三十話 誓い
「……っ」
「お目覚めになられましたか」
小さなうめき声と共に目を開け、焦点の定まらない眼差しで天井をボーッと見つめるギリアンに、ベッドの傍らで彼の様子を見ていたベイルが身を乗り出しながら声をかけた。
曖昧なギリアンの視線が天井から動き、ベイルを捉える。
暫くの沈黙の後、視線を天井へ戻したギリアンは深く息を吐いた。
「……ここは?」
「教会の一室です」
「皆はどうなった?」
「無事ですよ。今は村長の家で休まれているところです。ガランさんもつい先ほど目覚めて、皆さんの下へ向かわれました。念のため、聖女様も同伴されています」
「そうか。無事だったか」
「ええ。ギリアン様と違って、目立った怪我をされていませんでしたから」
言いながら、ベイルはギリアンの腹部に巻かれた包帯へと視線を移した。
ルナによって治療されたとはいえ、何かの拍子に傷が開かないとも限らない。
ギリアンはそっと腹部に巻かれた包帯を指でなぞると、自嘲の笑みと共に上体をゆっくりと起こした。
「……君には、迷惑をかけたな。あれだけ大口を叩いておきながら、このざまだ。結局のところ、この僕も周りと同じくただの弱者だったというわけだ」
彼の顔には出会ってからずっと保たれていた勇者としての、強者としての自信はなかった。
なぜだか、彼にそんな顔をされるのが耐えがたかった。
「いいや、あんたに弱点はなかったよ」
神父としての口調をやめて、ベイルは深い確信をもってそう声をかける。
事実として、ギリアンには一切の弱点がなかった。
ガランが現れなければ、彼の奥義のよって魔獣は一掃されていたはずだ。
しかしギリアンはふっと笑みを小さく零すと、「いいや」と首を横に振った。
「仲間の想いをくみ取れなかったのは、僕の落ち度だ。僕は彼らにきちんと役割を与えたつもりだったし、成長を促したつもりだったが、同時に彼らに劣等感も与えてしまっていたんだろう。今回はたまたまガランが行動を起こしただけで、皆同じ思いだったはずだ。ただ、誰が動いたか、いつ動いたかが違っただけで。……つまるところ、僕は仲間を持つにはまだ若すぎたということだ」
それは自分に言い聞かせるような力を持っていて、ベイルは返す言葉に窮した。
そんなことにまで責任を課していたら、きっとこの世に何も間違いも弱点もない人間はいないはずだ。
しかし、勇者として完璧を求めるギリアンはそれを認めはしないだろう。その事実に安住することはないだろう。
「ルナのことも諦めよう。僕にはその資格がない」
「資格?」
反芻すると、ギリアンは小さく頷いた。
「僕は、彼女の力はこんな辺境の地で細々と使われるべきではないと言ったし、その考えは今でも変わらない。より多くの人間を救うことができるのなら、そうする義務があると思っている」
ルナの力を知ったギリアンが彼女の部屋へ忍び込もうとした夜、教会の中庭で彼が語ったことだ。
何より勇者としてそういう振る舞いをしてきた彼の言葉にはある種の説得力があり、しかしそれを彼女に強制することを、または強制する運命をベイルは好しとしなかった。
「だが、その義務を放棄した僕に、今更それを他者に強制できるはずもない。……僕はあの時、大勢の仲間や君、そしてこれから先も多くの者たちを救うであろう僕の命とガラン一人の命を天秤にかけて、わかり切った答えを前にしながらそれを拒んでしまった」
「……俺はあの選択が、間違いだったとは思わない」
ガランを殺そうとして殺せなかったその選択を、勇者は悔いている。
とても人間らしい、ある意味では正しい行動だったはずだ。
ベイルの言葉にギリアンは微かな笑みと共に肩を竦めて見せる。
「どうあれ、僕は彼女の人生を背負うのには未熟すぎたということだ。今抱えている仲間の面倒も満足に見ることができない僕が、更に仲間を増やすなんて愚者のすることだろう? …‥それに、気付いたことがあってね」
「気付いたこと?」
「ああ。彼女は、君と一緒に居る方が美しい」
「……ッ」
ギリアンは何もかも見透かしたようにニヤリと笑むと、「前に言っただろう。僕は美しいものが好きなんだ」と付け足した。
そのキザすぎる笑顔にベイルは言葉を詰まらせ、同時に戸惑った。
困惑するベイルをよそに、ギリアンは言葉を続ける。
「だが、君が僕と共に来るというのなら話は別だ。君ならば僕に劣等感を抱くことはないだろうし、何よりルナの面倒も君が見ることができる」
「? それは、俺を勧誘しているということなのか」
「そのつもりだ」
そう応えるや否や、ギリアンはベッドから降りると多少ふらつきながら傍らの椅子に腰かけるベイルの下へ歩み寄る。
そして、互いの顔の距離が拳一つ分もないぐらいに接近した。
真っ直ぐにベイルの瞳を見つめ、誘惑するような甘ったるい声で囁く。
「端的に言おう。――僕は、君が欲しい。君が欲しくなった」
「ッ、理由を聞いてもいいか」
鬱陶しそうに身を逸らし、ギリアンから距離を取りながらベイルは訊ねる。
「僕は美しいものと強いものが好きだ。そしてそのどちらも兼ね備えている者は大好きだ。しかし、そんな存在はこの僕を除いて一人もいないのだと、そう思い続けていた」
ギリアンは胸に手を当てて、己の美しさと強さを強調するように振舞う。
しかし直後には再びベイルを見つめ、どこか陶然とした表情で告げる。
「――だが、君がいた。君は強く、そして美しかった」
「俺なんて、美しさとは程遠い存在だろ」
「僕のいう美しさは存在としての美しさも含まれているんだよ。一人の少女を守ろうと決意し、またそう振舞う君の姿はとても、――とても、美しかった」
「…………」
椅子を引いて立ち上がると、ベイルは更にギリアンから距離を取る。
顔は引き攣り、その眼差しは変質者を見るようだ。
後ずさるベイルだが、ギリアンはそれを逃すまいと詰め寄る。
堪らず、ベイルは苦し紛れと言った様子で絞り出すように言葉を発した。
「あんたは、俺が嫌いなんじゃないのかッ」
その問いに、ギリアンは歩みを止める。
と同時に、ふらふらと後ろへ下がってベッドに腰を下ろした。
ベイルも一つ大きく息を吐いて佇まいを正す。
「そう、その通りだとも。勘違いしてほしくないから言っておくが、やはり僕は君が大嫌いだ」
勇者のその言葉に、ベイルは別段驚きはしなかった。
わかっていたから。
神を信じて運命に身を委ね、強者としての義務を果たそうとしているギリアンと、辺境の地で安穏と暮らし、にもかかわらず神を嫌い、殺すとまで言い放った自分とでは相容れないことを。
ベイルもまた、勇者のことを嫌っている。
しかし、その感情の源泉は嫌悪とも軽蔑でもなくて。
ギリアンは顔を上げると、ベイルを真っ直ぐと見つめる。
「――僕は、君の生き方が羨ましかったんだ」
「ッ、あんたは、俺の生き方が嫌いなはずだろ。運命に逆らう俺の生き方が」
「いや、少し違うな。僕も昔君のように生きたいと思っていた。だから僕は君に憧れている。けれど、いやだからこそ、僕は君のことが嫌いなんだ」
俺も――とは続けなかった。
安っぽい同調の言葉を発したくなかったし、自分の弱さを見せてしまうことが憚られた。
結果、ベイルは口を閉ざす。
そんな彼に、ギリアンは半ば独白のように、自分に再度言い聞かせるように呟く。
「君のように、この人が世界の全てといえる存在が僕にもかつていた。彼女を守れるのなら、他の何を犠牲にしてもいいとね。そう、丁度君にとってのルナがそうであるように」
かつて。
そう語る彼の瞳には深い後悔の色があった。
「だけどその頃の僕は今ほどに強くなかった。賢くもなかった。……なのに、ふざけた正義感と中途半端な力だけはあった。結果は言うまでもない。僕は彼女を守れなかった」
だから、と勇者は続ける。
「今の僕は、失った彼女のためにもあの時抱いてしまった正義を貫き通さないといけない。それが僕に課せられた罰であり、運命だ。どれだけ親密な存在であろうとも、一は一。救える数が多い方を何よりも優先するべきだ。そしてその考えは正しいと思っている。……いや、正しいと思わなければ、僕は今以上に中途半端な男になってしまう」
ギリアンはそこで言葉を区切ると、深い自嘲の笑みと共に俯いた。
「だというのに、僕はあの時ガランを優先してしまった。……僕は僕のことが大好きだけど、同じぐらいに大嫌いでもあるんだ」
何があったのまではわからない。
それでもギリアンの過去の一端を知って、ベイルは理解してしまった。
彼が傲岸不遜な態度をとるのは、中途半端な自分を隠すため。自分自身すら偽るため。
彼が美しいものや強いものが好きなのは、本当はそうでない自分の存在を隠すため。周りにそういった存在があれば、自分が強く美しいのだと思えるから。
(そんな独白、聞いてどうしろっていうんだ……)
ベイルはギリアンにどう声をかけるべきかわからなくて、沈黙を保つ。
その沈黙でギリアンはベイルの困惑を察したのか、ハッとした様子で顔を上げると口角を上げる。
「すまない、つまらない話をしてしまったな。僕が君を嫌っているのは、つまりはただの嫉妬だということだ。――度量の小さい男だと、失望したか?」
「いいや、度量の小ささでは俺も負けない」
ベイルもまた、彼のような生き方に憧れていた。
憧れていたから、七天神官にまで上り詰めてしまったのだ。
「話を戻そう。どうだ、僕と一緒に来ないか」
「悪いが、俺は世界を救って回るなんてことはしないと決めているんだ」
「……そうか、それは残念だ」
そう言うと、ギリアンは近くの机に置かれた紙とペンを手繰り寄せるとそこに何やら書きだした。
少ししてペンを置いたギリアンは立ち上がると、扉の方へと向かった。
「随分と世話になってしまったな」
「もう行くのか? まだ数日は安静にしておいた方がいいと、聖女様が言われていたが」
「ああ。――僕は、勇者だからね」
強い意志と共にそう言い切ると、ギリアンは扉のドアノブに手をかけた。
その背中に声をかけようとして、ベイルは躊躇う。
一つ、聞いておかなければいけないことがある。
あの時、眷属と化していた時のことを覚えているかどうか。
すなわち自分が神技を使った光景を見たか。
答えによっては、あるいはこのまま帰すわけにはいかない。
しかしここまでの会話でその話が出てこないということは、ただの杞憂だったのだろう。
下手に掘り下げるよりも、このまま何も言わないで置いた方がいいのかもしれない。
「ああ、そうだ」
すると、ギリアンはわざとらしい仕草で振り返り、先ほどの紙をベイルに手渡した。
「何か困ったことがあったらここに書いてある宿に連絡したまえ。国都に戻ったときに必ず泊まっている宿だ。手紙でもなんでも僕宛に送って置けば、僕に届く。……君たちの逃亡を助けることだってできる」
「――!」
その発言に、ベイルは一気に警戒の色を増す。
だがギリアンは不敵な笑みと共にベイルの肩をポンポンと叩き、またしても耳元に顔を寄せて囁く。
「全てを投げうってでも守ると決めたのだろう。……なら、守り抜いて見せろ。それができなかった僕の分も」
手をヒラヒラと振って、ギリアンは部屋を出ていく。
その後を追うことなく、紙に書かれた文字をベイルはしばし見つめる。
そこには国都にある宿屋の名前と、そしてメッセージが残されていた。
『心配しなくても、言いふらしたりなんてしないさ。ガランにもよく言っておく。君たちの仲を引き裂くのは、美しくないからね』
そのメッセージを、普通は信じるべきではないのかもしれない。
だけどなぜだろうか。
信じたいと、思ってしまった。
「……俺って本当、詰めが甘いよな」
言葉の割には幾分か清々しい語調で呟くと、ギリアンから受け取った紙を丁寧に折りたたみ、懐に仕舞う。
そして、ルナのいる村長の家へと向かった。
その日のうちに、ギリアンたち一行はノーティス村を後にした。
◆◆
ノーティス村から北のはずれの山脈にある大きな湖。
その湖畔にベイルとルナの二人は腰を下ろし、湖の中で水をかけあって遊ぶ子供たちを微笑まし気に眺めていた。
ギリアンたちが去った翌日。
ベイルはルナを置いて魔獣の討伐に向かおうとした際に彼女と交わした約束を遂げていた。
北の山の大きな湖でのピクニック。
二人がピクニックに行くことを知った村の子供たちがついてきてしまったのは誤算だし、二人とも少し残念に思ってはいるが、賑やかなのも悪くない。
ベイルとルナの間には小さなバスケットが置かれていて、その中には少し崩れたサンドウィッチがその姿を覗かせていた。
ルナが朝早くに作ったものだ。
ベイルはそれを一切れ掴むと、口へ運ぶ。
そんな彼をルナが隣で恐る恐るといった様子で見上げる。
何度かの咀嚼の後に飲み込んだベイルは、そんなルナに微笑みかけた。
「うん。美味しいですよ、聖女様」
「ほ、本当ですかっ。よかったぁ……」
安堵と共に胸を撫でおろし、同時に嬉しそうに頬を緩める。
そして彼女もまた、サンドウィッチに手を伸ばす。
「……でもやっぱり、ベイルくんが作った方が凄く美味しいです」
「そうですか? 俺は聖女様が作ったこのサンドウィッチや以前に作ってくださったシチューの方が美味しいと思いますけどね」
自分が自分に作る食事よりも、誰かが自分のために作ってくれた料理の方が美味しい。
それは以前、ルナが作ったシチューを食べた時にも言ったことだ。
心の底から美味しそうにサンドウィッチを頬張るベイルを見つめる。
それから何を思ったのか、彼と自分との間にあるバスケットを少し脇にどけると、ベイルの方へと身を寄せた。
「聖女様?」
その行動に不思議そうに首を傾げるベイル。だが、抵抗はしない。
肩に寄りかかってくるルナを、ベイルは優しく受け止める。
食事をとる間、互いの温もりを感じながら水の音と子供たちの笑い声、そして木々のさざめきに耳を傾ける。
バスケットの中のサンドウィッチが無くなってからも、少しの間そのままで。
無言でも、居心地の悪さを感じない。
どころか、この沈黙の時間が心地よかった。
「あの、聖女様」
もう暫くこうしていたかったけれど、彼女に話すべきことがある。
ベイルは少し力のこもった声を発した。
彼の話すことの重大さをその語気から察したルナは、寄りかかっていた体を起こすと体の向きを変えてベイルを真っ直ぐに見る。
「どうしたんですか?」
「……その、聖女様もたぶん気付かれていると思いますが、神技を使いました」
「そうですね、やっぱりあの稲妻はベイルくんの力でしたか」
ベイルの告白に別段驚いた様子もなく、ルナは頷き返した。
「結果として、ギリアン様には俺たちの正体が知られてしまいました」
「そう、ですか。……ですが、ベイルくんが何もしなかったということは問題ないと判断したということですよね?」
「わかりません。一般的に考えるなら、昨日今日会ったばかりの相手を信じるべきではないのかもしれません。ですが、俺はギリアン様に何もできませんでした。多分、俺が信じたくなっただけなんです」
それはベイルの我儘だ。
真にルナのことを考えるのなら、あの場でギリアンの口を塞ぐべきだ。
彼がいくら言いふらさないと言ってくれたのだとしても。
だけど、ベイルはギリアンに何もしたくなかった。
知らず知らずのうちに、彼のことを好意的に見ていた自分もいたのだろう。
……それでも、やはり彼のことは嫌いだが。
「すみません。俺の我儘に聖女様を巻き込んでしまって。何より、目立つ行動をとってしまって。彼らの前で神技を使えばこうなることぐらい、わかっていたのに」
それは後悔、ではなかった。
あの時の行動を後悔はしていない。
何よりルナを巻き込むような選択で、後になって悔やむ様なことを選ぶわけがない。
それでも、彼女を巻き込むことは間違いない。
ならば事の経緯を説明することは当然のことだ。
それで責められたなら、仕方のないことだ。
「謝る必要はありませんよ、ベイルくん。私はベイルくんの選択が間違いだと思いません。もしベイルくんが躊躇えば、死者が出ていたかもしれない。でも、ベイルくんのお陰で皆無事だったじゃないですか。それに――」
ルナはそっとベイルの手をとると、じっと彼の顔を見つめる。
そして再度「それに」と口にした後、頬を赤らめながら毅然と言い放った。
「――ベイルくんなら、何があっても私を守ってくれますから」
「――――」
ルナの全幅の信頼。
それが嬉しくないわけがない。
かつて自分が彼女に寄せたものと同じものを今自分に向けてくれていることが。
『――全てを投げうってでも守ると決めたのだろう。……なら、守り抜いて見せろ』
別れ際、ギリアンが放った言葉が脳裏に響く。
ベイルは知らず、拳を強く握った。
(……ああ、言われるまでもない)
「ふぇっ、ちょっとベイルくん!?」
内に巡る決意と共に、ベイルはルナを抱き寄せる。
突然の行動に胸の中で戸惑いの声を発するルナに、ベイルは声を発する。
「聖女様」
「は、はいっ!」
裏返った声でルナは返事をする。
顔が真っ赤な白い少女に、ベイルは誓う。
「必ず、守ります。この先何があっても、必ず」
そう言って、抱きしめる力を強くする。
最初は戸惑っていたルナも、彼の誓いの言葉に一瞬呆然としてから笑顔を浮かべる。
そうして、小さく頷くと彼の胸に自分を預けた。
「聖女様~、牧師様~!」
「ッ!」
「~~ッ!!」
その時湖の方から二人を呼ぶアルマの声がして、ベイルたちは慌てて離れる。
そしてそのままルナは立ちあがると、真っ赤に染まった顔を隠すように慌ててアルマのいる湖の方へと走り出した。
その背中をベイルは見届ける。
湖の中に入ったルナを見つめながら、ベイルに今しがたの自分の行いを振り返る時間が与えられてしまった。
(……って、何やってんだ俺ッッ!!)
ルナを抱きしめてしまったことに今更ながらに気付いて、頭を抱える。
そのまま辺りをゴロゴロと転がり、悶絶。
それから腕を広げて先ほどの感触を思い返そうとして、自分の頬を軽く殴った。
(忘れろ、忘れろ、忘れろ……ッ)
しかし、そう思えば思う程に記憶に鮮明に刻まれるのはルナを抱きしめた感触と、鼻腔に漂ってきた甘い香り。
それでもなんとか忘れようと見悶えしていたベイルの視界に、湖で子どもたちと水をかけあうルナの姿が飛び込んできた。
「――ッ!」
瞬間、半ば反射的にベイルは立ち上がると、ルナの方へ全速力で駆け寄る。
ルナが彼の接近に気付くと同時に、ベイルは上着を脱ぐと彼女の肩にかけた。
「ベイルくん、どうしたんですか? ……ぁっ」
その行動を不思議そうにするルナだったが、上着をかけられた意味を考えてすぐにその理由に思い至り、顔を真っ赤にして胸元を抱き寄せた。
そう。水をかけあったことでルナの服が透けてしまっていたのだ。
危なかったと、ベイルは胸を撫でおろす。
この場は自分とルナ以外に子供たちしかいないとはいえ、それでも彼女の恥ずかしい姿を衆目に晒すのは憚られる。
一方でルナは恥ずかしそうに顔を伏せながらベイルの上着に手を添えて、嬉しそうに小さく笑った。
同時に、水をすくうとベイルに向かってかける。
「うわっ、何をするんですか聖女様!」
「ふふっ、気持ちいいですよ!」
「あー、私もやるぅ!」
「俺も俺も!」
ルナの行動に、周りの子供たちが一斉にベイルに向けて水をかけ始めた。
顔にかかった水を拭いながら、ベイルは「やったなぁっ」と身を屈めて水をすくうと、手あたり次第に子供たちにかけ始める。
静かな湖。
そこにベイルとルナと、そして子供たちの笑い声が響き渡る。
「聖女様!」
子供たちに水をかけながら、ベイルはルナを呼ぶ。
「はい!」
「俺、今凄く幸せです!」
なんの恥ずかし気もなく、ベイルは胸を張って言い放つ。
ルナは一瞬目を丸くすると、嬉しそうに笑いながらベイルに向けて水をかけた。
「私もです、ベイルくん!」




