四十一話 必要な存在
神官同士の壮絶な――否、一方的な戦闘が起こった街道沿いの草原は、しかし一夜明けた今ではいつも通りの光景が広がっていた。
とても、昨晩ここで殺し合いが起きていたとは想像できないほどに。
陽はすっかり真上にまで昇り、遮るもののない草原に夏のジリジリとした日差しが容赦なく照りつける。
そんな草原のただ中に、一人の青髪の少女が立っている。
緑生い茂る草原では目立つ白いマントを羽織った少女の背は低く、顔立ちにもまだ幼さが残る。
少女はその場で屈むと、黒い刺繍で『Ⅶ』と刻まれた白い手袋をはめた右手をそっと地面に伸ばした。
何かを感じ取るように黙って目を瞑る。
ガラガラガラと、すぐ傍の街道を馬車が走り去っていった。
それからもうしばらくの間、黙し続ける。
そして、そのままの姿勢で小さく呟いた。
「……やっぱり、勝てるわけがない」
すっと立ち上がりながら空を見上げ、少女は大きく息を吐き出した。
直後、草原に一際強い風が吹き抜けた。
ザザァと草の音が辺りに響き渡る。
その音が静まる頃、その場に少女の影はなかった。
◆ ◆
うだるような熱気の中でも、ノーティス村の教会は子どもたちの活気で満ちあふれていた。
庭を駆け回る子どもたちを日陰で眺めながら、ベイルは苦笑を零した。
「この暑さの中、どうして子どもはあんなに元気なんですかね」
「そうですね。私たちも見習わないとです」
彼の隣で同様に子どもたちの様子を見ていたルナも、その言葉に頷いた。
「混ざらなくていいんですか?」
「……ベイルくんは私を怒らせたいんです?」
「すみませんでした」
揚げ足をとるようなベイルの物言いに、ルナはジト目で睨む。
ベイルは即座に頭を下げたが、しかしその顔は笑っていた。
ルナも本気で怒っているわけではないので、すぐに微笑む。
「この暑さもあと一週間ぐらいが峠でしょう。これを乗り切ったら秋が来ますよ」
「早く夏とはおさらばしたいです……」
体質的に夏が苦手なルナは、ベイルの情報を聞きながら胸元をつまんで隙間を作り、そこにパタパタと風を送る。
それを見たベイルは反射的に明後日の方向を向いた。
「お、ベイル、聖女様も。ここにいたのか」
するとそこに、教会の外からチャドが現れ、ベイルたちに手を振ってきた。
「チャドさん、どうしました?」
近付いてくるチャドに軽く頭を下げながら、応対する。
すると、チャドはワクワクが抑えられないといった様子でベイルのもとへ歩み寄ると、なぜか内緒話をするように「今日はいい話を持ってきたんだ」と小声で言った。
◆ ◆
場所を教会内にある応接室に移し、それぞれソファに腰を下ろした三人。
いてもたってもいられないといった様子で、ベイルたちの対面に座ったチャドが身を乗り出すようにして話を切り出した。
「実は、今度教会を改修しようという話になったんだ」
「改修? 教会をですか」
「ああ。この間ベイルたちは勲章を国から賜っただろう? その功績から、村に対しても補助金が出たんだ。その一部を今回の功績者であるベイルたちが暮らす教会にあてようって話になったらしい」
「なるほど……」
その補助金も、いわゆる詫び金と口止め料のようなものだろう。
「お話は有りがたいですけど、改修が必要なほど老朽化していますか?」
「そうですね。特に気になるような所はないですよ」
ベイルの疑問の声に、ルナが同調する。
教会の一番のメインと言っていい礼拝堂は、確かに建物自体は古いだろうがしっかりとした造りになっていて、今すぐに改修が必要なほど老朽化しているところはない。
せいぜい並べられている木製の長椅子がいくつかガタが来ている程度で、そんなものは買い替えるだけでいい。
「すまない、誤解を招くような言い方だった。確かに二人の言うとおり礼拝堂やそのほかの教会施設は改修が必要なほど状態が悪いわけじゃないな」
「では、一体何のために……?」
「今回の改修は、正しく言い直すと教会ではなくて教会に隣接しているベイルたちの居住スペースだ。ほら、所々古くなっているだろう? 建築当時、教会の方は非常に綿密な計画のもと建設されたらしいんだが、こちら側は結構勢いだったらしくてね。この機に改修しようということになったわけだ」
確かに、夏に入る直前の雨期、ベイルたちが暮らす建物自体には相当ガタが来ていた。
ひどいところでは天井から雨が滲み出してもいた。
元々ノーティス村の教会は無牧師教会で、出張で時々訪れる牧師や、あるいは村人たちが自分たちで色々な儀式や礼拝を執り行う場として教会が設立された。
そのため、当初は牧師たちが生活する建物は存在せず、後に牧師が教会につくこととなり、その際にすぐ隣に居住のための建物が建てられたのだ。
そうはいっても普通に暮らす分にはまったく不満はない。
ノーティス村の財政は、困窮しているというほどではないが、それでも他の大きな町に比べると余裕があるわけではない。
なら――と、ベイルは思ってしまう。
ちらりと隣を見ると、ルナが少し困ったような笑顔を浮かべてこちらを見上げていた。
どうやら、彼女も自分と同じことを思ったらしい。
ベイルは思わず苦笑した。
「ん、どうかしたかい?」
そうしていると、二人の様子を見て怪訝に思ったチャドが不思議そうに聞いてきた。
「いえ、その……、村の貴重な補助金を俺たちのために使っていいのかと思いまして」
「何を言っているんだ、ベイル。二人はこの村に必要な存在だ。それに元々今回の補助金はベイルたちのお陰ででるようなものなんだから、二人のために使うのは当たり前のことだよ」
「――ッ、……ありがとうございます」
チャドが何気なく放った言葉に、ベイルは一瞬言葉を失い、それから僅かに俯きながら感謝の言葉を口にする。
そんなベイルの様子に、チャドは戸惑いながら「う、うん……」と頷き返した。
◆ ◆
「それじゃあ、詳しいことは決まり次第、また」
「はい、ありがとうございました」
話を終え、ベイルたちに手を振りながらチャドが教会から出て行く。
それを見送るベイルに、ルナが声をかける。
「突然の話で、驚きましたね」
「ええ、普通に問題なく暮らせていましたから。……ですが、確かに結構ガタが来てはいますね」
「どういう感じに作業をするんでしょう」
「俺は大工でもなんでもないですからね、その辺りのことはよくわかりません。まあ、チャドさんの腕を信じることにしましょう」
今回の改修工事は、チャドが指揮を執ることになったらしい。
師匠の下で日々大工として必要な知識や技術を学んでいるチャドであったが、最近の働きを認められて師匠に今回の仕事を命じられたのだそうだ。
勿論、チャドの師匠も現場には関わる。
「あり得ない話ですが、もし工事が失敗して住む場所がなくなったとしても、庭にテントでもはればいいですしね」
「ふふっ、楽しそうですね。……もうすぐ秋ですし、時々本当に庭で野宿をしてみたいです」
「家の庭で野宿って、話だけを聞くと少し滑稽ですね」
自分の冗談に意外にも乗り気なルナに苦笑しながら、しかしベイルは頭の中に留めておく。
庭で野宿をする光景を思い描いて傍で楽しそうにルナが笑っているのだ。
その笑顔を見るためなら、やってみる価値は十二分にある。
(秋になれば、聖女様の体の負担も減るだろうしな……)
そんなことを思いながらベイルは教会の中へと戻る。
すると、その背にルナが声をかけた。
「ベイルくん」
「はい……?」
振り返ると、ルナがこちらを真っ直ぐと見つめていた。
そして、満面の笑顔を浮かべて言った。
「チャドさんの言葉、嬉しかったですねっ」
「……はい、本当に」
ベイルは一瞬その笑顔に見惚れて、それから力強く頷いた。
自分たちがこの村に必要な存在だ。
そう言ってくれたチャドの言葉がどれほど嬉しかったか。
ベイルは大きく息を吐き出すと、ルナに向けて手を伸ばす。
「さあ、午後も頑張りましょう」
「はい!」




