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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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三十二話 我儘

「ということなんですが、何か聖女様の負担を減らす方法はないですか?」


 打ち水を行った次の日の夕方、ベイルはノーティス村唯一の診療所を訪れていた。

 診療所で働くこれまた村唯一の医者であるアドレー・ロットンに、ルナの体質を改善する方法がないものか相談するためだ。


 アドレーは「ふぅむ」と首を傾げながら髪の毛一本もない禿げ頭を悩まし気に撫でる。

 それから不意に立ち上がると壁際の薬品棚へ歩み寄り、中を探り出した。


「根本的な解決にはなりませんがな。どれ、これを試されるといい」


 そう言って、アドレーは小瓶を一つベイルに差し出した。

 それを受け取りながらベイルは首を傾げる。


「これは?」

「それはハッカ油と言いましてな、風呂に数滴入れるだけでひんやりと感じられるんですよ。この時期です、きっと湯につかるのも相当な負担でしょう」

「確かに、最近のぼせ気味ですね」


 アドレーの指摘に、ベイルは頷き返す。


「他にも色々と使い道はありますからな、持っておいて損はないでしょう。どうぞ、持って行ってください」

「いいんですか?」

「もちろんですよ。聖女様には日頃からお世話になっておりますからな。これは些細ですがそのお礼ですよ」

「っ、ありがとうございます。早速今夜にでも使ってみます!」


 アドレーに深く頭を下げた後、ベイルは小瓶を強く握って勢いよく立ち上がった。


◆◆


「お帰りなさい、ベイルくん!」

「ただいま戻りました、聖女様」


 教会へ帰宅して早々に、礼拝堂にいたルナが出迎えの声をかけてくれる。

 その声に応じながら、ベイルは彼女に元気がないことに気付いた。

 額には汗が滲み出ている。


 ひとまずハッカ油のことは後にして、ベイルは早々に夕食の準備に取り掛かった。

 そして、夕食を摂り終えたベイルは早々にルナに向けてハッカ油の詰められた小瓶を取り出し、彼女の目を真正面から見つめて告げた。


「お風呂に入りましょう」

「ベ、ベベ、ベイルくんと一緒にですか!?!?」

「ち、違います!」


 顔を真っ赤にしてガタリと席を立ち上がったルナに、ベイルもまた赤面しながら即座にとんでもない勘違いを否定する。

 そして、手にしている小瓶が何であるか、どのように使うかを説明した。


「な、なんだ、そうだったんですね。私てっきり……」


 ベイルの発言の意図を理解したルナは恥ずかしげに席に座り直すと、少し不満そうに声を漏らす。

 それに気付かずにベイルは立ち上がると、「どれぐらい入れたらいいかわからないので、俺が先に試してみますね」と言い残して風呂場へと向かった。


◆◆


「は~っ」


 風呂から上がったベイルは食堂に戻り、水の入ったコップを片手に椅子に腰を下ろした。

 体は温まってはいるが、鬱陶しく汗が滲み出すことはない。


 熱いお湯に浸かっているはずなのにひんやりと感じる。

 なんとも不思議な感覚だった。


(あの分なら、聖女様も気持ちよく湯船に浸かれるだろうな。……今度アドレーさんに何かお礼をしないと)


 そんなことを考えながら、不意に全身にドッと疲労がのしかかってきた。

 ルナが戻ってくるまでの間、少し休もう。


 そう思って、ベイルは椅子の背もたれに体重を預けながらゆっくりと目を瞑った。


「だ~れだっ」


 突然、目元を心地のいい何かで覆われて、ふわりと甘い香りが鼻孔をくすぐった。


 耳元で囁かれたのは聞き慣れた彼女の声。

 目を開けると、指の間から僅かに光が射し込んできた。


 不意に思いついた妙案に、ベイルは悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「さあ、誰でしょう」


 この教会には二人しかいないのだから、一体誰かなんてのは訊かれるまでもない。

 にもかかわらず、ベイルはあえて惚けた見せた。


 すると今度はルナが戸惑い、慌てる。


「ふぇ、わ、私ですよぅ!」

「わかっていますよ、聖女様」

「……ベイルくんは意地悪です」


 ルナの焦燥が可笑しくて、ベイルは思わず笑った。

 そんな彼の様子に、ルナは頬を膨らます。


 彼女のしなやかな手によって塞がれていた視界が開き、ベイルは改めて背後に立つルナを見る。


 上気した頬。風呂上がりの彼女が身に纏うパジャマは暑さを緩和する為に薄く、彼女の体のラインを映し出す。

 露出が一切ないにもかかわらず、いやに扇情的に見えた。


 思わずベイルは目を逸らしながら「どうでしたか?」と湯加減を尋ねる。

 ルナはまだ水気を含んだ白髪を軽く拭いながら対面の椅子に腰を下ろした。


「とても気持ちよかったですっ。初めは少し不思議な感じがして落ち着きませんでしたけど」

「それはよかったです」


 嬉しそうに応えるルナにベイルは頬を緩めながら、お茶を勧める。

 そして互いに喉を潤しながら、ふとルナが神妙な面持ちで口を開いた。


「私のために色々としてくれて、ありがとうございます。ベイルくん」

「聖女様が喜んでくれたら、俺も嬉しいですから。それにしても、急にどうしたんですか?」

「なんだか私、ベイルくんに我儘ばかり言っている気がして、余計な気を遣わせているんじゃないですか? 今日の夕食も、涼やかなものでしたし」


 夕食はベイルがルナの体調を気遣って、冷たい麺類にした。

 とはいえ、別にそんなことを気にされてもベイルとしては困りものだ。


「俺も食べたかったんですよ。それに、聖女様の方もそんなに俺に気を遣わなくていいんですよ。家族みたいなものじゃないですか」

「……か、家族」


 その一語を反芻し、顔を赤くして俯くルナにベイルも赤面しながら慌てて否定する。


「そ、その、深い意味はないですから! あくまで親愛というかっ」

「わ、わかっています! わかっていますよ……っ」


 慌てた様子でブンブンと何度も頷く。

 このやり取りに既視感を覚えながら、ベイルは落ち着きを取り戻すために大きく息を吐き出す。


 今の言葉に嘘偽りはない。

 だが、親愛を超える想いを抱いていることも自覚している。

 それをルナに悟られかけて、ベイルの胸は激しく鼓動をしていた。


(聖女様も質が悪い。いっそのこと気付いてくれたらどんなに楽か)


 長い間機関に幽閉され、少女としての暮らしをできずにいたのだ。

 そういった心の機微を感じ取れないのは、あるいは仕方のないことかもしれない。


 むしろ最近になって彼女の年相応の振る舞いが散見されるようになり、嬉しく思っている。

 けれど、流石にここまで鈍感でいられるとこちらの心が持たないというものだ。


 とはいえ、この気持ちを明かす気もなく、明かしていいとも思えていない。


 ――ヘタレ牧師。


 今は眠りについているはずの隣人の声が脳裏をよぎる。

 ベイルは思わず隣家の方を見ながら、「うるさい」と小さく呟いた。


「ベイルくん……?」


 彼の呟きがよく聞こえなかったのか、ルナが不思議そうに首を傾げた。

 ベイルは「なんでもないです」と誤魔化した。

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