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三話 お揃いの指輪は勘違いしてしまいます。

「お帰りなさい。もう何人かお迎えに来られましたよ」


 礼拝堂に戻ると、子供たちの相手をしていたルナがベイルとヒースの姿を認めて声をかけてきた。

 見ると、礼拝堂の長椅子に座ったり、駆けまわったりしている子供の数が先ほどよりも少し減っている。

 ベイルたちが体を洗っている間に子供たちの親が迎えに来ていたのだろう。


 ルナの言葉にベイルはしまったと罰が悪そうに頬を掻いた。


「すみません、任せっきりにしてしまって」

「そんな、気にしないでください。皆さんとお話しするのは楽しかったですし、何よりベイルくんにはいつも頼りっきりですからね。少しぐらいは私を頼ってください」

「はは、ありがとうございます」


 ルナの優しさに感謝していると、横から見つめられているような気がしてベイルはちらりとそちらを見る。

 そこには、先ほど泥だらけになった服とは別の服に着替えたヒースが、ルナとベイルの二人を交互に見つめていた。


「なんだ、ヒース。どうかしたか?」

「……いや、別になんでもねえよ」


 気になる物言いに首を傾げるベイルであったが、「ぼくしさまー!」と駆け寄ってくる子供を抱きとめる間に意識はそちらへと向いた。

 それから数分が経ち、礼拝堂にいる子供たちが一人、また一人と減っていく。


 最後に残ったのはヒースだった。


「おせーなー、何してんだよー」


 長椅子に横になり、ステンドグラスをボーッと眺めながら、ヒースは中々迎えに現れない親への文句を口にする。

 日中必死になって働いている親に対してなんて言い草を、と戒めようとしたベイルであったが、それよりも先に彼の下へルナが向かった。


「ご両親のことを悪く言ってはいけませんよ、ヒースくん。お二人はあなたのために働かれているのですから」

「は、はい。……ごめんなさい」


 長椅子に寝転がるヒースを、ルナは覗き込みながら注意する。

 ルナの整った顔が至近距離に来て、ヒースは顔を赤らめながら慌てて起き上がり、頭を下げる。

 その素直な態度にルナは笑顔になるが、離れたところからその様子を見ていたベイルは納得がいかない様子で目を細めた。


「おい、ヒース。お前俺の時と態度が違わないか?」

「なっ、何言ってんだよ。そんなことねーっての」


 ヒースは視線をさまよわせながら立ち上がると、二人に背を向ける。

 同時に、何かを見つけて「あっ」と声を漏らした。


「ごめんなさい、遅くなって……」


 息を荒げて、教会の入り口から駆け寄ってきた一人の女性。

 薄茶色の髪を背で一纏めにしている彼女の目元は、ヒースそっくりだ。

 母親が迎えに現れて、ヒースがホッと一息ついたのをベイルは見逃さなかった。


 いくら剣の腕が達者だとはいえ、彼はまだ十二の子供だ。

 中々親が迎えに来てくれなくて不安だったのだろう。

 先ほどの悪態は、あるいはその不安を誤魔化すための虚勢だったのかもしれない。


 ヒースの母親は息を整えながら二人の下へ歩み寄ると、再度頭を下げた。


「今日も息子がお世話になりました」

「いえいえ、俺も彼のお陰で適度に運動ができて有難い限りですよ」


 ヒースがベイルに剣を習っていることは既に両親の知るところであり、彼が着替えを持ってきているのも鍛錬中に服が汚れると見越した上だ。

 ベイルの言葉にヒースの母親は可笑しそうに笑うと、視線をちらりと息子に向ける。


「以前は問題ばかり起こしていたんですけど、お二人のお陰でここ最近は本当に大人しくなって。ありがとうございます」

「よ、よせよ、お袋!」


 ヒースは恥ずかしそうに母に非難の声を上げる。

 そのやり取りを微笑ましく見つめながら、ベイルは口を開く。


「俺たちは何もしていませんよ。きっと、ご家庭での指導の賜物でしょう」

「そうだと嬉しいのですけど。――っと、ごめんなさい長々と。では、今日はこれで。またよろしくお願いします」

「またな、ベイル、聖女様!」


 頭をペコリと下げた母に続いて、ヒースも二人に別れの挨拶を口にする。

 すると、母親はパシッとヒースの頭を叩いた。


「こら、牧師様に何ですかその口の利き方は」

「はは、かまいませんよ。宿敵に敬意を払いづらい気持ちはわかります」

「べ、別に宿敵とかじゃねえし」


 ベイルの言葉に歯向かうヒースの語気はどこか弱弱しい。

 男としてのプライドが、きっとベイルへの態度をぞんざいなものにさせているのだろう。

 そんな息子の考えを察したのか、母親は困ったような笑みを浮かべてからヒースを連れて教会の入り口へと向かう。


 ルナとベイルはその背中を見届けてから、一日の疲れを発散するように同時に伸びをした。


◆◆


 夜の帳が下り、空が闇に染まる時分。

 教会の奥にある食堂のテーブルには湯気が立ち上る暖かな料理が並べられている。

 子供たちを全員家族に引き渡してから、ベイルが急いで用意したものだ。


「とてもおいしいです!」


 満面の笑みを浮かべて、ルナは料理の感想を口にする。

 彼女はいつも周囲に笑顔を振りまいているが、食事をしている時の彼女の表情は取り分け明るい気がする。


「ありがとうございます」


 ベイルは、スープを掬ったスプーンを口に運ぶことで緩んだ頬を隠す。

 神殿にいたころは神官の仕事をこなすばかりで料理は不得手だったが、この辺境の地に来てからはめっきり上達した。

 一日の仕事を終えてから食事を作るというのは楽ではないが、彼女の笑顔を見ればそれも気にならないというものだ。


 少しの間、明日の天気やご近所さんの噂話、ルナが一人で礼拝堂にいる間に迎えに来た親御さんたちと交わした取り留めもない会話の話などで食卓に花を添える。

 そして話は移り、ヒースに関することへ。


「とても楽しそうにされていましたね、ヒースくんと」

「聞こえていたんですか、なんだか恥ずかしいですね」


 ヒースとシャワーを浴びている時の声が礼拝堂まで漏れていたのかと、ベイルは苦笑する。

 ルナの前では大人然として振舞っているつもりなので、無邪気な自分が知られるのが妙に気恥しい。

 そんなベイルに対して、ルナはクスリと笑う。


「私はヒースくんと接している時のベイルくんも好きですよ。とても楽しそうですし、本当のあなたを見れているような気がしますから」

「そう、ですか……?」

「はい。……その、ヒースくんが少し羨ましいです。私には、ヒースくんのように砕けた口調で話しかけてくれませんから」


 そう言って、ルナは即座に頬を赤らめる。

 その仕草にドキッとしながら、ベイルはそれを誤魔化すためにゴホンと一つ咳払いをする。

 それから視線をテーブルの上に向けた。


「そういえば、その花の冠はどうしたんですか?」


 料理が並べられた食卓の真ん中に置かれている白い花の冠を見て、ベイルは問う。

 すると、ルナは嬉しそうに笑顔を浮かべながらその花の冠に手を伸ばした。


「ベイルくんたちが鍛錬をしている間にいただいたんです。綺麗なのでここに置いていました。どうです? 似合っていますか?」


 花の冠を手に取り、そっと自分の頭へ乗せたルナが、悪戯っぽい笑みを浮かべて聞いてくる。

 もちろん当人は冗談のつもりで聞いたのだろうが、ベイルは真剣な眼差しをルナに向ける。


 白い髪と、白い肌。整った顔に、宝石のように輝く碧眼。

 その上にそっと乗せられた白い花の冠は、さながら天使の輪のようで――


「とてもよく似合っていますよ」

「……ぁ、ありがとうございます」


 真っ赤になった顔を花の冠で隠し、か細い声で返す。

 そうしながら、ルナは何かを思いついたように「そうだ」と頷くと、身を乗り出してきた。


「明日、ベイルくんに作ってあげましょうか?」

「俺にですか? ……いやあ、男の俺が花の冠っていうのはどうにも」


 ヒースに笑いのネタにされるに決まっている。

 ベイルが肩を竦めて応えると、ルナは「そうですか……」と少し残念そうに肩を落とした。

 が、すぐに妙案を思いついたといった様子で目を輝かせる。


「で、では、花の指輪ではどうですか? 折角ですし、二つ作って、お揃いに」

「指輪……」


 指輪ならば目立たないか、などとベイルが思案していると、ルナは何かに気付いたようにハッと息を呑んだきり固まり、白い肌が真っ赤に染まる。

 そして、手を前でパタパタとしながら悲鳴のような声でベイルにまくし立てる。


「わ、忘れてください! その、ブレスレットにしましょう、ブレスレットに!」

「は、はあ……」


 一体何をそんなに焦っているのだろうと、ベイルは困惑気味に首を傾げる。

 だが、もう一度脳内で指輪、二つ、お揃い……と反芻しているうちに彼女が焦った理由に辿り着き、ベイルもまた顔を赤く染めた。

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