三十八話 帰路
更新遅くなりました、ごめんなさい!(土下座)
勲章授与式と共和国の大統領であるゴードンとの茶会を終えて、ベイルたちは手配された馬車に乗って国都を出立した。
比較的まだ人の往来が多い国都とすぐ近くの街道を進む中、ベイルは対面に座るルナに声をかける。
「お疲れ様でした。イレギュラーなこともありましたが、なんとか乗り切ることができましたね」
「ベイルくんこそ、お疲れ様ですっ。本当に、まさか大統領とお茶会をすることになるなんて思ってもなかったです。わ、私、変じゃなかったですよね?」
不安げに、若干上目遣いでそう問うてきたルナにベイルは苦笑しながら小さく頷き返す。
「ええ。むしろ俺の振る舞いの方がまずかったぐらいです」
本来であれば雑談もそこそこに、適当に相手にあわせてお茶会を切り替えるぐらいが一国の長に対する振る舞いでは正しいのだろう。
加えてベイルたちにはあまり目立つべきではない理由があるのだから。
その点で言えばルナはうまくやったと言える。
緊張し、萎縮していただけとはいえ、彼女の方から口を開くことはなかった。
対してベイルは積極的にゴードンと会話してしまったように思える。
「ふふっ、そうですね」
「ん? どうかしましたか」
突然くすりと笑ったルナに向けて首を傾げた。
一体今のどこに笑うようなことがあったのか。
「気付いてなかったんですか? ベイルくんが積極的に話していたときの話題は、ほとんどがギリアン様に関することだったんですよ?」
言われてみれば、とベイルは先刻の話を振り返る。
そもそもからしてゴードンとのお茶会で話題になったのが殆ど共和国の勇者――ギリアンに関することだったとはいえ、確かにギリアンに関する話題の時だけ明らかに饒舌になっていた。
ルナはなおもにこやかに笑いながら語りかける。
「ギリアン様についての話があるたびに、ベイルくんはギリアン様を庇っているようでした。……ベイルくんは、ギリアン様のことをとても気に入ったんですねっ」
「どうして聖女様が嬉しそうにしているのかわかりませんが、……それはあり得ないですよ」
そう、あり得ない。
確かに彼の信条や覚悟に理解を示さないわけでもないが、それでも彼に対して抱いた第一印象が揺らぐことはない。
彼が自分のことを嫌うように、そこは変わらない。
だから、ベイルとギリアンの間にあるのは友情などでは決してなくって、恐らくはただの理解だ。
互いが掲げる理想への理解。
互いのそれがこの先何があろうとも揺らぐことがないであろうという事実への理解。
あの場でギリアンを庇ったのは、彼にも庇ってもらった恩義があったからそれを返したに過ぎない。
(……そういえば、あそこに行ってみるべきだったか)
ふと、脳裏によぎったのはギリアンが教会を出立する日に手渡してきた一枚の紙。
そこに記されていた、ギリアンが国都に戻れば必ず泊まっているという宿の場所と名前だった。
折角国都に来る機会があったのだから、行ってみてもよかったかもしれない。
そう思ったベイルだったが、すぐに首を横に振ると僅かに口角を上げた。
(それこそ、あり得ないよな)
宿に行ったところで、ギリアンにこれといった用があるわけでもない。
何も共和国の勇者と積極的に関わる必要もないだろう。
「それよりもどうでしたか、国都は。時間がなかったので全部を見て回ることはできませんでしたが」
「とっても楽しかったですっ。目新しいものがたくさんあって、美味しい物も食べられて、何より久しぶりにベイルくんと一緒に出かけられましたから」
「――――」
ベイルの問いかけに、ルナは満面の笑みでそう答える。
確かに、彼女の言うとおり二人きりででかけるということはここ最近滅多にない。
ノーティス村の中を回るときは大抵村の人が声をかけてくるし、村の外に行くときも大抵誰かがついてきている。
……しかし、いくら事実であっても笑顔で楽しげにそんなことを言われると、どう返せばいいかわからなくなってしまう。
「ベイルくん……?」
「――ッ!」
突然黙り込んでしまったベイルを心配そうにルナが覗き込んできた。
思わず仰け反る。
そして車窓の外へと視線をやりながら、「俺も楽しかったですよ」と呟いた。
その言葉を聞いて一層嬉しそうにするルナに若干気圧されながら、ベイルはそのまま車窓の外の景色に視線を送り続ける。
「…………!」
暫く無言が続いていた車内だったが、突然ベイルは顔を険しくすると、先ほどまではぼんやりと車窓の外の景色を眺めていた視線を一転、鋭く、睨み付けるような眼差しへと変えた。
と同時に、ルナが少し小さな声でポツリと呟いた。
「あの、ベイルくん。……ありがとうございました」
「と、突然どうしたんですか」
すぐさま表情を緩めて、ルナの方へと向き直る。
すると、彼女は少し顔を伏せた状態で申し訳なさそうにしていた。
「ベイルくんはさっき自分も楽しかったって言ってくれましたけど、私知ってるんです。国都にいた間、ベイルくんがずっと周りを警戒してくれていたこと。ごめんなさい、また私ベイルくんに余計な負担を――」
しゅんと小さくなるルナを見かねて、ベイルは思わず彼女に両手を伸ばした。
ローブの上から、ルナの両頬を挟む。
「ふぇ、ふぇいるくん!?」
顔を真っ赤にして戸惑いの声を上げるルナの顔を真正面から見つめて、ベイルは言った。
「俺は、楽しかったですよ」
先ほども口にした言葉をもう一度。
確かに彼女の言うとおり常に周囲に意識を張り巡らせていたけれど、それでも自分もまた同じように楽しんでいたのだと。
勘違いしているらしい彼女の目を見てハッキリと告げる。
ベイルの真剣な眼差しを受けて、ルナは固まった。
そんな彼女の両頬を両手で押さえたまま、ベイルは無言で見つめる。
「っ!」
突然、街道の窪みに脚を取られたらしく馬車が大きく揺れた。
両頬を抑えるために前のめりになっていたベイルだったが、その驚異的な身体能力で体勢を崩すことはなかった。
しかし代わりにルナが車体の揺れに大きく体を揺らされ、ベイルの胸の中に飛び込む格好となった。
「……え、えっと、ごめんなさい!」
沈黙も束の間、ルナは慌てて飛び跳ねるようにしてベイルの胸元から離れると、恥ずかしげに顔を伏せた。
ベイルもまた天井を見上げながら右手で顔を覆った。
◆ ◆
その日の夜。
街道沿いの宿場町で一夜を明かすこととなったルナたちは、町の中の宿にてそれぞれ休息をとっていた。
すでに夕食を取り終え、後は明日に備えて眠るだけだ。
いくら上等の馬車とはいえ、長い間乗っていると全身が辛くなる。
ベイルもまたあてがわれた部屋のベッドに横になり、体を休めていた。
暫くの間そうしていたベイルだったが、丁度日を跨いだ頃になって、パチリと目を開いた。
そして、ルナが泊まっている隣室の方をジッと見つめる。
物音一つしないことを確認して、ベイルはベッドを降りた。
「そろそろ、頃合いか」
そう小さく呟いてから、ベイルはそっと静かに部屋を出た。




