を叩き落としながら夜空のただ中へと飛翔した。




