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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
二章 剥奪と離反

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三十一話 ノーティス村の夏

 共和国の勇者、ギリアン・レドモンド及び南部の山脈に関わるひと騒動が解決し、ノーティス村は平素のような落ち着きを取り戻していた。


 季節は本格的に夏に入り、周囲が山脈に囲まれているノーティス村の暑さは他の地域と比べても厳しいものだ。

 自然、ベイルも漆黒の神父服を脱ぎ去って半袖の白シャツ一枚といった格好になっていた。


 そんな彼に、礼拝堂の長椅子に倒れ伏していたルナがうな垂れながら呟く。


「……暑いです。夏なんて、嫌いです」


 夏への不満を零す彼女の服装は、春と変わっていない。

 全身を覆い隠すフード付きの純白の外套は、この暑さをより一層厳しいものにしているのだろう。


 彼女は生来体が弱く、陽の光に当たりすぎるとすぐに倒れてしまう。

 そのための対策なのだが、夏には相当な負担となってしまう。


「そう言われても、俺は季節を操ることなんてできないですよ」

「むぅ、わかっていますー」


 拗ねたように頬を膨らませてルナが上体を起こす。

 そんな彼女の所作に、祭壇にもたれかかっていたベイルは肩を竦めた。


「あの湖に飛び込んだら、きっと気持ちいいに決まっています……」


 ルナの言う湖が、つい先日訪れた北部の山にある大きな湖であることを察したベイルは即座に首を振る。


「無茶ですよ。この暑さです、日差しを遮るものが何もない草原を横断するだけで力尽きてしまいます」

「そうですよね……。子どもたちはよくこの暑さの中外で遊べますね」


 つい先ほど教会を訪れ、そしてすぐに遊びに行ってくると言い残して飛び出していったヒースを含む村の子どもたちのことを思い返して、信じられないといった様子でそう口にする。

 額に滲み出た汗を拭うルナの姿にさしものベイルもいたたまれなくなったのか、腕を組んで思案し始めた。


 そして、


「そういえば、先日シェリーさんからお聞きしたんですが、玄関先に水を撒くと涼しくなるんだとか」

「今すぐにやりましょう!!」


◆◆


 善は急げということで、ベイルたちは早速水の入った木桶と柄杓を携えて教会の外に出た。

 それから思い思いに適当に水を撒き始める。


「ベイルくんベイルくん、こんなことで本当に涼しくなるんですか?」

「さあ、どうなんでしょう。でもまあ何事もやってみないことにはわかりませんから。それに、涼しくならなかったとしても水を撒いたおかげで土埃がおさえられていますし」


 そう言いながらも、ベイルはどうにかルナをもう少し楽にしてやれないものかと頭の中で考える。


(何か冷たい飲み物でも……いや、飲みすぎたらお腹を壊すな。そうなると水で濡らした布を……この暑さだったらあまり効果は期待できないな)


 神殿にいたころはその辺りの管理が完璧であった。


 神殿にとって貴重な聖女候補、中でもルナは怪我を癒すという稀有な能力を有していた。

 それゆえに比較的大切に扱われていたし、だからこそベイルは彼女の監視に充てられた。


 神殿では、日差しの強い時期になると窓を全て黒い布で覆うことで彼女を守っていたが――、


(そんな真似は、流石にしたくないな)


 彼女の体のことを考えるのならばそれが最善かもしれない。

 けれど、まるで監禁しているようなその行為は彼女の心のことを考えたら果たしてどうなのか。


 答えはわかりきっている。

 何より、ベイル自身としても絶対にそんなことはしたくない。


「――うぷっ!?」


 突然、顔に水をかけられてベイルは思わず咳き込んだ。

 そして即座にその元凶を見つめ返す。


「……あの、聖女様。俺は地面ではないんですが」

「ふふっ、わかっていますよ。それっ!」

「ちょっ! だからどうして俺に――」


 更に水をかけてくるルナの攻撃を、手で遮りながら抗議の声を上げる。


 時々、というより結構前から思っていたことだが、ルナは事あるごとに悪戯をする傾向にあるらしい。

 それ自体は年頃の少女らしいと微笑ましく思うことなのかもしれないが、問題はその標的が大抵自分に向けられていることだ。


 ベイルは小さくため息を零すと服の袖で顔を拭う。

 不意に顔を上げ、遠い北の空を夏らしい分厚い雲が覆っていることに気付き、夕立の訪れを予感した。


◆◆


 神技という特異な力によって、大陸に一大勢力を築いているアポストロ教皇国。

 その皇都の中心に(そび)え立つ、豪華絢爛な神殿の一室を退出した青髪の少女は、小さくため息を吐いた。


「ティア」

「っ、兄さん……!」


 扉のすぐ脇の壁に寄りかかっていた赤髪の青年に声をかけられて、少女の青い瞳がびくりと揺れる。


 二人とも白いマントを纏い、その手には白い手袋。

 青年の方には『Ⅵ』、少女の方には『Ⅶ』の数字が黒い刺繍で刻まれている。


 小柄な少女を見下ろすように、青年は鋭い眼光で睨みつける。

 その眼差しに委縮する少女、ティアに青年は問う。


「ラキアはなんて?」


 今しがたティアが出てきた部屋の中を顎で指示しながらの問いに、少女は躊躇いがちに口を開けた。


「ベイルと聖女候補を、連れ戻せって」

「へぇ。ここ一年悠長に構えていた癖に、今になって慌ててきたってことはそろそろ大きな動きでも起こす気でいるのかねぇ」


 青年はくくっと不気味な笑みを刻むと、「それで?」と顎を上げる。


「あの野郎がどこにいるか、見当はついたってことでいいのか?」

「詳しい場所まではわかっていないみたい。けど、つい先日共和国の方でそれらしい気配を探知したって。下級神官たちが調査に向かったから、私にもそれを追うようにって」

「よりにもよって、共和国ねぇ。はっ、自分の立場も使命も忘れて女と逃げる軟弱者には相応しい逃げ場所かもな」

「……ベイルは、軟弱者なんかじゃないよ」

「ああっ?」


 ティアの呟きに、青年が青筋を立てる。

 同時に、その細い首に手を伸ばした。


「……ぅ、ぁっ」


 小柄なティアは、そのまま青年によって持ち上げられる。

 呻き声を上げてもがき苦しむ彼女に、青年は冷たい声で訊く。


「なぁ、お前はあいつの肩を持つ気なのか? 俺よりも、あいつの」

「っ、にい、さん……っ」

「そんなわけがないよなぁ。この兄を差し置いて、あんな半端者の味方をするなんてよ」


 青年の恫喝に、しかし首を絞められている少女に答える術はない。

 苦しそうにもがくだけのティアに飽きたのか、青年は少女を乱暴に投げ捨てる。


「まあいい、任務はきちんと全うしろよ。もしもあいつが帰還を拒んだら、その時は――わかってるな?」


 始末しろ、と。


 青年の鋭い視線が言外に告げてくる。

 そうしてそのまま青年は立ち去った。


 地面に蹲って咳き込んでいたティアは、少ししてふらふらと立ち上がる。

 目尻に涙を浮かべて首元を押さえながら、ぽつりと呟く。


「心配いらない。……ベイルは、絶対に連れて帰る」

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