三十七話 勲章授与式
レストランにて間食、もとい昼食をとりおえたベイルたちは勲章授与式のために早々に官邸へと引き返した。 戻ってきた二人をジャスタスが出迎え、それから昨日滞在した部屋とは別の、フカフカのソファが中央に置かれた部屋へと通される。
そこで、今日の勲章授与式に関する一連の流れの説明を受けることとなった。
といっても、ベイルたちがやることは特にない。
勲章授与が行われる部屋に赴き、基本的には部屋の中央で突っ立っているだけでいい。
「――以上が今回の一連の流れになります。何かご質問は?」
「いえ、大丈夫です」
話を終えたジャスタスが二人に問いかける。
その問いに、ベイルたちは小さく首を横に振った。
質問がないことをどうとったのか、ジャスタスは少し優しい笑みを浮かべる。
「そう緊張されなくても大丈夫です。そう長くはありませんから」
「は、はあ……」
そもそも、特に緊張していないのだが。
ベイルは内心でそんなことを思いながら、しかし曖昧な笑みで応じた。
よくよく考えれば、ただの国民が大統領と会うなど緊張どころの話ではないだろう。
しかし、教皇国で神官を務めていたベイルにとって、そして神殿に幽閉されていたルナにとっても、今回のことは緊張するほどのことではない。
そのことを悟られても面倒なので、ベイルは緊張している風に装ってみる。
すると、ジャスタスは更に笑みを深めた。
◆ ◆
そうして、いよいよ勲章授与式の時間になった。
二人はジャスタスの後ろを追従する。
真っ赤な絨毯が敷かれた廊下。
玄関ホールからは遠い、官邸の奥へと向かっていく。
少しして、突き当たりに現れた扉の前で立ち止まると、ジャスタスはスッと後ろへ下がる。
同時に扉が中から開かれた。
部屋の床も廊下と同じ真っ赤な絨毯が敷かれていて、部屋の最奥には共和国の国旗が掲げられている。
壁際には礼服に身を包んだ十数人の男たちが整然と立ち並んでいる。
そして、国旗の少し前に一人の壮年の男性がベイルたちを出迎えるようにして立っていた。
先ほどのジャスタスの説明からするに、彼がスチュアート共和国現大統領、ゴードン・マグドネルに相違ないだろう。
くすんだ金色の髪はよく整えられている。
青い瞳は静かにベイルたちに向けられていて、しかしその奥に潜む彼の考えまでは読み取れない。
(なるほど、国を統べる人間の顔だ)
一目見て、ベイルはゴードンにそんな印象を抱いた。
二人はゆっくりと部屋の中に入ると、ゴードンのいる方へと向かい、部屋の中央で止まった。
すると、壁際に控えていた男たちの中の一人が懐から紙の上包みを取り出す。
その中に仕舞われている折り目のついた一通の紙をガサガサと開き、コホンと咳をしてから声を発した。
「あ-、此度勲章を授与される者は、南方の山脈における魔獣の調査及びその討伐に赴いたギリアン・レドモンド一行に同行し、その任務遂行に多大な尽力を注がれたものであります」
朗々と、紙に記されていることを読み上げる男性。
今回勲章を授与するに至った理由、つまりはベイルたちの功績を読み上げる。
ベイルたちに勲章授与という形で恩を売り、ギリアンの失態をなかったことにしようという今回の茶番。
功績を読み上げる男も、その周りに佇む十数人の恐らくは議員たちも、そして目の前に立つ大統領も。
その全てがひどく醜く、そして空虚に映る。
唯一、隣に立つ少女一人を除いて。
気付くと、朗読が終わっていた。
慣れた物腰でゴードンは一歩ずつ落ち着いた足取りでベイルたちへと近付いてくる。
それを追うように、すぐ脇に賞状盆を両手で支える男が迫る。
「先に述べられたように、君たちの功績は計り知れないものだ。南方の秩序を取り戻すために命を賭して尽力してくれた君たちが、我が国の国民であることを誇りに思う。これは、その恩賞だ」
賞状盆から煌びやかに輝きを放つ、細やかな装飾が施された勲章を取りだし、まずはルナに、そしてベイルへとそれぞれゴードンが手渡してくる。
ベイルはそれを両手で厳かに受け取った。
勲章を渡し終え、ゴードンはそれまでの引き締まった顔を一転ふにゃりと弛緩させた。
「これで勲章授与は終わりだ。お疲れ様」
「あ、ありがとうございます……」
ここで初めてベイルはゴードンに対して口を開いた。
(調子が狂うな……)
今回の茶番を仕組んだ張本人であるからして、きっと腹の底にはそれこそ教皇と変わらない暗いものを持っているに違いないと思っていたし、この部屋に来て彼を見たときもその認識は正しいと確信していた。
だが、今こうして柔和な表情で話すゴードンは気さくなおじさんといった感じだ。
とても、ベイルの知る国のトップの姿ではない。
困惑するベイルをよそに、ゴードンは更に混乱することを言い放った。
「うん、どうだろう。今日の催しはこれで終わりだけど、折角遠い地からわざわざ呼び立てたんだ。この後私の部屋でお茶というのは」
「……え?」
◆ ◆
――おかしいだろ!!
ゴードンの私室で、ベイルは心の中で思い切り突っ込んでいた。
もちろん、この状況について。
「この茶葉は我が国の名産品なんだよ。どうかな?」
「お、美味しいです」
対面で嬉しそうに話しかけてくるゴードンに応じながら、ベイルはまた一口紅茶を口元に運ぶ。
彼の横ではルナが居心地が悪そうに身を縮こまらせていた。
どうやら、ここでの応対を全てベイルに任せるつもりらしい。
自国の茶葉を褒められたことに気をよくしたのか、ゴードンは嬉しそうに微笑みながら彼自身紅茶に舌を濡らす。
このまま黙っているのも決まりが悪い。
ベイルは何か話題はないかと考え、そして口を開いた。
「あの、いつもこんなことをしているんですか」
「こんなことというのは?」
「勲章授与を終えた者を、今回のように自室に招き入れているのかなと」
自分たちだけを招いているのならば、そこには更に何か別の理由が存在することになる。
つまりは、ベイルたちの何かを狙っているのかもしれない。
あるいは、自分たちの正体を勘付かれていたり。
そんなベイルの警戒に反して、ゴードンは「そうだよ」と頷き返す。
「我が国の発展に尽力してくれた貴重な人材だ、親睦を深めておいて損はないからね」
為政者らしい答えだと、ベイルは深く笑んだ。
損得勘定は政治の基本だ。
もちろん、一時の損得に目がくらんだ為政者には滅びが待っているが。
「今回は本当にすまなかったね。彼にはよく注意しておいたよ。まさか命令に背くとは思わなかった」
「……彼は、別に命令に背いたというわけではないですよ。ただ自分の信条に従っただけで」
胸の中でギリアンのことを思い浮かべながらゴードンに応じる。
彼はまさしく損得勘定で動いていた。
救える人間の数で動き、それこそが正しいと信じて。
今回のことも、たまたまベイルが魔獣と遭遇したから起こったことで、あるいは誰も南方の山脈に向かっていなければ結果としてギリアンのやり方も正しかったはずだ。
ベイルの返答にゴードンは「そうだね。うん、その通りだ」と自身に言い聞かせるように呟いた。
それからティーカップをそっとソーサーの上に戻し、大仰に両手を広げる。
「彼もまた世間で言う勇者らしく戦っている。そのことを誤解せずにわかってくれていて、私も嬉しいよ」
その言葉が、暗に今回のことを問題にするなよと告げてきていることはゴードンの目を見てわかった。
食えない男だ。
ベイルは僅かに眉を寄せながらそれを隠すように紅茶を口に流し込む。
この紅茶は、少し苦かった。




