三十四話 国都
「聖女様、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫ですっ」
ノーティス村を出立して丸二日ほど。
道中、宿場町の宿で休憩を挟みながらの長い旅路もいよいよ残すところ僅かとなってきた。
一応勲章を与えられる二人にあてがわれた馬車は一般的なものよりも幾分か上等なものだが、それでもこの長い道のりで気分も悪くなる。
特にルナは馬車に乗ること自体がそうあることではない。
対面の席で少し気分が悪そうにしている彼女にベイルは気遣うように声をかけた。
「もうすぐで国都に着きます。もう少し頑張ってください」
「はい。ベイルくんの方こそ、大丈夫ですか?」
「俺は大丈夫です。こう見えても結構鍛えていますから」
そう言ってベイルは力こぶを作ってみせる。
が、いかんせん長袖の神父服を着ているためにそれを見ることはできない。
外見的には少し細身の体つきに見えるが、その実ベイルの体は敏捷さを損なわないために引き締まったものになっている。
以前、偶然にも風呂上がりで半裸のベイルと遭遇したルナはそのことをよくわかっている。
「――っ」
脳裏にそのときの光景が蘇り、ルナは真っ青な顔を一転羞恥に赤く染めて俯く。
そんなルナの様子にベイルは彼女が馬車の揺れに気分を害したのかと勘違いして慌てて声をかける。
ルナはまたしても「だ、大丈夫ですからっ」と返し、両手で熱くなった頬を押さえた。
そうこうしているうちに、馬車は草原の街道を抜けて車内を国都の明かりが照らし始めた。
「あっ、ベイルくん見てください! 国都ですよっ」
進行方向を向いて座っていたルナがいち早くそれに気付き、窓に身を張り付けながら指差す。
ベイルも振り返り、窓の外を確認した。
辺りの草原はすっかり夜の闇に覆われているというのに、国都だけはその中で輝きを放っていた。
馬車は、誘われるようにしてその光の中へと入っていく。
関所を超えていよいよ国都の中に入ると、こんな時間だというのに人々の喧騒が二人を襲う。
当たり前だが、ノーティス村とは天と地ほどの差だ。
「凄い、ですね……」
圧倒されたように、ルナがぼそりと呟いた。
ベイルもまた頷き返す。
(国によって、都の在り方はこんなにも違うものなのか……)
教皇国の都――皇都も栄えてはいたが、この国都ほど賑わっていたわけではない。
誰もが神官の力に怯え、また崇拝し、日々の生活を営んでいた。
そこには絶対的な秩序があり、犯すことのできない法があった。
恐らくは、この国都よりもよっぽど完璧な都市だっただろう。
だが、誰もが神に怯えて死んだように生きていたあの皇都の在り方が健全だったかと問われれば、外の世界を知ってしまったベイルには否と答えるほかない。
(少し前まで弾圧する側にいた人間が、何をいまさら)
ふっと薄く笑みを浮かべる。
ただ盲目に、任務を遂行するだけの道具となり果てていたあの頃の自分の罪が消えるとは思っていない。
だから、教皇国の異常さを知った今となっては彼ら教皇国や帝国の民たちを救いたいという想いもある。
その中には、もちろん神殿に使える神官たちも含まれている。
神を崇拝する彼らも、神の正体を知れば何を信じるべきなのか考えなおすはずだ。
(そういえば、あいつらはどうしてるんだ)
ふと脳裏に、七天神官の面々の姿がよぎった。
中でも、自分のことを何故か慕ってくれていた一人の少女の姿が瞼の裏に投影される。
「ベイルくん……?」
黙ったまま考え込んだベイルを、ルナが不思議そうに覗き込んでくる。
ベイルは慌てて頭を振ると、「賑わいに圧倒されていました」と呟きながら窓の外の景色に視線を移した。
◆◆
馬車は国都の外れに建つ、人二人ほどの高さのある塀で仕切られた建物の中へと入っていった。
どうやら、ここは大統領やその一家が住まう官邸らしい。
中には警備の兵が何人も巡回している。
白い柱が幾本も建てられた玄関近くで馬車はゆっくりと停まった。
「本日はもう遅いですので、まずは疲れを癒されてください。勲章授与は、明日行う手筈となっております」
馬車を降りると、外で待機していたジャスタスがベイルたちに頭を下げながらそう言ってきた。
そのまま、ジャスタスについていく形で官邸内に入る。
だだっ広い玄関ホールでは、侍従たちが控えていた。
ジャスタスが侍従たちに「この者たちをもてなすように」と厳命する中、ベイルは建物の中に視線を巡らせていた。
(立派な建物に、何十人もの侍従ね。ここだけ見たら皇帝なんかとあまり違いがないな)
大統領とはいえ、一国を束ねる長だ。
これほどの待遇を受けて然るべきなのだろうが、どうにも受け入れがたいものがある。
それは恐らく、今回保身のことだけを考えて自分たちに勲章を与えようとしていることが尾を引いているのだろう。
ベイルがそんなことを考えていると、メイド服を着た侍従が一人歩み寄ってきた。
「一度、お部屋へご案内いたします。どうぞこちらへ」
優雅な所作で、侍従がベイルたちを案内する。
長く、広い廊下。
壁には何枚もの絵画が並べられ、所々に高そうな壺が置かれている。
「ベイルくんベイルくん、あの絵画凄く綺麗ですねっ」
前を歩く侍従の目を気にしてか、ルナが前方の絵画を指差しながら囁くように声をかけてきた。
ベイルもその絵画の方を見るが、よくわからなかった。
だが、どこか楽しそうにしているルナを見ることができただけでもその絵画には十分な価値がある。
「そうですね、本当に綺麗です」
ベイルは絵画の方ではなく、ルナに視線をやりながら首肯した。
「こちらです」
そうこうしているうちに侍従が足を止めて目の前の扉を開け、室内を指し示す。
ルナは会釈しながら部屋の中に入った。
「……えーと、すみません。俺の、いえ、私の部屋は?」
室内に入っていくルナを見送りながら、廊下にて待機していたベイルは侍従が一向にこの部屋から離れようとしないことを不思議に思いながら訊ねる。
すると、侍従もまた困惑気味に応じた。
「お二方は同じお部屋にお通しするように命じられていますが」
「え?」
「ふぇっ!?」
室内で、ルナが荷物をドサリと床に落とす音が廊下にまで木霊した。




