四十四話 第七天神官
新しくなった教会の居住スペース。
その食堂で、微かな寝息が規則正しく発せられていた。
普段食事をしているダイニングテーブルに突っ伏して眠っているのはルナだ。
食事を終え、いつものお茶の時間を過ごしている内にいつもよりも話し込んでしまったらしい。
ベイルがお茶請けを取りに行っている間に眠ってしまっていた。
新しくなった家に、浮かれてしまったのだろう。
ベイルはくすりと微笑みながら彼女の背にそっと上着をかけた。
それからそっと静かに中庭へと出た。
教会に沿うようにゆっくりと歩き、隠し部屋がある位置で立ち止まる。
「どこからどう見ても、部屋があるようには見えないよな……」
外から見ても、隠し部屋の存在には気がつけない。
「チャドさんには、本当に感謝しないとな。もしもの時はここに結界を張っておけば、聖女様の身の安全は最低限確保できるだろう」
もしもの時、神殿の追っ手が嗅ぎ付けてこの村に現れた時。
ルナを隠し部屋に隠れさせて、その間に現れた追っ手を排除すれば彼女に余計なものを見せないですむし、ベイル自身戦いに集中することができる。
確認したいこともできた。
教会に戻ろうと再び歩き出そうとして、不意にベイルは空を見上げた。
秋が迫り、澄んだ夜空には星が一層強い輝きを放っている気がする。
「少し冷えるな……」
暑さの峠を越えたと思ったら、最近は急速に冷えてきた気がする。
ルナに上着を貸したために、一層寒さを強く感じる。
教会に戻ろう。
そう思って夜空から視線を切ろうとしたその瞬間――。
「ん……?」
気のせいだろうか。
夜空に突然新たに星が現れたような気がして、ベイルは思わず目をこすった。
夜空に現れた、一つの小さな白い点。
注視しているうちに、その点は徐々に大きくなっていく。
「――――!」
白い点が真っ直ぐこちらへ迫ってきていることに気付くと同時に、ベイルの背筋を悪寒が走った。
こちらへ超速で迫るその物体が発する白い光。
それが神技が放つオーラであると認識する時にはすでに、それはベイルの目の前に舞い降りた。
大気を切り裂く速さで現れたそれは、しかし一瞬にして速度を減衰させ、ふわりと静かに着地する。
超エネルギーの余波でそれを中心に同心円状に暴風が吹き荒れ、中庭の芝生を揺らし、ベイルの全身へ吹き付ける。
顔の前に右腕をかざしてその風を防ぎながら、ベイルは細めで目の前に現れたそれを睨んだ。
豪奢な造りの白いマントを羽織り、手にも純白の手袋を身につける。
全身に溢れ出す白いオーラと相まって、いっそ神聖さすら感じさせる装いだ。
目の前に突如として現れた人物に、ベイルは見覚えがあった。
いや、見覚えという言葉ですませられるものではない。
驚きながらもベイルが声を発そうとしたちょうどその時、目の前の純白の影が動いた。
地を蹴り、刹那の内にベイルの眼前へと肉薄する。
いつの間にか影が右手に持っていた白い剣が、ベイルの喉元へ迫る。
「ッ、――剣よ、在れ!」
慌てて、その力の源流を呼び出す。
ベイルの右手に白い光の粒子が溢れ出し、即座に剣の形を象る。
半ば反射的に、ベイルは生み出した剣を影と自分との間に割り込ませた。
同じ白い剣と剣が衝突する。
鍔迫り合いの、金属が擦り合う独特の音は響かない。
代わりに超エネルギーと超エネルギーがぶつかり合うその余波で、二人を起点に大気が鳴動する。
二本の剣の衝突部から光が溢れる。
決して力負けしないように、自分よりも頭一つ分以上小さい影を見下ろしながら全身に力を籠める。
眉間に皺を寄せながら、ベイルは久方ぶりの感覚を前に僅かに口角を上げた。
死が眼前に迫った、気を抜くと命を落としてしまう、そんな感覚――。
影が放つ殺気が、肌をピリつかせる。
数秒の鍔迫り合い。
その拮抗状態を打ち破るように、ベイルは神技を発動する。
「……ふっ」
影の真下から幾本も突き出した聖槍。
しかし影はそれを予期していたように紙一重で躱すと、その運動を利用し全身を回転させながらもう一撃、ベイルに向けて叩き込む。
刀身で受け流しながら、ベイルは影との立ち位置を逆転させる。
結果、影は教会を背にして向かい合うことになった。
チラリと、ベイルは影の背後にある教会を見やる。
しかし、すぐに影へと視線を戻すと、後方へと跳躍した。
当然、影はそれを追う。
またしても超速で、常人であれば目にもとまらぬ速さで接近する影の凶刃を捌き受け流しながら、ベイルはさらに後ずさる。
ゆらりとベイルの全身を白いオーラが纏い、一気に飛躍。
隣家の屋根の上へと飛び移る。
追う影。
剣戟を避けて、ベイルは回避に専念する。
互いに言葉は発しない。
やがてノーティス村を抜け出して草原のただ中へ降り立つ。
と同時に回避をやめ、反撃に出る。
突き出された剣を薙ぎ払い、勢いそのままに影へ向けて鋭い回し蹴りを放つ。
白いオーラを纏ったベイルの右足は、影の腹部に直撃した。
「っぅ……!」
苦悶の声を漏らしながら、影が吹き飛んだ。
地面を削る音を立てながら離れたところで止まった影を、ベイルは大きく息を吐き出しながら再び見つめる。
ベイルの蹴りを受けて、影が頭に被っていたフードがとれた。
そこから現れたのは、やはりベイルがよく知る顔だった。
肩ほどまでの青色の髪と、同色の瞳。
まだ幼さの残る少女の背丈は、ルナよりも小さい。
影が――少女が着けている手袋には『Ⅶ』の数字が黒い刺繍で刻まれている。
「……ベイル」
その時、少女の小さな口から声が漏れた。
ようやく話をする気になったらしい。
ベイルは不適な笑みと共に、どこか呆れたように口を開いた。
「まさか、特級神官であるお前を他国の、それもこんな辺境の地に送り込むとは思わなかったよ。第七天神官――ティア・ノーラン」




