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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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三十三話 出立

 この日、ベイルとルナの二人は村の自警団の人間に呼ばれて村長の家へと足を運んでいた。

 なんでも、火急の用だとか。


 村長の家の応接間で待ちながら、ルナは不思議そうに首を傾げた。


「一体、何の御用なんでしょう」

「皆目見当がつきません。村長は余り目立った行動はされない方ですからね」


 ノーティス村の村長であるグレッグは、今年で七十歳だ。

 聞くところによると、三十年以上も村長の任に就いているらしく、村民からの信頼は厚い。

 グレッグ自身に欲がなく、基本的に何もしないのだ。


 集団のリーダーとしてそれがいいことなのか悪いことなのかは賛否があるかもしれないが、少なくとも争いとは殆ど縁のない辺境の村の長としてはこれぐらいがちょうどいいのだろう。


 そして、そんなグレッグが特定の誰かを呼び出すことはそうあることではない。

 当人を自分の家に招き入れて、直接伝えなければならないほどの要件などないはずだ。


 それこそ、以前にギリアンがこの村を訪れた時、教会に彼が留まることを告げられた時以来だ。


(……まさか、また誰か外部の人間が教会に泊まるなんてことが?)


 嫌な予感が脳裏をよぎる。

 どうあれ面倒で、そして厄介ごとが舞い込んできそうな気がする。


 そんなことを考えていると、応接間の扉がゆっくりと開かれた。


「待たせてすまんのぅ」


 そう言って室内に入ってきたのは、腰をくの字に曲げて杖を片手に持つ、顎の立派な白髭が特徴の老人――グレッグだった。

 そして彼に続いて、糊の効いた立派な正装に身を包んだ男が一人入ってきた。

 一体誰だろうと思いながら、二人の動向を眺める。


 グレッグはその男にベイルたちの正面の席に座るよう勧める。

 彼が腰を下ろしたのを確認して、グレッグもまたソファに座った。


「あの、村長。今日は一体どのような御用でしょうか。もしや、今回はこちらの方が教会に?」


 農具などを持ったことがないような、痩せた体躯の男をチラリと見やりながらベイルは問う。

 するとグレッグはしゃがれた笑い声を零した。


「まあまあ、そう警戒されるな。今回はお二人にとって良い話じゃからの」

「良い話、ですか?」


 グレッグの言葉に、ルナとベイルは眉を寄せながら見つめ合う。


「詳しい話はこちらの方からお話しいただく。では、後は頼みますぞ」


 グレッグは隣の男を手で示しながらそう口にした。

 すると、ここで初めて男が口を開いた。


「初めまして。わたくしスチュアート共和国中央議会の命により使者として参りました、ジャスタス・オスターと申します」

「中央議会……?」


 ベイルたちが居を構えるこのノーティス村は、スチュアート共和国領だ。


 共和国は自由を国是とする多神教国家であり、君主はおらず、国家の代表は選挙によって選ばれた大統領がなる。

 そしてその大統領の下に有識者が集い、国の様々な施策や方針を議論し合うのが中央議会だ。


 そんな中央議会の人間が片田舎の村の教会に勤める一牧師たちに何の要件なのか。

 二人の疑問を、ジャスタスは温和な笑みと共に解消する。


「この度、お二人に勲章を授与することが決まりました。調査隊と共に南部一帯の魔獣掃討に尽力されたその功績を評価してのことになります。そして急な話となり大変恐縮ではございますが、今日にでも国都の方へ出立させていただければと思っております」

「勲章……」

「ベイルくん、ルナくん、これは本当に名誉なことなのじゃ」


 困惑気味に呟きを零したベイルに、グレッグが身を乗り出して諭すように語り掛けてきた。

「昔、まだ戦乱のただなかであった頃はいざ知らず、今のように表立った争いのない時代では勲章を授与される者は年間に十数名。その中に選ばれたのはこの上ない栄誉じゃ。この村からそのような者が出たことを村長としても誇りに思っとる」

「それは理解していますが、しかし俺たちはただ付き添いとして南部の山脈に赴いただけで、勲章を授与されるほどの働きはしていないと自覚しています。この度のお話は本当にありがたいことだと思っていますが、やはり俺たちには相応しくない栄誉かと」


 ギリアンには、自分たちが魔獣を倒したことは報告しない様に予め頼んでいた。

 中央議会にはせいぜい彼らに南部の山脈の道案内をした、程度の認識しかされていないはずだ。

 その程度の働きしかしていないとされている自分たちに勲章が与えられるのはどうにも解せない。


 ベイルがやんわりと辞退をほのめかす物言いをすると、しかしジャスタスは首を横に振った。


「それは過小評価でございます。兵士でもなければ魔獣討伐の任を帯びた者でもない、言うなればただの一国民に過ぎないお二人が危険を承知で魔獣が渦巻く地へと赴いた。此度の勲章授与の話は、その勇気を讃えてのものであります。謙遜されることはありません」


 ジャスタスは笑顔を張り付けて諭すようにそう語りかけてきた。

 だが、ベイルにはどうにもその笑顔がひどく胡散臭く見える。


 確かに一国民が魔獣と相対するなど通常では考えられない。

 それを功績と呼ぶのなら、あるいはその通りなのかもしれないが、それでもやはり勲章を与えられるほどのことなのか。


(……いや、違うな)


 そこまで考えて、ベイルは一つの仮説にたどり着く。

 ジャスタスの言うことが全て思ってもいないことだったと仮定して、だというのに中央議会が自分たちに勲章を与えようとする理由。


(失態の埋め合わせってところか)


 南部の調査を命じられたギリアンがそれをすることなく余所の土地の調査に向かったために、ベイルが魔獣と遭遇してしまったことは議会にも報告にあがっていたのだろう。

 国が魔獣の調査を怠り、国民が危険にさらされたと知れば少なからず不満や疑念がわき上がる。


 それを隠すための、勲章授与。


 上に立つ人間はどうしてこう回りくどいことをするのか。

 ベイルは内心でため息を吐く。


 借りにも逃亡中の身であるルナたちとしてはあまり目立った動きをしたくないというのが正直なところだ。

 国都ともなれば、人の目はこんな辺境の村と比較にならないほどだろう。

 しかし一方で、こういう裏の意図を持った者の提案を断ることが難しいこともまたよく理解している。


 ベイルが眉間に皺を寄せて思案していると、不意にルナが彼の袖を掴んだ。


「聖女様……?」

「ベイルくん。折角のお話です、お受けしましょう」

「――ッ、……そうですね」


 彼女の提案に一瞬驚く。

 衆目に晒されることのリスクは、彼女も十分に理解しているはずだ。


 にも関わらずこのような提案をしてきたということは、多分彼女もわかっているのだろう。

 ここで勲章の話を断れば、何かもっと面倒なことになっていくことを。


 彼女のどこか力強い笑みからその考えを察したベイルは即座に頷き返した。

 二人の返答にジャスタスは満足げに笑みを深めると、小さく頭を下げた。


◆◆


「聖女様、準備はよろしいですか?」


 今日にでも出立するということでベイルたちは一度教会に戻り、荷物を纏めていた。

 ベイルはそれほど荷物が多くないためすぐに纏め終え、礼拝堂にてルナを待っていたところだ。


 そこにルナが現れ、ベイルは確認の声をかける。

 ルナは微笑み返しながら、「はいっ」と頷いた。

 その様子に、ベイルは首を傾げる。


「聖女様、なんだか楽しそうですね」

「そ、そう見えますか?」

「はい。今の反応なんか特に」


 ベイルの指摘に返したルナの言葉は僅かに上擦っていた。

 図星を指されたときの反応だと、ベイルはくすりと笑む。

 ルナはむっと頬を膨らませるとそっぽを向きながら不満そうに唇を尖らせた。


「なんだか悔しいです」

「悔しいって、何がですか?」

「全部見透かされているような気がして、悔しいですっ」


 下から見上げるように睨まれても、全く迫力がない。

 ベイルは苦笑しながら頬を掻く。


「まあ、俺は聖女様のことは何でも分かっているつもりですからね。何年一緒に居ると思っているんですか」


 出会ってからの時間はそれこそ世間でいう幼馴染ほど長いものではないけれど、一日中殆ど一緒に居るのだ。

 一日の濃さが違う。


 すると、ルナは僅かに俯くと、ボソッと零した。


「……何でもは、わかっていないですよ」

「え?」

「ふふっ、なんでもないですよー」


 勝ち誇った笑みを浮かべるルナの態度に、ベイルはますます不思議そうに首を傾げる。

 と、不意にルナが話題を戻した。


「さっきの話ですけど、私楽しみなんです。ベイルくんと他の場所に行くことが。……こういうことを考えている場合じゃないってことはわかっているんですけど」


 胸の前で両手の指を合わせながら嬉しそうにルナは話す。

 その言葉に、ベイルは思わず言葉を失った。


 この一年の間、ルナが過ごしてきた世界はノーティス村とその周辺の限られた土地のみ。

 それ以前は、神殿が全てだった。


 そんな彼女が見知らぬ土地へ赴くことに憧れを抱くのは当然の流れだ。


(そう考えると、今回の勲章の話はよかったのかもしれないな)


 この国に来て以来教皇国の追手と遭遇しなかったために忘れそうになるが、いまだにベイルたちは逃亡の身。あまり外をうろつくことは控えるべきだ。

 しかし今回のように外に出ざるを得ない理由を与えられたのなら、少しぐらいは仕方がないと自分たちへ言い訳もできる。


(随分と呑気で楽観的な考え方だ。……だけど、俺が彼女に与えたかったものはきっとそういうものだから)


 自分の考えがひどく甘いものであると自覚しているのか、ルナは俯いたまま両手の指を絡めている。

 そんな彼女の手の上に、ベイルはそっと自分の手を乗せる。


「聖女様。行きましょうか」

「……はいっ!」


 ルナは彼の手を優しく握り返すと、微笑みかけてくるベイルを見つめ返して満面の笑みを浮かべた。

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