四十三話 夢
モートン夫妻の家へ待避させておいた家具などを運び込み、配置し終える頃にはすっかり辺りは暗くなっていた。
ベイルが急ぎ用意した食事を囲んで、新しくなった家で初めて、二人の遅めの夕食が始まることとなった。
「今回のお礼に、チャドさんにも食べて行っていただきたかったんですが……」
料理が並べられたテーブル。その前のイスに腰を下ろしながら、ベイルは少し残念そうに呟いた。
「仕方ないですよ。シェリーさんが夕食を用意して待っていらっしゃるんですから」
「まあ、そうですね……」
愛する人が食事を作って家で帰りを待っているのだ。
ベイルの誘いを断るのには十分すぎる理由で、そしてそのことを二人はよく理解している。
ベイルとルナは互いに見合ってから、小さく笑い合った。
そして、目の前の料理へ手を伸ばす。
「んっ、美味しいです……っ」
飲み込んでから、満面の笑みと共にルナはそう言った。
そんな彼女を見て、なぜかベイルは固まっていた。
ルナが不思議そうに小首を傾げると、ベイルは慌てて口を開く。
「いえ、その、いつも見ている景色と違ったので……」
そう言われて、ルナは得心がいった。
いつもの場所で、いつもの二人で、いつもの夕食をとっている。
にもかかわらず、視界に移る相手の背後は全くの別物になっている。
壁や床が綺麗になっただけでなく、折角だからということで家具の配置も変えていたりする。
一年以上もの間同じ光景を見続けていたのだ。
違和感を覚えるのは当然のことだろう。
「確かに不思議です。なんだか、ここで暮らし始めたばかりの頃のことを思い出します……」
一度スプーンを置いて、ルナは懐かしむように目を閉じる。
それに倣うように、ベイルもまた当時のことを思い返す。
ここにあるものの殆どは、先代の神父が残していったものだが、それでも二人で生活を始めてから揃い集めた物も多い。
(……そういえば、ここで初めて夕食をとったとき、どんな話をしたんだっけ)
教皇国を抜け出し、この共和国に来るまでの逃避行の間は、希望を求めてか、理想の未来を互いに語り合っていたような気がする。
今の自分たちは、その理想に近いように思える。
少なくとも、ベイルが望んだものには。
彼女の手を取って神殿を逃げ出すことを決意したあの日、ベイルはルナの幸せを願った。
この村で過ごす彼女の生活は、幸せなものと言って差し支えないだろう。
人であれば誰しもが享受できるはずの、本当に当たり前の、小さな幸せだ。
そんな幸せまでもを奪おうとするのなら、たとえ誰であっても容赦しない。
国都の近くに広がる草原。
そこで地の中で眠る神官たちのことを思い浮かべながら、ベイルは拳を強く握る。
「ベイルくん、ベイルくん」
ルナが身を乗り出すようにして、何か楽しいことでも思い浮かんだかのように声を弾ませる。
ベイルが「どうしました?」と問うと、彼女は「私、叶えたい夢が今できましたッ」と答えた。
「夢ですか? ……クッキーをお腹がいっぱいになるまで食べる、とかですか?」
「違いますッ」
「……じゃあ、国都で食べたハニートーストですか? あれは一つで十分だって合意に達したはずでしたが」
「ちーがーいーまーすー!」
ベイルがふざけていると、ルナは頬を大きく膨らませて抗議する。
そんな彼女の膨れっ面に苦笑しながら、ベイルは「冗談です」と頭を下げた。
暫く唇を尖らせて拗ねて見せていたルナだったが、両手を合わせて頭を下げてくるベイルの態度に小さく吹き出した。
それから、夢を語る年相応の少女のような表情で、天井を見上げながら語る。
「今ふっと浮かんだんですけど、少し小高い丘に建つ家で暮らしたいって思ったんです」
「家、ですか?」
「あ、その、今の暮らしに不満は全くないんですよ? 毎日楽しくて、幸せで、村の皆さんも優しくて。でも、チャドさんたちを見たり、こうして綺麗になった教会の中を見て、そういうのもいいなあって。大きい必要はないんです。ベイルくんと二人で暮らせるぐらいの、小さな家で」
「――――」
確かに、今のところ教会に住み込みで働いている状況であり、自分たちの家、というわけではない。
そういうものに憧れを抱くのは無理もない。
とはいえ、牧師はそれほどお金に余裕があるわけではない。
家を建てられるほどお金が貯まるまでどれぐらいかかるだろう。
「もし建てることになったら、チャドさんにお願いしたいですね」
ただ今は、そんな現実的なことは隅に置いておいて。
ルナの夢に、乗っかかる。
「そうですね。チャドさんなら、きっと素敵な家を建ててくださいますっ」
その日の夕食は、久しぶりにそんな小さな夢を思い思いに語り合った。
そしてそれを聞きながら、ベイルは出来ることなら叶えてやりたいと願った。
ベイルの夢は、つまるところルナの夢と言うことになる。
そうこうしているうちに、不意にルナは一つの事実に気付き、顔を真っ赤にして俯いた。
そんな彼女の様子に、ベイルもまたその事実に思い至り、慌てて目の前に並べられた料理をかき込む。
「きょ、今日はもう遅いですし、早めに寝ましょうか」
「は、はい」
ベイルの提案に、ルナは上擦った声で頷いた。
二人が気付いた事実。
どちらが語る夢も、二人が共にいることが前提となっているものだった。
ベイルもルナも、互いが一緒にいない未来を想像できなかったのだ。
(というか、新しく建てた家に二人で暮らすっていうのは……)
不意に、自分のことをへたれ牧師と呼ぶ隣人の姿が脳裏をよぎった。
ベイルはぶんぶんと頭を振ることで、内から湧き出た夢を忘れ去ろうとした。




