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聖女様を甘やかしたい! ただし勇者、お前はダメだ  作者: 戸津 秋太
一章 共和国の勇者

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二十八話 彼女なら・・・

「……くっ、いい加減鬱陶しい!!」


 ベイルとギリアン、二人が同じ場所で戦い始めて暫くが経った。


 いまだ数を減らさずボスの前に肉壁として現れる魔獣の群れに、ギリアンはついに表情を険しくして苛立たし気に吐き捨てる。

 最初は現れる魔獣たちを片っ端から掃討することに悦を覚えていたギリアンも、流石に同じことの繰り返しに耐えきれなくなったらしい。


 そしてそれは、ベイルも同じことだった。


 ただの剣に神技を注ぎ込み、業物の一振りにまで昇華させることでギリアンに悟られることなく戦い続けていたベイルの体には所々魔獣の返り血が及んでいる。


 そんな彼の顔には僅かながら焦燥の色がある。


 決して、魔獣の物量に圧されているというわけではない。

 剣を思いのままに生み出す能力を持つギリアンにとって、物量は大きな障害にはなり得ない。


 ベイルの気がかりは別。

 離れた場所で勇者の仲間たちと共に自分が戻るのを待っているルナのことだ。


 勇者の仲間に守られていれば心配する必要はないだろう。

 この辺りの山々で魔獣が多く出現したその原因であるボスは目の前にいるのだから。

 ただ、そうはいってもこれだけ長い間ルナと離れているとどうしても戦いながら脳裏の片隅に彼女の姿がちらつく。


 ――だからといって心配しない理由にはなりませんよ。


 以前、ルナが自分に向けて言った言葉が脳裏をよぎる。

 思わずベイルは苦笑した。


(なるほど、聖女様はこんな気持ちだったのか)


 自分の行動でどれだけ彼女に心配させているのかを今更ながらに正しく理解して、物凄い罪悪感が胸を締め付ける。

 同時に、彼女もまた今まさに同じ想いを抱えて待っていてくれている事実にも気付き、一層焦燥感が募る。


 まるで一軍の大将のように魔獣の群れの背後で自身だけ安全にこの戦場を眺めるボスを睨みつける。

 あいつさえやれば、これ以上魔獣が増えることはない。

 だが、ボスはどこから集めたのか魔獣の群れを己の肉壁としてこちらの攻撃を防いでくる。


 ……神技を大っぴらに使うことができれば。


 背後で辺りに剣の雨を降らすギリアンをちらと見ながら、ベイルは悔し気に拳を握った。

 最早、勇者ギリアンは邪魔でしかない。

 彼さえいなければ、この戦いを一瞬にして終わらせることができるというのに。


 自分の中を巡る、神の力。神の意識。

 そこへ意識を向けそうになる自分をグッと抑える。


 焦るな。ここで迂闊なことをすればルナにだって危険が及ぶ。


 己を自制しながら剣を振るっていると、ギリアンが大声を張り上げた。


「今からこの辺りを吹き飛ばす! 君は下がっていろ!!」

「吹き飛ばすって……ッ」

「要は、肉壁もろとも吹き飛ばせばいいのだろう? ならばこの僕が奥義をもってすべてを薙ぎ払ってやる!!」

「奥義……」


 共和国を支える勇者ギリアンの奥義。

 それがどんなものなのか、興味が湧いた。

 何より、その一撃で全てが決するのならば任せてしまった方がいいだろう。


 ギリアンもまた、自分のことを気遣ってその技を使わずにいたのかもしれない。


「いいか! 絶対に僕の前に出るなよ!」

「わかった。それより、その奥義とやらはどれだけの範囲を持つんだ? 聖女様が待たれている場所まで及ぶようなことはないだろうな?」

「ふんっ、無論だ。味方を傷つける奥義など、この僕が修得するわけがないだろう」


 不敵な笑みを浮かべてそう言ってのけるギリアン。

 勇者然としたその発言にベイルは居心地の悪さを覚えて視線を逸らした。


 胸が、チクリと痛んだ。


「よし、いいなッ」


 ベイルが後ろに下がったのを確認して、ギリアンが叫ぶ。

 その問いにベイルは「いつでもいい」と返す。


 ギリアンが、両手を空に掲げた。


 途端、辺りの空気が重くなる。

 勇者ギリアンから放たれる威圧。

 その圧倒的な存在感を前に、さしもの魔獣たちも異変を察したらしい。


 空を見上げ、そして動きを止める。


 黄金の剣が、空を埋め尽くしていた。

 まるで太陽が落ちてきたかのように、辺りが剣の光に照らされていく。

 その光景に圧倒されるのも束の間、突如軽く数百を数える剣が中央に集っていく。


 集約されたことで光を増し、ベイルは思わず目を細めた。


 そして一層強い光が放たれ、それが治まる頃には――空に、一振りの巨大な剣があった。

 空を埋め尽くす数百の剣はすでにそこにない。


 ただ一振りの、しかし地に這う存在など一撃にして殲滅しうる巨大な剣。

 その大きさは、天界に住まう神々が所有するもののようで。


 殺戮を具現化したような武具を前に、魔獣たちが後ずさる。

 しかし、それを逃す道は最早ないと勝ち誇った笑みを浮かべて悠然と佇むギリアンの――その表情が一変した。


 突然、魔獣たちの(まなこ)が、ギリアンとベイルの後方へ向けられる。

 同時に、草むらをかき分ける音と、何者かがこちらに歩み寄ってくる足音。


「――! ああ、よかったギリアン様! ご無事で何よりです!」

「ッ、ガラン、なぜここに!」


 現れたのは無骨な鎧を全身に纏った屈強な戦士、ギリアンの仲間の一人であるガランだった。

 ガランは腰に差した剣を引き抜きながら、真剣な表情で言う。


「お帰りが遅かったので、加勢に来ました!」

「バカ者! あの場で待機しておけと――!」


 怒りを孕んだギリアンの言葉は、途中で遮られる。

 ゾワリと悪寒が背筋を這い、反射的にボスの方へ視線を戻す。


 すると、ボスの体躯から影が伸び、地面を這ってガランの方へと向かっていた。


「ッ、させるか!」


 慌ててギリアンが一振りの聖剣を生み出し、影に向けて放つ。

 が、するりとそれを躱して尚もガランへ迫る。


「! 聖域よ――」


 突破した影を見て、反射的にベイルもまた神技を発動しようとする。

 が、途中で脳裏をよぎったのはギリアンと、そしてガランの視線。


 結果、躊躇して発動が間に合わなかったボスの影はガランに到達し――


「なっ!? なんだこれは……ッ、うぁっ、ぁぁあああああああッッ!!!!」


 ボスの能力を知らないガランの体に纏わりつく影。

 それを振りほどこうともがくが、もう、何もかもが手遅れだった。


 影がガランの鎧も剣も何もかもを覆いつくし、全身が黒に染まる。

 加勢に参上したと意気揚々と、そしてどこか自信に満ちていた視線は殺意に染まり、助けるべきギリアンたちを睨みつける。

 その口からは理性のない獣のようなうなり声が零れだし、彼がヒト(・・)ではなくなったことを主張してくる。


「ガランッ!!」


 ギリアンが、叫んだ。

 初めて、焦りに満ちた声で。


「ぁぅう、うぁぁががぁ!!」


 その声に呼応して、ボスの眷属と化したガランが吠える。

 ガランの全身に纏わりついた影が(うごめ)く。

 そして、引き抜いた剣を手に一番近くにいたベイルに襲いかかる。


「――ッ」


 上段から乱暴に叩きつけられたガランの剣を受け止めながら、ベイルは顔をしかめる。

 ジュワァと、ガランの剣に纏わりついた影がベイルの剣に触れた傍から溶けていく。


 だが、地面からガランの纏う影が槍となって突き出てきて、ベイルは後ろに飛びすさることを余儀なくされる。

 着地と同時に体勢を立て直してガランを睨みつけた。


(これは、面倒なことになった……ッ)


 こうなることを一番懸念していたというのに。


 眷属化したガランの戦闘力は周囲の魔獣に毛が生えた程度のものだ。

 それはつまり、その気になれば一瞬にして倒すことができるということだ。


 だが――。


「――――」


 後方に退いたことで横にきていたギリアンの顔を覗き見る。

 しかし、その表情は金色の髪に遮られて伺い知ることができない。

 それでも、彼の拳が強く握られていることには気づけた。


 ――そうだ。彼はギリアンの仲間だ。


 であれば、殺すことはできない。


 ……もちろん、彼を救う手段はある。

 しかしそれは、ギリアンの前で神技を明かすことと同義だ。


 確かにガランは救うべきだ。

 しかしそのために、ルナを危険に晒せるかと言えば――。


 ベイルが葛藤していると、それまで黙していたギリアンが一歩前にでた。


「……下がっていろ。先ほどまでと同様に、僕の奥義で敵を一掃する」


 空に展開されたままの一振りの巨大な剣を示しながら、ギリアンが呟いた。


「一掃……」

「ああ、一掃だ。それはガランとて同様だ。僕の命令を無視して勝手な行動をしたんだ、死んでも文句は言えないだろう? 何より、今はもう魔獣の眷属に成り果ててしまった。なにを優先するべきかは明白だろう?」

「……ッ」


 優先。


 彼は以前も、同じようなことを言った。

 人が多くいる場所と、少ない場所。

 どちらを優先するべきか、と。


 きっと彼は今までも同じようなことがあって、そのたびに優先度という名の天秤にかけ続けてきたのだろう。


 仲間を見捨てる決断をしたギリアンを責めることはできない。

 彼にとって守るべきものは多くの仲間たちであって、一人の仲間ではない。


 どちらを優先するべきかは、わかりきっている。

 それを、冷酷だと蔑むことも、ベイルにはできない。


 自分もまた、ルナとそれ以外を天秤にかけ続けてきたのだから。


 ギリアンと同じように、ベイルも拳を握る。

 勇者が仲間を殺すという決断をした。

 だというのに、やはりベイルには彼の命を救うという決断ができなかった。


「……わかった」


 絞り出すような声音でギリアンの覚悟を受け止めると、ベイルは邪魔にならないよう魔獣の群れを避けながら木々の合間へと撤退する。


 そして、遠目から戦いの様子を見つめる。

 その表情は、これから起こる未来を思って苦しげに歪んでいる。


 ギリアンはガランの攻撃を回避しながら立ち回ると、彼をボスがいる方向へと誘導していた。

 ガランと魔獣たちが同じ方向から一斉にギリアンへ跳びかかってきたその瞬間――空に浮かんだ巨大な聖剣の光が増した。


「これで、終わりだ」


 苦渋の決断。

 苦しそうに、戦いが終わることへの開放感も達成感も感じられない、まるで敗軍の将のような表情でギリアンが言う。


 ガランの剣が、魔獣の牙が、迫る。

 振り下ろされるギリアンの腕。

 その動きに従って、空から黄金の剣が落ちてくる。


 大気を切り裂き、迫る大剣。

 その剣先には、ガランを始めとした魔獣の群れ。


 ついに、大剣がガランたちを貫こうとして――、


「く――っ」


 ギリアンが苦悶の声を上げる。

 突然、空を飛翔していた聖剣が光の粒子となって霧散した。


「なっ!?」


 遠くでその光景を見ていたベイルは、思わず跳び出す。


 しかし、時すでに遅かった。


 大剣が消失し、攻撃の手立てをなくして無防備となったギリアンの腹部をガランの剣が貫く。

 周囲に飛び散る鮮血。

 そしてその鮮血もろとも、ボスから伸び出た影がギリアンを包み込んだ。


「ッ、はぁ―――っ!」


 救出に入ろうとしたベイルの間に魔獣が割って入る。

 即座に剣を構え、横薙ぎに振るう。

 跳び掛かってきた勢いそのままに、両断された魔獣の体躯が背後に飛んでいくのを歯牙にもかけず、疾駆する。


 だが、


「ぅぁぁああああアアアアアアアアアアッッッ!!!!」


 周囲に轟くギリアンの咆哮。

 それは最初、苦しみを訴えるような悲鳴であり、そして徐々に理性を失った獣のソレ(・・)へと変貌していく。


「ギリアンッ!」


 いつになく険しい形相でベイルが彼の名を叫ぶと同時に、膨れ上がった殺気を感じて半ば反射的に顔を傾ける。

 直後、黒い何かがベイルの頬を掠めて後方の地面を抉っていった。


「――クソッ」


 ルナと関わり始めてから極力使うことを控えてきた暴言を、ベイルは苛立ち交じりに吐き出す。


 ちらりと後方を見ると、そこには影を纏った聖剣が地面に突き刺さっていた。


 影を纏うギリアンの背後の空間が揺らぐ。

 そこから現れるのは先ほどまでの黄金の輝きが消え去った、邪悪な黒いオーラを纏う魔剣の数々。

 その後ろにはガランと、尚も増える魔獣の群れ。そしてボス。


 ベイルは即座に周囲を見渡した。

 先ほどギリアンの大剣が途中で消失した事実から、もしかしたら近くに攻撃を無力化する魔獣が潜んでいるのではと考えたのだ。


(――そんなわけがないだろ!)


 湧き出た思考を即座に一蹴する。

 わかりきっていることだ。


 ギリアンは、――勇者は、最後の最後で躊躇してしまった。

 仲間を殺すことを。


 ぎらついた視線を向けてくるギリアンを、ベイルは真っ直ぐに見返す。

 腹部からは、ガランによって貫かれた腹部から血が溢れ出している。


 ギリアンと出会ってすぐに、ベイルは彼を薄情な奴だと思った。

 大勢を助けるために、この辺りの調査を怠った勇者。

 だが、この場で最も薄情で冷酷な者は誰かと問われれば、それはきっと――。


 ――ベイルくん。


 なぜか、自分を呼ぶルナの声が脳裏に響いた。


 いつものような笑顔を自分に向けてくる白い少女。

 ベイルの中の彼女が、しかし今目の前の光景を見て悲し気に顔を伏せた。


「……ああ、そうだ」


 内に宿る神の意識に目を向ける。


 ――何が、彼女のためだ。


 自分が最も忌み嫌い、しかし手放せずにいる力の源流へと手を伸ばす。


 ――わかりきっていることだ。彼女ならば自分と彼ら、どちらを選ぶかを。


 ベイルの全身から白い光が溢れ出す。

 この場に満ちた影を吹き飛ばすように、光が周囲を淡く照らす。


 その威圧に、眷属と化したギリアンまでもがたじろぎ、後ずさる。


 ベイルは白い光の中で何かに耐えるような苦悩に満ちた表情のまま、僅かに笑み、右手を突き出した。


「――聖女様なら、きっとこうするよな」

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