四十二話 隠し部屋
チャドが教会の改修の話を持ち込んできてすぐに、工事は行われることとなった。
工事中当然ベイルたちは教会で暮らすことができなくなる。
そのため、工事が終わるまでの間隣家のモートン夫妻の家に厄介になることとなった。
それから一ヶ月が経ち、改修工事は予定よりも早く終わった。
そして今日、いよいよそのお披露目というわけだ。
「外観は殆ど変わっていないだろう?」
教会の前まで来たベイルたちに、チャドは楽しげな笑みと共にそう言った。
その言葉に、二人は頷く。
「今回改修したのは主に中身だからね。まあ、語るよりも見る方が早いか。さ、どうぞ」
にこやかに微笑みながら、教会の扉を開けたチャドが二人を招き入れる。
それに従ってまずはベイルが、そしてルナがおずおずと教会の中へと足を踏み入れる。
まず目に飛び込んできたのは礼拝堂だ。
壊れかけていた長椅子などがいくつか取り替えられているだけで、他には特に変わったところは見当たらない。
とはいえ、今回の改修はベイルたちの居住スペースをメインに執り行うという話だったので、それは当然のことだ。
そのまま奥へ向かい、いよいよ居住スペースへ入る。
「これは……ッ」
そしてすぐに、ベイルとルナは息を呑んだ。
壁や床に張られていた木材が一新され、汚れ一つない綺麗な状態になっている。
心なしか廊下も広くなっているような。
あまりの変わりように呆気にとられる二人をよそに、チャドはさらに奥へと二人を案内する。
間取り自体は殆ど変わっていない。
だが、至る所が綺麗になっている。
まるで新居なのではと錯覚するぐらいには。
「新築みたいですッ」
そんなことをベイルが考えていると、ルナも同じ感想を抱いたらしい。
両手を合わせて嬉しそうにそう声を発した。
「そう言っていただけるとありがたい。俺たちも頑張った甲斐があった」
自分の初仕事を褒められて、チャドも嬉しそうに頷く。
これなら、来年の雨期も乗り越えられそうだ。
「古くなった部分の修復程度だと思っていたので、びっくりしました」
「それだけ全体的に老朽化が進んでいたということだよ。無駄な柱も多かったから一部取り除いてある。結構広くなったんじゃないか」
「そうですね」
建築当時、とにかく壊れないようにと通常よりも多めに柱を建てたのだろうとチャドは言った。
「――と、喜ぶのはまだ早い。実は今回、ちょっとしたサプライズを用意しているんだ」
「サプライズ?」
チャドの言葉にルナは首をこてんと傾げ、ベイルも眉を寄せた。
事前の話では、今回は居住スペースの改修だけだと聞いている。
不思議に思う二人に、チャドは「見たらわかる」と言って、元来た道を引き返し始めた。
教会の居住スペースを繋ぐ廊下。
そこまで引き返して、チャドは不意に足を止めた。
「……えっと?」
「周りをよく見てみるんだ」
改修された居住スペースを見て回る際にこの廊下も通ったが、サプライズといえるようなものは特に見なかった気がする。
すると、チャドは得意げに笑い、壁を指差した。
二つの区画を繋ぐこの廊下は、途中までは石造りに、そして途中からが木造になっている。
そしてチャドが指差したのは教会側――石造りの壁だ。
そのヒントを得て、ようやくベイルはそれに気が付いた。
「これは凄いですね。注視しないととても気付かないです」
「どういうことですか?」
感心したようにベイルが言うと、いまだそれに気付いていないルナが困った様子で問うてきた。
チャドは彼女の問いに答えることなく自身が指差した壁まで歩み寄ると、両手を壁に当てた。
「ふん――ッ」
そのまま両足を踏ん張り、全体重を壁へ向ける。
すると、ゆっくりと、重たいものを引きずる音と共に石壁が徐々に後ろに下がり始めた。
数秒後には、壁の奥に空間ができていた。
「これって……」
驚きの声を上げるルナに、チャドは振り向きざまに誇らしげな表情で言う。
「隠し部屋だよ、ここに無駄な空間があったからね。何かあったときのためにこういうのがあってもいいだろうと思って、勝手ながら造らせてもらったよ。どうだい?」
「本当に驚きました。まさか礼拝堂の裏側にこんなスペースがあったなんて」
中を覗き見ながら、ベイルはさらに感嘆の声を上げた。
見たところ、頑張れば百人近くの人が入ることができるだろうか。
ノーティス村の人口は四百人程度で、その四分の一を収容することができる。
有事の際、女、子ども、老人を匿うには十分だろう。
「でも、こんなに大きな空洞が建物の中にあって、崩れたりしないんですか?」
隠し部屋自体に不満があるわけではないが、建築に携わっていないベイルたちからすれば当然そんな疑問がわき出る。
またしてもルナが疑問の声を上げるが、チャドは問題ないと頷いた。
「構造上、ここには元々空間ができていたんだ。そこを俺たちが少し手を加えただけだ」
簡単には言うが、それが言葉ほど簡単にできることではないことは素人目でもわかる。
隠し部屋を見終え、ベイルたちが廊下に戻ったのを確認してチャドが石壁を元の位置へと戻す。
そして、振り返りながら言った。
「どうだい。気に入ってもらえたかい?」
「はいっ、凄いです!」
隠し部屋、というものに若干テンションがあがったらしいルナが激しく頷く。
そんな彼女の反応を嬉しそうに受け止めながら、チャドはベイルへと視線を向けた。
「ええ、これはきっと何かの時に役に立ちます。ありがとうございます、本当に」
そう言って、ベイルは深く頭を下げた。
そのかしこまった態度に、チャドは戸惑う。
「おいおい、この隠し部屋はノーティス村のために造ったんだ。ベイルがそこまで感謝することじゃない」
「ははっ、そうですね。でも、ありがとうございます」
「……あー、わかったわかった。とりあえず、改修に関してはこんなところだ。一旦俺の家まで戻ろう。待避しておいた家具やらを運び込まないといけないからね」
ベイルの真摯な態度に居心地の悪さを覚えたのか、チャドはそっぽを向きながらそう口にした。
モートン夫妻の家へ戻り始めたチャドの背中を見ながら、不意にベイルは隠し部屋を見やる。
「ベイルくん……?」
立ち止まったまま壁を凝視するベイルに、ルナが声をかける。
その声に弾かれたように壁から視線を外すと、微笑みながら「行きましょうか」とチャドの後を追った。




